#3 クラッシャーの武勇伝 ② ~苦めのBreak Time~
【ケース2:中央公園・ウォーターハザード事件】
彩流市中央公園には市のシンボルと言ってもいい巨大噴水広場が存在する。
『彩流』の名に恥じない七色のライトアップが美しい観光名所にして断水や火災、ステイン――黒雨やスポイラーが残した汚れを洗い流す為の非常用貯水槽。
その広場を占拠したスポイラーの討伐案件。
運の悪いことに討伐する前に黒雨が降り始め、スポイラーの染色率が一気に進んでしまった。
しかし幸か不幸か、雨雲のおかげで周囲の彩度が下がり、Collar強化は防げていた。
スポイラーは通常、無色透明の状態で現れる。
周囲の建物や特に動植物の色素を体内にあるNibと呼ばれるコアのようなものを通じて吸収することにより存在値を上げる。
一定の値を超えると各スポイラーの正体に応じて能力や特性が発現し、その上で黒雨――黒い雨を吸収すると細部の陰影が際立ち、より強力な個体になる。
だが黒のみで染まると、いきなり能力を使い始めることもある。低出力ではあるが……。
今回のスポイラーは幻想種の人魚……らしきものだった。
下半身は魚で人魚にありがちの精神汚染系の能力を使ってきたので多分そうだろう。
乱雑に打ち付けられた釘のような歯をむき出しにして奇声をあげるモノクロのモンスターを、果たして世の幼女達がマーメイドとして許容できるかは些か疑問ではあるが。
なんにせよ、能力のせいで周囲の一般人が次々と酩酊・発狂し、ゾンビパニックさながらに襲い掛かってきて現場の収集は困難を極めた。
さらに不幸は重なるもので、いつもより分厚い雨雲により噴水の暗明センサーが作動し、ライトが自動点灯してしまった。
スポイラーにとっては最高のカラーバフになり得る状況を打破する為、ライトを破壊。
最終的には討伐に至り、万事解決と相成ったのだが……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ゾンビになっちまった市民と他のハンターでごった返していた現場で、支援部がパンクしてたっていうのに言うに事欠いてミナちゃんにテメェは無線越しになんて言った?」
「(ミナちゃんって……)
――――ちょっと照明を切ってと頼んだだけよ、難しい事じゃないでしょう?
あのままじゃあの半魚人、ヤクをキメたチンピラみたいにハイになって現場がサンバ会場になりかねなかったんだから」
「あ゛ァあぁ、ああ、ライトを切れね、簡単に言ってくれるぜサキ様は!
市のインフラを簡単に弄れるわけないという常識をご存じないときた。
あのバカでかい噴水にいくらかかってると思う?
あんな置物でも市のお偉い方からしてみれば立派な財産で、外から財布を呼びつけるエサなんだ!
それをテメェは、サポーターが必死扱いて許可取りしてシステムのロックを解除しようとしてるのに銃でぶち壊し、ゾンビ市民がスポイラーの周りに群がって射線が通らないと分かったら、今度は何を喚いたか忘れたとは言わせんぞ!
『人が邪魔で狙えない!
高圧バルブをぶち抜いて皆を安全圏へ押し流すから、避難誘導よろしく!!』だ゛ァ!?」
しっかり肉と脂肪が詰まった身体をゆらりと起こして立ち上がると、こちらにグッと迫ってきた。
「スマホでもいじって待ってろって言うの?
雨だって降っていたのに。
それに、人を盾にするとか結構小狡い手を使ってきたのよ!
一人二人なら兎も角、あんなにいたんじゃ仲間総出であたってもきりがありません。
いいじゃない、結果的に大量の水のおかげで公園にいた人たちのステインも綺麗に洗い流されて後遺症もなく意識を取り戻せたって、お医者さんが言っていたんだから」
「テメェの目ん玉は頭のてっぺんにくっついているのか!?
公園周辺の一帯が水没したんだぞっ!!
状況把握、被害確認、流された市民の救助と救急搬送ルートの確保、泥水に足を取られた奴らのサルベージに追われ続けてミナちゃんの精神はな、真っ白になったんだよ!
彼女の診断書を見ろ、真っ白だッ!」
一度デスクに振り向いたボスは、ガサガサと探し当てた1枚の紙を掴み顔面に突き付けてきた。
目を凝らすまでもなく、ちらほらと最低限の文字が並んでいるだけ。
でかでかとした重要な欄には一点のシミも無く美しい印刷紙の白が輝いていた。さながら石膏のように。
「良かった! つまり問題なかったってことね!」
「配慮だバカタレッ!
はぁぁぁぁ……テメェの無茶苦茶な指示と後始末で脳のヒューズがぶっ飛んで、重度のノイローゼになった。
長期休暇を勧められたらしい、テメェの言うお医者さんにな。
彼女の書類には『彼女にとって私は、言えば何でも応えるAIか何かなんです。
要求するだけしてこっちに配慮してくれないし、指示も聞いてくれない。
今後、あの人のサポートは出来れば遠慮させてください』と書いてある」
溜息をつきつつ先程とは打って変わってしんなりした雰囲気で語ると、部屋の隅にあるコーヒーメーカーに足を運んだ。
ボタンを押すと低い稼働音が響き、直置きされた茶渋が目立つカップに黒が注がれていく。
安い豆の香りがこちらまで届くと、少し気分が落ち着いてきた。
「ボス……あの噴水が彩流市のシンボルでいざって時の保険なのは私も知っています。
だからこそ、あのまま指をくわえてスポイラーの楽屋になるのを眺めている訳にはいきませんでした……。
多少周りが水浸しになったからってなによッ!
無事奪還できたんだから表彰状をくれてもいいでしょ!?
あと関係ないけど――バレンはともかく、彼女に対してちょっと甘過ぎない?」
「普通の女が如何に可愛げがあるか、しみじみ感じる機会に恵まれてね」
「それ、どういう意味?」と思わず立ち上がりボスに軽く詰め寄った。
早口になった私をチラッと見て鼻で笑うと、注ぎ終わりを告げる小さな音で視線がマシーンへと戻る。
カップを手に取り一口――、二口――――、味と熱さを確かめた後、ズズッと半分ほど飲んだ。
「ヲタクどもからなら表彰されるんじゃないのか?
お前のカスタム銃の暴発の始末書をいくら押し付けても『俺たちの傑作を120%引き出してくれた!』と、大絶賛してクレームの一つも入れんしな」
カップを回しながらコーヒーを眺めるボスの目は陰になって見えなかった。
鳴り響く電話、紙の擦れ、キーを叩く音、話声――。
部屋のガラス越しに聞こえてくる。
ボタンを一つ掛け間違えた世界に迷い込んだようだ。
程よく冷めたコーヒーを一気に煽って飲み切ったボスが、こちらを向く。
「だが俺は違うッ!!
ここは俺のシマでッ、おれがルールーだッ!!
テメェがどれだけスコアを稼ごうが、スポイラーの死体を拾ってこようが俺の管轄で大洪水を起こしていい理由にはならん!
テメェの大活躍のせいでウチの財務は自己破産寸前だ!」
ビィーーンと、部屋鳴りが起きた。
先ほどまでの麗らかな空気を消し飛ばす勢いに、数ミリ身体が浮く。
決してビビってはいない、少し意表を突かれただけ。
キュウリに驚く猫のように。
「――――だが、これだけで終わらないのがテメェの恐ろしいところだ。
やっと組んだ三人目の相棒に、いったい何をしたか分かっているのか!?」
ご一読ありがとうございました。
少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思って下さったらページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークで応援していただけると、執筆のモチベーションになります!




