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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市編 ~二人の愛食者~

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#43 虹の麓に紅花は咲く

 サキ率いる人質救出班が地下鉄の廃車両基地へと大激走を開始したその頃、中央公園の噴水広場は、言葉を失うほどの激戦区と化していた。


「と言ったものの……。やはりこれ以上の長期戦はマズいか……っ?」


 周囲に蠢くのは、吸収できる色が黒しかないせいで煤の影のようになった不気味なスポイラーの群れ。彼らはハンターたちの飛び散った色を吸ってレベルを上げ、凶暴な能力を使い始めていた。


 センジは当初、スポイラーに色を吸収されないように周囲に自分のColor能力の色を撒かない手段として、あまり能力を使わずに純粋な剣技だけで立ち回っていたが、もはやそうも言っていられない状況に追い込まれていた。


「――『警告喚起の黄鉛符号(クロム・コード)』ッ!!」


 背後で必死に回路をいじるルーキーに敵を近づけさせないため、イェローの輝きを放つクロム・サインをあちこちに散らす。相手の意識をマークへと逸らし、誘導させ、近づいたところで雷撃が炸裂する接地型のトラップ能力。

 そうして、スポイラーを別の場所へと誘導をし続けながら屠っていた。


 さらに四方から押し寄せる多種多様な群れを押し止めるため、展開した『拒絶刻む黄色の法線(キープアウト)』の防壁を何度も張り直して維持し続けた結果、キャンバスに並んでいた予備のカートリッジが凄まじい勢いで減っていく。


「セ、センジ様ッ!! ライトの回路修復、完了しました!!

――いっけぇぇぇッ、点灯ッッ!!」


 ルーキーが歓声をあげてメインスイッチを叩き込んだッ――――、

 



 ザーザーザーザーザーザー……




 中央公園の巨大な噴水は、冷たく沈黙を続ける。


「……え? う、嘘だろ、動かない……!? なんでっ、回路は完璧に繋がってるはずなのに!!」


「どうしたルーキーッ、何が原因だ!?」


「――ダメだ、点灯管(グローランプ)が完全にイカれてるんだ!! これだけ大規模なライトを強制点灯させるには、最初の一撃に相当な高電圧の電力が要るんですよ……!!

どうするッ!? 僕の能力じゃ電気なんて生み出せないのに、どうすれば……!!」


 絶望的な技術の壁、電力が足りない。

 どうする? どうするッ!? ――その刹那の油断だった。


 いつの間にか極色(ソリッド)級に成長した変種(バリアント)のスポイラーがいた。

 よりにもよって黄色が好みだったのか、全身が染まりきったゴツゴツとした体躯のソレは、防壁の死角から岩のような体の一部を凶悪なスピードでセンジに投げつけた。


「――っ、しまっ……!?」


 ブレードを構え直すのが遅れた。

 まずいッ、そう思った次の瞬間――


 センジの目の前に黒く曇りきったクリア素材のレインコートが翻った。

 そして飛び込むピンクの髪。


 ドガッッ!!


「がはっ……!?!?」


 攻撃を背中にまともに喰らって吹っ飛んだ身体が、地面を転がっていく。


「ルーキー――ッッ!!!!」


 センジは彼を追って顔を向き叫ぶ。

 すぐさまヤツを睨みつけ、懐のサブ・クナイを闇の奥へ向かって超高速で投擲した。

 サキの黒弾と同じ濃縮された黒インクに染まった漆黒の刃は風を切り裂きスポイラーの頭部へと真っ直ぐに突き刺さった。

 血飛沫のように黄色のCollarが吹き出すと、運よくニブを粉砕できたのか個体は悲鳴もあげずにガラガラと崩れる。


 ブレードを構えたまま大急ぎでルーキーの元へと駆け寄り「ルーキーッ、怪我はッ!?」と言って、その体を抱き起こした。

 防護コートはズタズタになり、意識が飛びかけながらも青年は痛みに顔を歪めて笑ってみせた。


「あ……あはは、大丈夫……大丈夫ですよ、センジ様。

……こんなの、普段のラボの『新兵器テストプレイ』で毎日吹き飛ばされてるのに比べれば、全然大したことないです……っ」


「普段からどんなおぞましい環境下で毎日仕事をさせられているんですか、あなたは!!」


 あまりにもぶっ飛んだルーキーの日常に、センジは極限の戦場であるにもかかわらず思わず全力でツッコミを入れてしまった。

 しかし、彼は痛みに耐えながら、焦ったように制御盤目の前まで戻り、掌で叩く。


「ダメだッ、やっぱり回路を繋いでも動かない……! 

どうしよう、このままじゃライトがつかないよ……!!」


 ルーキーがパニックになりながら頭を抱える。電力が足りない、このままではライトがつかない。

 その声を冷静に聞き届けたセンジは、自身の装備帯であるキャンバスごと彼に投げてよこした。


「――残りのカートリッジを使いなさい」


「え……っ!? セ、センジ様、そんなことしたら……! そんなことをすれば、カートリッジが完全に無くなっちゃうじゃないですか!! 

