#37 絶望からのサルベージ
黒い雨は未だに泣き止んでいなかった。
「乗れ乗れ乗れッ!!」
最短距離で出口に向かう途中で人と出くわす度、殴って蹴って押し退けて。
どうにか外に停めていた車に辿り着くや否や、シヨウは急発進させた。
後ろを振り返れば、スポイラーの群れと追跡車両が――。
彼女はアクセルをベタ踏みして、迫り来る追手を必死に巻こうとしていた。
逃走劇の真っ最中に、後ろのシートでセンジが俯いたまま動かない。
地下で突きつけられた残酷な現実を噛み締めながら、重々しく尋ねる。
「……シヨウ。異世界人を利用して、この世界は発展した。
当たり前に使っているデバイスも、武器も、世の中のシステムも、みんな彼らの犠牲の上に成り立っている……。
それなのに――、なぜ貴方は、私達の逃走に手を貸した?
貴方達の世界を踏み台にした、私達の世界を、なぜ……っ?」
彼女は余裕なく必死にハンドルを捌いていた。
問答シーンにケリをつけたはずなのにまだ終わっていなかったのかと、うんざりしたように言い放つ。
「それ今じゃなきゃだめかな!?
見ての通り暇なんだよっ! 後にしろッ!」
「今じゃなきゃダメなんだッ!!」
適当に打った相槌を悲痛な叫びで叩き返され、ワイパーの音だけが残る……。
「……あいつ感じ悪かったし――」
「真面目に聞いているんだッ!!!!」
怒鳴り声が車内を揺らした。
キュッ、キュッ、キュッ、キュッ――
あまりにシリアスな重たい空気に諦めたのか、本音をぶっちゃける気になったらしい。
シヨウは小さく溜息を吐くと、闇一色の道を見据えたまま淡々と話し始めた。
「――私は世界を救う使命を託された勇者じゃない。
チートスキルで人助けしながらスローライフを送る転生者でもなければ、皆のためにお祈りする聖女様でもない」
「……」
「私はただの一般人だよ……。
毎朝テレビで誘拐や殺人のニュースを他人事みたいに眺めながらおにぎり齧って仕事に行く、どこにでもいる人でなしの一般人――ッ!」
ハンドルを大きく振って背後から飛んでくる攻撃を避ける。
数が多すぎて、半分やけくそで振り回している状態だった。
「人でなし、だと……?」
「実験体にされた人達のことは、確かに可哀想だと思った。
私も一歩間違えたら、ああなっていたかもしれない。
そう考えたら――、怖くて怖くて今でも泣きそうになる」
「泣きそうに……そんなの、当たり前じゃない!」
「だけど、そうはならなかったっ。
そうならずに、今もこうして化け物と物騒な連中に追われながらひとの車で逃げてる。
その時点で、あの人達は『テレビの向こう側の赤の他人』と同じなんだよ!」
「……っ、所詮、他人事というわけですか――」
そこまで無関心なのかと蔑むような、けれどホッとしたような複雑な感情が襲う。
「良くも悪くも、私はこの世界やあの人達に愛着はない。
そもそも私の世界にだって、魔法使いとか獣人なんていない。
所詮、幻想の中でしか生きられない御伽の国の住人だ。
二次元に対して、本気で泣いたり怒ったり出来るわけがないじゃん……かっ!」
小さな体を大きく動かしながら、大逃げする彼女の顔からは怒りの感情が一切見えない。
――一切だ。だからこそあり得ないと吠える。
「そんなの……そんなの嘘よ!
あれだけ怖い目に遭って、無茶苦茶な事されそうになって何にも思わないなんて――っ」
「じゃあ何で黙った!!??」
シヨウの声に初めて怒気が含まれた。
「社長に武器を捨てろって言われて、だんまりでっ。
どんな気持ちで私の名前を呼んだ、罪悪感だろッ!?
あのポッドに放り込まれた異世界人や私なんかよりも、自分たちが今まで必死に守ってきた暮らしの方が大事だった。
――それを守るためのハンターとしての力を手放すのが惜しかったッ!!」
正しかった。正しすぎた。
何から何まで、自分たちに成り代わって胸中を代弁された。
訂正個所などない。
だからこそ否定しなければならないのに、するりと本音が出る。
「……否定は、しません。
私達は、この世界で生きてきた。
これからも生きていかねばならないんですから――」
「当前」
「――っえ……」
「当前だって言ったんだ!!
