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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市編 ~二人の愛食者~

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#44 ブレーキ知らずの救助隊

『――彩流支部全職員へ次ぐ!! 中央公園のライトが点灯した!! 

街中のスポイラーが広場へ向かって大移動を開始している!!』


 タッカーの割れんばかりの怒号が通信機から鳴り響いた。


『遊撃隊の全班は、今すぐ噴水前に向かって移動しろ!! 

光に引き寄せられたスポイラーどもを、背後から一匹残らずハチの巣にして狩り尽くせッ!!』


「ジャミングが弱まってきたわ!! これならいけるっ!!」


 私は激走しながら腕の端末を見る。

 おそらくは妨害電波を出していたスポイラーが一斉に余所へ移動したからだろう。ジャミングの霧が晴れたことで画面の立体地図の上に、街中に配置された被害者たちのパッチの信号が鮮明な逆探知ログとなって一瞬で浮かび上がった。


「パッチの処理班ッ、人質救出はこっちに任せてすぐに信号の場所へ向かいなさい!!」


 噴水に向かう遊撃隊と街の各所へ散っていく処理班と二手に分かれていくなか、私を含めた人質奪還チームは地下鉄の廃駅の階段へと一気に飛び込んだ。




 ――――カンッ、カンッ、カンッ、カンッ




 薄暗い地下のコンクリート通路を駆け抜け、最深部にある廃車両基地の重い鉄扉の前にたどり着いたその時――、端末がピピッ、と小さな電子音を立てた。


「――待って。端末からスポイラーの生体反応が出たわ。

数は……少ない」


「少ない……? この重要拠点にこれだけしかいねぇのか? 

街中にはスポイラーどもがあんなに湧いていやがったっていうのに……」


 彼は端末を覗き込むと訝し気な表情を浮かべる。


「街中のスポイラーは、センジたちが点けてくれた噴水のライトの方へ一斉に向かっているもの。

……ここに残っているのは、おそらく人質の見張りのようなものよ。


――つまり、ビンゴ。あいつらと人質は、間違いなくこの奥にいるわ」


 私たちは息を殺して鉄扉の隙間から内部を窺う。

 しかし、私の背後に控える味方の数は、あまりにも心許ないものだった。


 先の連戦の疲労と今もなお降り続ける黒雨によって、まともに動ける現場の人間はかなりの数を減らした。

 屋内に避難したものも多く、今この場にいる救出班も決してそう多くはない。この少人数で、もし見張りのスポイラーやクロム社の黒服たちと正面から大乱戦になれば、人質の安全は保証できないだろう。


「……いい? 私たちの目的は、敵の全滅じゃないわ。この人数よ、正面突破はリスクが高すぎる。

――できるだけ戦闘は避けて、人質救出にあたるわよ」


 各自頷き、各々の武器をを音もなく構え直す。

 私はレインコートに付いた黒雨の滴を静かに払い落とすと、光を拒絶した廃車両基地の暗闇の奥へと音もなく猫のように滑らかに潜入を開始した。


 * * *


 センジたちが中央公園で命懸けの大暴れしてくれている隙を突き、地下鉄の廃駅の最深部の広大な格納庫へと進む。

 暗闇の奥には錆びついたレールの上にいくつかの廃電車が並んでおり、不気味な怪物のように居座っていた。


 私たちは鉄柱の影に身を潜めながら、息を殺してその車両の内部へと視線を走らせる。


「……見つけた。あそこよ」

 