それにっ、ライトを点灯させれば、色に飢えた街中のスポイラーが、この広場にもっと寄ってくるんですよ!? 武器のエネルギーがカラの状態でそんなことをしたら……ッ!!」

 

 センジはイェローの瞳を、かつてないほど激しく明滅させながらルーキーに叱咤する。


「――いいからやれッ!!」


 猛烈な覚悟の怒号が響いた。

 ルーキーは躊躇いながらも、黒く汚れた手で涙をグイっと拭い桃色の瞳に同じく覚悟の光を宿す。


 ガシャアアンッ!!!


 基盤へ叩き込んだ残りのカートリッジのエネルギーが強烈な電気となって回路を駆け巡る。

 次の瞬間――、


 中央公園の巨大な噴水から闇夜の曇天を貫く美しい七色のライトが盛大に点灯した。

 眩い色彩の奔流が、真っ黒に染まった彩流市の闇を鮮やかに照らし出す。

 その光の誘引(エサ)を見て街のあらゆる場所から何十、何百というスポイラーの群れが殺意の音を響かせ、この噴水広場に目掛けて津波のように一斉に押し寄せてきた。


 そして――センジのブレードの色が不自然に抜けていくと、ついに乳白色の抜き身の刃の色に戻ってしまう。


『――警告。カートリッジ残量:ゼロ。インク供給停止』


「チッ、ここまでですか……!」


 サキたちパッチを張り付けられた人々や人質救出で手が離せない。他の遊撃隊の援護も当分間に合わないと考えた方がいい。

 目の前では、色彩に狂った大中小の群れが、獲物を値踏みするようにゆっくりと迫ってくる。


 センジは躊躇することなく、ブレードのグリップエンドから、空になったカートリッジを引き抜いた。その先端には万年筆のペン先に酷く似た、鋭利なあの特殊ニブが鈍く光っている。

 センジは、サキの不敵な顔を思い浮かべながら、自嘲気味に微笑んだ。


「……彼女に『突っ込みすぎだ』と説教する資格は、なくなりそうですね」


 左腕の袖をコートごと捲くって肌を露出させると、自身の太い血管に向けて、その鋭利なニブを深く突き刺す。


「ぐッ…………!!! ――カハッ……!!」


「センジ様――ッ!?」


 脳が焼き切れるような、凄まじい激痛と急速な眩暈が全身を走る。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――カートリッジとは余裕のある平常時に作成するものである。

 全てのスポイラーのニブに共通する色を吸収するという特性を使用した色彩抽出装置。そこに掌を挿入し、微弱な針状の光を照射されて刺激を受けた彩色体からCollarエネルギーを誘発させて取り出す。

 本来、痛みや苦しみを伴うものではない。


 しかし、生体エネルギーの謂わば上澄みを掬っているようなもの。それ故に、抽出したCollarを加工して純度を上げる、カートリッジや武器の質を上げて出力を高めるといった工夫が必要となる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 彼は緊急野戦換装:自傷強制充填(インク・ブラッド)へと踏み切った。

 安全装置のバイパスを通さない剥き出しのニブが彼の腕に深く突き刺さり、命に等しい色彩エネルギーをダイレクトに無慈悲に吸い上げる。

 心臓の鼓動に合わせて溜まり続けるカートリッジには、彼の固有色である『秩序課す危険色(イェロー・サイン)』に血が混じり、紅花のように赤みがかっていた。


 通常の充填品を遥かに源流で凌駕する『命懸けのカートリッジ』を強制生成すると、それを力任せに引き抜いてブレードの装填口へと叩き込む。

 カチン! とロック音が鳴った。


『――クローヴァーID:センジ。緊急生体認証成功。Color出力:200%……オーバードライブ』


 さらに生成した紅花色のカートリッジに留まらず、ブレードに備えられたもう一つのスロットへ、ロマ研から譲り受けていた黒インクのカートリッジをも同時に叩き込んだ。激痛に耐え、血の滴る左腕をそのままにブレードを握り直すセンジ。

 その背後には夜の海を照らす導の如く、あまりにも美しく鮮烈な七色の噴水ライトの光が輝いている。


 彼のCollarと血液の赤に加え、黒の混色による最大出力をとうに超えた暴発寸前のエネルギーが刀身に注ぎ込まれ、血に染まった黄色と黒の斜線が凄まじい密度でうねりを上げた。


 あの絶対遮断の斬撃――『凶色奔る断絶条痕 (ストライプ・シャッター)』が顕現する。


 自らの命のColorを極限まで燃え上がらせ、黒の残滓をも呑み込んだセンジが押し寄せるスポイラーの前に立ちはだかった。

 迫り来る無数の影の軍勢を冷酷な色となった瞳で見据え、彼は低く――地を這うような声を出した。


「――警告はした。これより――『強制執行』に移る」


 一言そう吐き捨てると凶悪な朱色のストライプが迫りくる黑い津波を無慈悲に引き裂いた。

 こうして、彼の孤独にして絶対の防衛線の幕が切って落とされたのだった。

ご一読ありがとうございました。

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