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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市 編 ~交わる二人の愛食者~
42/61

#41 絶対順守の規制線

 PALLET彩流支部のエントランスから飛び出した私たちは、それぞれの目的地へと散っていった。


 辺りはすっかり暗く、まばらに降り続く黒雨がアスファルトをさらに深い闇の色に染め上げている。

 街なかのスピーカーからは、降雨の危険を知らせる墨災警報(ステインアラート)と、スポイラーの大量出現を告げる緊急アナウンスが不気味に鳴り響いており、住民たちは皆屋内に避難したのか、大通りのどこを見渡しても人影がまったく見当たらない。


「ルーキー、急ぎますよ。レインコートがあるとはいえ、この黒雨の中に長く留まるのは危険だ」


「は、はいっ! 残り二割の修復とは言え、あの大きさの噴水を照らすライトを直すのは苦労しそうですし!」


 オーバーワークのマルチタスクな現状で、修復担当に余計な人員を裂くことはできない。


 ルーキーこと【テスター・ルーキー】は文字通りの新人のあだ名をつけられてはいるものの、質の高い器用貧乏なスキルを買われている。

 凝り固まったロマンへのこだわりもないせいか、ラボのあちこちで可愛がられ様々な仕事に巻き込ま――いや、仕事を任せられている彼は、叩き上げのスキルで大抵の事は熟せるようになった。


 だからこそ彼一人に修復を任せ、私一人を護衛につけた。

 残りの全ての人員を今まさに街を襲うスポイラーを抑えつつ、囚われた人々を救い出せば奴らの波は収まる。

 

 PALLET支部は彩流市の中心に位置しており、それは噴水がある公園も例外ではない。

 オフィスエリアや住宅エリアが密集しているため、多くの人々の憩いの場となる。そんな公園の広場にようやくたどり着くと、「ゴーストでも出てきそうな雰囲気ですね……」とルーキーが息をハァ、ハァ荒げた。


「ゴーストタイプのスポイラーがいるかもしれませんね」


「辞めてくださいよッ! 僕、雑食ですけどそっち系のロマンは一切求めてませんッ! もし出てきたら絶ッ対に、置いてかないでくださいよッ、センジ様!!」


「ははっ、分かっていますよ。しかし、この雰囲気ならあのカメラの方が武器としては合っているな……、借りてくるか? 

直しながら少し待っててくれるかな?」


 「言ったそばからッ!!」と泣きべそをかきながら叫ぶルーキーに「冗談だよ」と宥めた。


 人魚型スポイラーとサキに破壊された巨大な噴水は粗方修繕されてはいるが、未だに冷たい佇まいを残している。

 揶揄われたルーキーはいくらか肩の力が抜けたのか、到着するなり工具ケースを開き、早速ライトの制御盤の修復作業に取り掛かった。




 ――――しかし、マナーモードの腕のデバイスが震えた。


 多くのスポイラーが発生しているとはいえ、この広い公園にそう集まってはいない。

 最初の何分かは楽ができるかと思ってはいたのだが…………


 広場を包む暗幕を切り裂くように、しとしと降る雨音の向こうから、じわりと近づいてきた。


「――来ましたか」


 公園の植え込みや暗がりの奥から、無数のスポイラーが。

 数はそれほどではない ――だが、這いずり回る獣、妙なノイズを鳴らすマシン、宙を滑る非現実的な姿の多種多様なスポイラーが集まってきた。


 今この街で吸収できる色が黒に限られるせいか、どれもカタチが煤のように酷く曖昧で濁りきっている。


 色に飢えた影の群れが、一斉に極上の()()に視線を向けた。

 色彩が消失した極夜において色を持つ人間――私のイェローの瞳や、ルーキーの淡いピンクの髪と瞳の色が嫌悪するほど美しく鮮明で美味に見えるのだろう。


「ひっ……! 凄い勢いでこっちを見てます!! 

狙われてる、完全に僕たちの色を吸う気満々ですよッ!!」


「――そちらの作業は任せましたよ、ルーキー」


 補充したばかりの大量のカートリッジを装備帯――キャンバスから一本引き抜いた。

 直ぐに装填できるように腰のホルダーに付け直す。


 自分の得物のトリガーに指をかけると、カートリッジに高密度に蓄えられた彩色体エネルギーが刀身へと一気に駆けた。

 自前のエネルギーをただ削るのとは訳が違う。超高密度に濃縮・保存されたカートリッジのバックアップを得たブレードの出力は、素の能力を遥かに凌駕する。


 目を刺す鮮烈な黄色が、噴水の真ん中で威嚇の色を煌々と放つ。


 ジリジリと距離を詰めてくるスポイラーの群れ。その狂暴な突進の瞬間に合わせ、地面を力強く踏み締めると――


「――『拒絶刻む黄色の法線(キープアウト)』!!」


 光り輝くブレードを虚空へと向けて一閃――ッ、豪快に薙ぎ払った。


 空間を引き裂くような凄まじい風切り音と共に、ブレードの軌跡から黄色と黒の凶悪な警告表示の干渉波が強烈に噴き出す。

 カートリッジによって何倍にも補強されたCollar能力が、何本もの巨大で分厚いストライプの規制線となり、一瞬で噴水全体を強固に囲い込む。


 そして、おびただしい数の『KEEP OUT』――




「ここから先は――立ち入り禁止だ」



 * * *

 


「気を抜かないで!! どこから敵が湧いてくるか分かったもんじゃないわよ!」

 

 私はボスに編成された遊撃隊のグループの一つとともに、市街地を走っていた。

 戻ってきた愛銃の存在を感じつつ、両手でしっかり構えながら大通りを疾走する。


「 ――クソッ、本当に街中がスポイラーだらけじゃねえか!」


 路地裏やビルの隙間から、実体化したばかりの不気味な影の群れが次々と這い出してくる。

 単独でも十分に戦えるが、本来の自分のColor特性は周囲のハンターの能力を強化する『バッファー(支援者)』だ。


「焦るんじゃないわよっ、全員私のColorに合わせなさいッ!