よく分からない世界からやって来たよく分からない何かより、自分達のことを第一に考えて何が悪い!?
サキもセンジさんも今までやってきたことに対して良く頑張ったって誇っていいし、これからも誇っていい!
私は許す、だって結果的に何もされてないんだからっ。
あの人たちに『ふざけるな』と批難されても否定はさせない」
当たり前だと思っていた今までの行為の全てを今更後悔していた私達に、彼女は活を入れた。
「……っ、でも、私達は……!」
「 右を向きながら、左を向けるわけがない。
真正面から何かと向き合おうとすれば、絶対に何かに背を向けることになる。
背を向けた先にあの人達がいるなら……。
――私が代わりに、あの人達のことを考える」
「貴方が、考える……?」
「――『逃げろ』」
「え……?」
ぽつりと呟かれた言葉に、センジは顔を上げる。
スピードに乗ってきたのか、いつの間にか後続との間に距離が出来ていた。
「あの時、そう言われた。
……もう、諦めたんだよ。
助けを呼ぶことも、助かることも、家に帰ることすらも――」
「諦めて、いた……」
「勘違いするな。罪悪感を持って欲しくて言ったんじゃない。
むしろ、持つなそんな余計な物」
「余計……って、罪悪感を持ってほしくないって、何よそれ……」
「『お前らが知ることじゃない』みたいに格好つけて黙り込まずに今こうして話したのは、二人がちゃんと物事を選び取れる『大人』だと判断したからだ。
人間、誰も彼もに優しくなんてできるわけがない。
だから先ずは選べ、自分達のことを」
「選ぶ……自分達を――」
彼は彼女の言葉を復唱する。
濁っていた黄色の瞳に、一点の光が差した。
「たまたま世界規模で迷子になっちゃっただけの私達のことなんか知ったこっちゃねぇ! って言って蹴り飛ばせっ。
今まさに街のど真ん中で脅されて、泣かされて、助けを求めている人達のことを選ばなかったら、あまりに不憫だッ!
あの人達はまだ全然助かるし、まだ家にも帰れるっ。
――そうだろ、ハンターッ!!
二人がやらなきゃ誰がやる!?
私達に悪いからって、申し訳ないからって言って見捨てる気かッ!?」
「……っ、できるわけない。
――そうね、その通りよ……」
「あの人たちの『帰りたかった』って気持ちは、私が背負ってく。それでこの世界で元の世界に帰る方法を探す。
しんどい思いをしながら探す気なんてさらさらない。
美味しいものでも食べながら、人生無駄にしないように精々楽しみながら冒険でもする。
――だから、二人は二人でしたいことを勝手にすればいい」
「けど……そんなこと言うけど――!
でもやっぱり納得いかないわよ!!」
シートから身を乗り出し、悔し涙を堪えながらシヨウの横顔に喰い下がった。
「たまたま、あんたはあいつらにいいようにされなかっただけじゃない!
クロム社は、あそこ以外でも同じような実験をやってるのかもしれないし、これから先、シヨウみたいにこの世界に新しく来る人がいて、またあの人達みたいな目に遭わされる人が出てくるかもしれない!!」
「サキの言う通りです。
そうなっていかないように私達がどれだけ気を付けたところで、世界中すべての場所なんてとても見て回ることはできない……!
それに、私達はこれからも、あの人達が実験台になってできた道具や技術を使って暮らしていく。
――シヨウ、貴方は本気で、それに対して何とも思わないんですか!?
あのポッドの中には、『人間』だって含まれていたというのに!!」
センジのやり場のない憤怒と苦悩の叫び。
「あ゛あもうっ、面倒くさいな゛ぁ!?
最初は社長一人のやらかしだった!!
だけど、今はもうそれだけじゃ済まなくなってる!
異世界人を使ったことが罪だっていうならそれはもう世界全体の問題だ!
そんなの一個人が懺悔したところでどうにもならないッ!!