 ――弱々しい車内灯が灯っている。……窓越しにその光景は見えた。


 車両のボックス席に他社関係者たちの家族と思われる人質たちが拘束されていた。女子供が目立つ、怯える体力も残ってないのか力なく囚われている。


 今すぐにでも助けに向かいたいが、その周囲の警戒網は思った以上に強固なものだった。

 車両の周囲やプラットホームには、銃を構え武装した男達が何人も巡回している。さらに、男たちの足元には極めて高い染色率のスポイラーも一緒になって徘徊していた。


『――スポイラー反応複数探知。染色レベル4、該当データ――なし。

推定、タイプ:■物種……■■種。判定不能』


 実験施設特有の新種のなのか、どうもデバイスの調子が悪い。


「くっ……! あの武装兵たちに加えて、あのよく分からない個体が複数か。

今のこの少人数でまともにやり合えば、一瞬でこっちの位置がバレてやられるぞ」


「……あ゛ぁぁ、もうっ。いちいちあいつらを倒して、人質を一人ずつ引っ張り出して連れていくの、死ぬほど面倒くさいわね。


――もういっそのこと、あの廃電車ごと丸ごと奪っちゃう?」


「「「できるわけないだろ――ッ」」」


 彼女のとんでもない暴論に、救出班のハンターたちが声を揃えて器用に小声でツッコんだ。


「そもそもどうやってやるんだよ!? 電源だって完全に落ちてるし、あんな鉄の塊が急に動き出したら一発で集中砲火を浴びて終わりだって!」


「うーん……確かにそうなんだけど……。何か、何かいい方法はないかしら……」


 勢いで言ってみたものの、流石に具体的な手段が思い浮かばない。

 唸りながら手慰みにレインコートのポケットに手を突っ込んで、何か使えそうなものはないかと指先で探ってみた。


「……? ――何よこれ、ゴミ?」


 指先に触れたのは極小の針金と、ボタンのような電子基板の破片だった。


「サキ……、支給されたばかりのコートなのにもう壊したのか……。

今はゴミを漁ってる場合じゃないだろ」


「壊してないわよっ……待って、これ、ゴミじゃないわ。ほら、基盤にロマ研のマークが小さいけど入ってる」


 しげしげと観察していると仲間の一人が思い当たる節があったのか、指摘する。


「これ、適当な場所につけると勝手に動き出す強制ハッキング装置じゃねぇか……? 

前にラボの連中がプラモやらミニカーなんかを動かして特撮映画撮ってたぜ」


「ああっ! 攻撃や諜報のための手段としてって名目で実験してたやつだな。

『遊ぶんじゃねぇッ』ってタッカーの奴にどやされていたが……」


「何やってんのよ、あそこは……。

でも使えるわね――よし、あんたたちはこれを使って人質が乗ってる電車を動かしなさい!」


 私はポケットから掴み出したその電子基板と、なぜか一緒に入っていた極小の針金もまとめてギネの手へと押し付けた。


「マジかよ!? なんでそんな都合のいいものがお前のポケットに入ってるんだよ!? 

――っていうか、この針金はいらないだろッ!」


「知らないわよッ!? ソムリエがクリーニングのときにでも忘れたんじゃないの!? 

とにかくそれも持っていきなさい、邪魔だからッ!!」


「おいサキ!? ――チッ、どうするんだよこれ、スパイ映画みたいに鍵でも開けろって!?」


 ギネと呼ばれたハンターは渡された針金を見つめて悪態をつきながらも、一応受け取った。


「いい?  今からロマ研からもらった特殊な黒のカートリッジに、私のColor能力をありったけ限界まで詰め込むわ。そしたら、あの高染色率のスポイラーにブチかまして一気に倒すっ! 

ついでに武装した男たちも全員私がここで引きつけるから、あんたたちはその隙に車両ごと人質を助けなさい」


「一人でやる気か!? 無茶だ!!」


「おいおい正気か、あの武装した連中とスポイラーどもを女一人で接待するってか?」


「ハッ、何言ってるのよ。

私のハンターとしての『バディ定着率』の低さを知ってて言ってるわけ?」


「あ……」


 口の悪い仲間たちが揃って止めにかかる。

 それもそのはず、私のCollar能力は対人戦には向かない。スポイラーらは運良く倒すことができたとしても、完全武装の人間を複数相手取るのは骨が折れる。

 しかし――、


「私の横は、いつも秒でバディが音を上げて逃げ出す呪われた特等席なのよ?

一人で無茶して暴れ回るのなんて、私の日常でしょ」


「からかってる場合か?

はぁぁ……全く。帰ったら絶対、タッカーの奴に有給延長を直談判してやるからな。お前を現場に出ずっぱりにさせておくとロクなことにならない……」


「へえ、いいわねそれ。食い倒れ旅行でもしに行こうかしら?