――『位相同調(カラー・ブースター)』!!」


 私が掌から純白の干渉光を波紋のように放つと、周囲を走る遊撃隊のハンターたちのCollar武器の威力が一気に数倍へと跳ね上がった。


「おおっ、出力がめちゃくちゃ上がったぞ! 流石破壊の申し子!」


「余計な事言わないのッ!! 一気に倒すわよ!!」


 私は残り僅かだった高出力閃光カートリッジのを銃身に叩き込み、前方の影の群れへ向けて目眩ましの閃光と同時に黒弾をブチかました。

 視界を完全に奪われて激しく怯むスポイラーどもを、私の支援によって超強化された遊撃隊が容赦なく打ち倒し、真っ黒な体躯がいくつもドシャ、ドシャと崩れ落ちていった。


「……よし、ここはクリアね!  ――でも、休んでる暇はないわよ」


 私はすぐさま腕のハンターデバイスの索敵画面へと鋭い視線を落とした。

 仲間たちを後方から支援してスポイラーを排除しつつ、本当の目的である人質の監禁場所を血眼になって探す。


「……ジャミングの電波が強すぎて、パッチの逆探知ログがノイズでビンぼけして絞り込めない。この近くのどこかに、必ずあの他社関係者たちの家族が捕らえられているはずなのに……っ!」


 立体地図の予測ポイントは、まるで水に垂らした絵の具ように赤く滲んでいた。


「――各班、そっちの状況はどう!? 監禁場所の特定は進んでる!?」


 私は飛び交う黒雨をコートで弾きながら、通信パネルに向かって叫んだ。

 しかし、暗闇の市街地を駆ける遊撃隊の各グループから返ってくる無線の返答は、どれも一様に芳しくないものばかりだった。


『ダメだ! 雨の関係上、人質たちの監禁場所は十中八九ビルや倉庫の屋内だろうが……いかんせん、対象エリアの建物が多すぎて絞り込めねえ!』


『こっちも手一杯だ! パッチの電波に当てられてるのか、元々街にいたスポイラーどもまで狂暴化してやがる! 倒しても倒しても湧き出てきてキリがない!』


「クソッ……! このままじゃ完全にジリ貧よ……!」


 此方に飛び込んできた犬型のスポイラーを銃で迎撃しながら、私は激しい焦燥感に歯噛みした。

 人質を救うのが先か、私たちが雨と影の波に圧殺されるのが先か、最悪のカウントダウンが脳裏をよぎる。


 ――その時、私の脳裏にふと、ある疑問が浮かび上がった。

 雨の音がザーザーザー、と異様に大きく聞こえる。


(……待って。そもそもあの犯人たちは、このテロの用が済んだあと、どうやってこの街から逃げ出すつもりなの?)


 あいつらは覇権を握るために、街ごと証拠を隠滅しようとしている。

 ならば、作戦が成功すれば自分たちまですぐにこの街から離脱するはずだ。逃走のためには、絶対に乗り物がいる。


(パッチをつけた他社の被害者たちの人質を、わざわざ街中に細かくばらけさせて監視するなんて、ただでさえ人手がかかって骨が折れる。そんな面倒なことをすれば、自分たちが逃げる時面倒になるだけよ)

 

 そんな無駄なリスクは冒さない。


(だったら、人質全員を一箇所にまとめて監禁しているはず……! 用が済めば切り捨てやすい、すぐに自分たちも離脱できる、そこそこの人数を収容できてと乗り物を置いておけて尚且つ、今まさに避難している一般市民たちと絶対にかち合わない場所――)


 すべてのパズルのピースが、私の頭の中で一線に繋がった。

 犯人たちの逃走経路、人質の監禁場所を同時に満たす最悪の座標の答え――


「タッカー!! ボス、聞こえる!?

支部の支援部とラボの面々に大至急、ある場所を絞り込ませて!!」


 私はノイズが混じる通信機に向かって叫んだ。


『あぁ!? 何を調べろってんだ、サキ! こっちは支部に突っ込んできたコウモリどもの片付けで大忙しなんだよ!』


「犯人たちの逃走経路よ! あいつらは用が済めばすぐにこの街から逃げるはず。そのためには、絶対に乗り物が用意されているはずなの! パッチをつけた人たちの人質をわざわざ街中にばらけさせて監視するのは骨が折れるし、自分たちの逃走が難しくなるわ。

だったら、人質全員を一箇所にまとめて監禁して、自分たちの乗り物のすぐ傍に置いているに決まってる!」


『……チッ、なるほどな。一理ある。

だが、この大雨の屋内だぞ、どこに隠しやがる』


「そこを調べるのよ! 条件は3つ!! 【そこそこの人数を収容できる大きさの建物】、【乗り物を周囲に控えさせておくことができるところ】、それと【今まさに避難している一般市民たちと絶対にかち合わない場所】よ!! この条件に合致する彩流市内の施設を最速で探して!!」


『おいッ、お前ら聞いたな!? 有給終わりの脳みそフル回転させろ!! 街の防犯マップでも観光サイトでも陽キャ共の口コミでも何でもかき集めて条件に合う場所を炙り出せッ!!』


 通信の向こうで、支援部のガヤや、監督やSEたちが『拙者にお任せあれ!』『すべての逃走ルートを逆算する!』とキーボードを叩きつける凄まじい音が響き渡る。


 吉報を待つ間、私はグリップを再び握り締め、焦燥感と共に次の路地へと深く踏み込んでいく。

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