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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市編 ~二人の愛食者~

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幕間 黒と暁の眼

 サキたちがブレーキの壊れた廃電車の中で悲鳴を上げ、タッカーが管制室で怒号を轟かせていた、まさにその頃――。


 * * *


 先ほどガラスドアを派手にぶち破って正面エントランスへと突っ込み、そのまま無人になったロビーに放置されたままのカスタムカーにゆっくりと近づいた。

 周囲を警戒しながら、運転席のコンソールにあるAIの起動ボタンへと静かに手を伸ばしす。その指先がボタンに触れようとした、まさにその瞬間――


「――どこへ行く」


 低く、重厚な威厳に満ちた声が、静まり返った暗がりのロビーに響いた。


「――っ! キングロードさん……、いつからそこにいらっしゃったんですか?」


 動揺を悟られないよう、努めてゆっくりと言葉を返した。

 振り返った先、通路の影から姿を現したのは、キングロードと呼ばれる技術者だった。赤みを帯びた金色の鋭い瞳は静かに凪いでおり、どこか王族のような圧倒的な風格を漂わせている。


「……見ての通り、ちょっとそこまでドライブに。人質は無事に救出されたみたいですし、外の広場ではセンジさんが大変な戦いをしている。

ここもいつまたスポイラーに囲まれるか分かりませんから、危なくなる前にさっさと車で避難させていただこうと思いまして」


 丁寧な敬語を使って濁した。

 だが、彼は視線を真っ直ぐに向けながら端的に言い放った。


「――ついてこい」


「……?」


 有無も言わさぬ声だった。あのラボの人たちと一緒に浮き足立っていたようなオタク特有の興奮は既に完全に鳴りを潜めている。

 一度車のボタンを見たが無視しきれず彼の後をついていった。


 彼が向かった先は、初めてここに来た私でも知っている場所だった。


「――漂白剤を求めて工場地帯へ一人で赴くつもりだっな?  お前が求めるものはすでに用意してある」


 キングロードはロマ研のラボの重厚な扉を開け、部屋のさらに奥に案内した。

 するとそこには、数日前に魔改造ウォーターガンの中身の液を徹底的に解析した際、正体を突き止めるためにありとあらゆる場所から取り寄せた、凄まじい量と種類の漂白剤の山が壁際にズラリと積み上げられていた。


「何ですかこれッ!? クリーニング屋でも始める気ですか!? 」


「お前が使った色を化学的に漂白する考え方は俺達の心に強烈な一撃を与えた。

ゆえに我ら技術開発スタッフは、あの漂白剤の成分を探し当てるため様々な場所からサンプルを集めた。

そして今まさに、俺が通常兵装の黒インクに特別な調合を施した漂白剤を混ぜ合わせ、新たなインクをを作製している」


「黒インクに特別な調合……あれの強化版……ッ!?」


 シュー……と機械が精密に熱線を放ち、漂白剤を混ぜ合わせた特製カートリッジが一本ずつ精製されていく。

 キングロードはその様子をただ淡々と眺めていた。私もまた、同じように決まられた工程の流れを静かに見つめ続けている。


「……何故だ?」


「はい?」


「何故、首を突っ込む。お前は俺たちには一切の愛着も興味もないと――、これは自分には何ら関係もないと言い放った。

お前たち異世界人の凄惨な犠牲の上に成り立った力を、厚顔無恥に使い続けてきた俺たちが今もこの彩流市を守るため使い続ける姿に対しても、お前は怒りすら覚えていない。だが、同時に一欠片の関心も寄せていない。

……ならば何故、わざわざ危険を冒してまで動こうとする」


 ――しばらく黙った。

 目の前で精製されていくカートリッジを眺めながら、やがてぽつり、ぽつりと静かに語り始めた。


「……あの後、さらに冷静に考えました。あの社長は、最初から私を狙っていた」


「…………」


「この世界に迷い込んだ時、私はあの男達が何故いきなり襲ってきたのか、見当がつきませんでした。……けれど、この街でクロム社について追っているとき、気がついたんです。

この街の人たちの髪や目の色は、まるでアニメのキャラクターみたいに色彩豊かで……黒髪黒目なんてありきたりな色が、どこを探しても見当たらなかった」


「……ありきたり、だと?」


 彼が怪訝そうに、瞳をわずかに細めて訝しんだ。

 自嘲気味に息を漏らす。


「私の世界では黒は髪や瞳の色としてはごく普通の基本色なんですよ。特に私の国は島国で単一民族の国家でしたから、それ以外の色の方が逆に珍しかった。

……髪が少し明るい茶色なだけでも、地毛証明書なんて書類を提出しないと、学校側にうるさく文句を言われるくらいには」


「……何だと?」


 この世界の常識からはかけ離れた私の世界の常識に、キングロードが細めた目をかすかに見開く。


「街を歩いているとき、やけに人からよく見られるなと思いました。でもその後、ニュースや警報で『黒雨』のことを、沈色による身体の『硬化現象』の話を耳にして……。そのとき、ようやく理解しました。

この世界において、黒髪黒目は嫌でも目立つ異質の配色。だからあの連中は、金銭目的か何かで私に目をつけたのだと」


 ギュッと拳を握り締め、カートリッジが作成されていく様をそのまま見続けた。


「けれど……いざ蓋を開けてみれば人体実験ときました。

しかも、その実験で奪われた様々な世界の人たちの技術や知識は、とっくにこの世界の常識として取り込まれ、便利な日常生活の一部になってる。

ハッ……何ですかそれ……。



――――ふざけるなッッッッッッッッッ!!!!」


 シヨウは拳を作業台へ叩きつけ、声を荒らげた。

 暗く黒い瞳の奥からでも分かる底知れない憤怒の炎が揺らめいている。丁寧で冷静な敬語のままだからこそ、彼女の胸の内にある剥き出しの怒りが一言に全て詰まっているのが理解できた。


 ラボの空気を強烈に震わせた声にも動じず、キングロードは静かに傾聴する。


「…………」


「――それに、もし……もしもあの社長が、覇権なんか気にもせず本気でこの世界のため、自分の会社を盛り立てるためだけに、あのポッドの異世界人たちを純粋にスポイラーとして扱っていたら?

……きっと、今回の誘拐もしょうもないマッチポンプも起こらなかった。何事もないように、この街は綺麗に回っていて、サキやセンジさんたちだって何も知らず、当たり前のようにのんきに笑って生きていた」


 顔は真っすぐ、しかし零れ落ちそうになる涙を抑えるため両目を強く瞑り、奥歯を噛み締めた。


「……そして私は、一人。

何が起きてるかも分からないまま、逃げて逃げて逃げ回って捕まって――、誰にも見つけてもらえないまま、あの地下で死ぬまで切り刻まれていた……っ」


 あの社長が中途半端な悪党で、マッチポンプテロという目に見える『事件』を起こしてくれたからこそ、サキやセンジというハンターに巡り合うことができた。

 そしてこの世界のすべての便利さの裏にある生贄の不条理を、自分自身がターゲットにされた現実を、彼女は実は本気で憎み、同時にどうにもならないことを理解して飲み下そうとしている。


 キングロードは何も言わなかった。語る立場などこの異世界人を前にしてあるはずがない。

 彼はただじっと、小さな体をピンッと背筋を伸ばしながら震える彼女を静かに見つめていた。


 ――閉じられた漆黒の眼から無色の雨が降っていることには気づかないように。

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