――さっさと行きなさい!」


 言い終わるよりも早く、私はインカーマンを構えて柱の影から飛び出した。


「あ、おい――ッ、ああクソッ、行くぞお前ら!! 

サキが派手に暴れてトンネルをぶっ壊す前に、どうにかしてあの車両を動かす!!」


 三人のハンターたちが人質車両へと音もなく疾走する。

 それを見届けた瞬間、私はの銃口を格納庫の中心へと向け、引き金を引き絞った。

 

 私自身のColor『虚光幻象(ホログラム)』は、光を屈折させて幻を見せられるほど万能のではない。それができるなら、もう少し隠密作戦らしい立ち振る舞いができたが……。

 私のできる戦い方は――敵の持つ『色』を根こそぎ消し去る中和反応。



「――『減色中和(フェードアウト)』ッッ!!!!」



 ドッカァァァーーーーーーン!!!



 銃から放たれた一切の色彩を許さない弾が、漆黒のドームとなって炸裂した。


 本来あそこまで染色されたスポイラー相手に中和攻撃などほとんど効かないが、流石、特殊な黒インクと銘打っただけのことはある。

 いつもより数倍の力を込めた黒弾は高染色率のスポイラーどもを包み込んだかと思えば、色の殆どを中和されて吹き飛んだ。断末魔を上げ徐々に透明化していくと、起き上がってはこなかった。


「何だ!? 敵襲だ!! 撃て、撃てェ!!」


 続いて激しい銃撃戦が始まった。一人で十数人の武装兵を引きつけなければならない。


「こっちよ、クズども!!」




 * * *



――――廃電車の車内


「どけどけ、そこを退け!! PALLETの救出班のお通りだ、全員静かにしやがれッ!!」


 彼女が敵を引き付けて監視の目が途切れた隙に、ハンターたちがボックス席が並ぶ客車の中へと勢いよく飛び込んだ。

 弱々しい車内灯の下、拘束されていた人質たちが一斉に短い悲鳴をあげる。


「ひっ……! お、お願いです、子供だけは助けて……!」


「うわあああん! 怖いよぉ!!」


「バカかッ! お前それじゃ、どっちが犯人か分からないだろッ! 落ち着いてください、PALLETの救出チームです、助けに来ました!


――おいフォルドッ、人質を宥めながら全員を座席に伏せさせろ!! 泣かせている暇はない!!」


「分かってる、シートの影に隠れていろボウズ!!」


 深緑の髪のフォルドに人質を任せると、サキから基盤を託されたギネが急いで運転席に駆け込んだ。

 続いて輪にかけてガラの悪いドマスが赤褐色のいかつい目つきで周囲に敵が一人もいないことを確認すると、彼に続いた。


「――さてと……。で? これ何処に貼ればいいんだ?」


「さぁ? 俺は知らねぇ」


「お前実際に見てたんじゃないのかよッ!?」


「いちいち覚えてるワケねぇだろッ、あんなちっこいの! 

俺はグラウンドでプラモ部隊がルーキーを襲ってるとこしか見てねぇッ!!」


「――ギネッ!! 何をもたもたしてるッ!? サキが外で一人で連中を接待してるんだぞ、早く車両を動かせ!!」


 泣きわめく子供をあやしながら母親に押し付けるなどして耐衝撃姿勢をとらせるなか、いい加減焦れったくなったのかフォルドがせっついてきた。


「うるさいな!! 急かしたって動かないものは動かないんだよ!! 

取りあえず制御基盤のど真ん中に装置を差し込んでみたけど、うんともすんとも言わないッ!!」


「ハァ!? あのゴミ、やっぱ不良品だったのか!?」


「――あ、違う、配線が切れてるんだ!! クソッ……、そうだ!! 

ダメもとで、これを使うしかない!!」


 運転席でギネが苦戦しながらも針金を剥き出しの切れた配線同士をどうにか繋げた。

 バチバチッ!! と青白い過電流の火花が散り、ハック装置によってシステムラインが強引に叩き起こされる。



 ――ガタゴトッ、ガタァン!!!



 次の瞬間、死んでいたはずの廃電車が心配になる程に凄まじい駆動音と共に暗闇のレールをゆっくりと走り出した。


「サキィィィッッッ!!!! 車両が動いたぞ、早く飛び乗れェェェッッッ!!!!」


 「よくやった!!」と運転席に声を掛けながら、フォルドが窓から身を乗り出し叫ぶ。


「――っ、ちょっと、待ちなさいよ!!」


 私は慌てて銃撃の嵐から身を翻し、徐々に加速していく電車の後部デッキを目指して全力疾走した。

 背後から武装した男たちが容赦なく銃を撃ってくるが、間一慌、滑り込むようにして車両のステップへと片手をかけ、強引に車内へと飛び乗る。


 バタン!! とデッキの重い鉄扉を閉め、激しい銃弾の跳ね返る音を背に受ける。

 廃電車はそのまま、クロム社の包囲網を完全に置き去りにして、地上に向かってトンネル駆け抜けていった。


「ハァ、ハァ……!! 皆、聞こえる!? こちらサキ!! 人質救出、無事に完了したわ!!

街に散った各班、大急ぎで拉致被害者たちのパッチの電波を処理して!!」




 * * *


――――彩流市の市街地


 中央公園の噴水でセンジとテスター・ルーキーがライトを店頭させたことにより、一帯のジャミングを劇的に弱まった。

 街では様々な場所で無線連絡を聞いたハンターたちがパッチの処理を一斉に進める。


「よし、パッチの信号のジャック完了!! 制御コードを上書きする、大人しくしろ!!」


 至る所でクロム社に他社の競合関係者として拉致され、喉元に不法パッチを貼り付けられた被害者たちが、ハンターたちに保護されていた。


「iqa)i7tq……、wqi#gqhq(%)、i)$)wq$#$7……ッ!!」


 パッチのせいで、奇妙な声しか出せなくなっている拉致被害者の一人。

 彼は、パッチを外そうとするハンターの手を涙を流しながら必死に拒絶し、首を振って抵抗を続けていた。


「落ち着いてください!! もう、声を出さなくていいんです!!」


 ハンターが被害者の目の前に、通信が回復した携帯端末を突きつける。


「もう、あなたの家族は助け出しました!! ほら、これを見てください!!」


 ビデオ通話の画面には今まさにガタゴトと走る廃電車に乗った、大勢の人質たちの姿がリアルタイムでありありと映し出されていた。


「――パパァァァッッッ!!!! パパ、パパァッ!!」


 画面の向こう、廃電車のボックス席から、一人の小さな子供がカメラのレンズに飛びつくようにして叫んだ。


「……っ、あ……あ、アアア……ッ!!」


 画面に映る我が子の無事な笑顔を見た瞬間、被害者の男は大粒の涙を流してその場に崩れ落ちた。

 良かった、良かったと、声にならない嗚び泣きが黒の街に溶けていく――。




 * * *


 その頃、救出に成功した廃電車の車内は先ほどまでの絶望的な状況が嘘のように、温かく賑やかな空気に包まれている。


「わーい! 電車が動いたー!! お兄ちゃんたちすごいッ、魔法使いみたい!!」


「魔法使いなんか目じゃねぇぞ。俺達はもっとスゲェハンターだからなッ!!」


「本当に、本当にありがとうございました……っ。一時はどうなることかと……」


「おいおい、喜ぶのはまだ早いぞボウズたちにご婦人方! なんとこの電車、ブレーキの回路がゴミ基盤でバグってて、どこで止まるか俺たちにもサッパリ分からないからな!!」


「ちょっと何それ!? 聞いてないわよ!?」


「今言っただろ? いつまでも止まらない電車とかロマ研好みだよな、ハッハッハッ。

終着駅は地獄の三丁目ってか、アホかッッ!?」


「笑えないノリツッコミしてる場合ッッ!!??」


 車内に広がる人質たちのぎょっとした声と、ハンターたちの怒号が暗いトンネルの中で木霊した。

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