グチグチ役に立たない罪悪感なんか覚えてる暇があるなら、四の五の言わずに今助けなきゃならない人を助けてろっ!!」
――――キュッ、キュッ、キュッ、キュッ
「……順番の問題だよ」
投じられた石に、不毛な静けが弾けて消える。
「え……?」
「私はモルモットになる前に、二人に会った。
……無茶苦茶なカーチェイスやって、港町の崖から海にダイブして、おじさんの前で全力の昼ドラ劇を撮って、豪華な海鮮カレーを食べた。
恨み辛みを抱く前に私達は奴らを追う『共犯者』になった。
――しょうがないから最後まで付き合う」
そう言って、彼女はふっと柔らかく笑った。
――ドオォォォン!!!
「――ちょッ!? 空気読めッ、今いい締めだったのに!!」
いつの間に急接近していたスポイラーから強烈な攻撃が放たれた。
カスタムカーのリアを直撃し、衝撃で車体が激しく軋んで怒気交じりに文句を言う。
「――センジ!!」
「ええ!! AI、ルーフを全開にしなさい!!」
『――了解。トップルーフを開放します』
「ちょっ、待った!! まだ雨降ってる!!」
頭上から冷たい風と黒雨が吹き込み、私とセンジは不敵な笑みを浮かべながらシートの上に立った。
振り向きざまに、運転席に座る彼女に言い放つ。
「やりたいことを決めたのよ!!
とりあえず、後ろのあいつらをぶっ飛ばす!!」
「ええ!!
そして誘拐された被害者たちとその家族を全員無傷で助け出し、彩流市を救う!!」
「それと、ポッドの中の人達のことも私達がどうにかするわ!!
もしどうしても助けるのが無理なら、無理でちゃんと全力で供養してあげる!!」
「そこまで全部片付けたら――シヨウ、貴方と三人で祝勝パーティーだ!!
食材の費用は私がいくらでも奮発しますから、調理はそちらに任せますよ!!」
「――――」
シヨウは唖然とした。
あれほど罪悪感で染まりきっていた二人のハンターが、突如息を吹き返したことに。
確かにいつまでもウジウジされるのも面倒なので発破を掛けはしたが、ここまで開き直られるとそれはそれで反応に困る。
「それにあんたねぇ……。
さっきからただの一般人とか言ってるけど、あの社長に対しての演説も水鉄砲を暴発させた機転も、今の話だって全部かっこよすぎるのよ!!」
「まったくです。
現役のプロハンターとしてこれ以上、一般人に格好つけられっぱなしでいるわけにはいきませんから!!」
「「多少の無茶をしてでも、ここは私たちハンターがカッコつける番 (よ/です)!!!」」
気合を入れると元相棒に声を掛けた。
やり口はお互い、知っている。
「センジ、久々にコンビ復活よ!! 彼女に私達の魔法を見せてやりましょう!
――『位相同調』!!」
掌から放たれたまばゆい純白の光の波長が、一気に噴き上がった。
ホログラムの光で、センジの能力をブーストさせる!
「加減は無しだ、『凶色奔る断絶条痕 (ストライプシャッター)』ッッ!!!!」
センジが後続に向かって、ブレードを力強く振り切った。
――黄色と黒の斜線。
――それは、空間を断絶する巨大な遮断桿。
彼の固有色である秩序課す危険色の本質は、自分と相手を阻み遠ざける警戒色にして壁。
『ストライプ・シャッター』はその色を直接的な攻撃手段に変容させたもの。
サキのバックアップを受けたCollarは、本物の雷撃を超えた強烈なクロムイェローの閃光を放ち、黒インクの螺旋によってより際立っていた。
そして横一直線の斬撃となって、重なる敵を容赦なく一掃しながら彼方まで飛んで行く。
「やっとコイツの出番ね!」
サキはキングロードから受け取ったガジェットを装備帯から取り出し、カメラレンズに装着。
色とりどりの強烈な高輝度フラッシュを併用したエネルギー弾や光線を乱射し、敵の視界を物理的あるいは間接的に潰していった。
「――っ、そろいも揃ってバカしか乗ってないのかこの車にはッ!!??」
光の競演に照らされた運転席で、シヨウは悪態をつきながらAIに叫ぶ。
「――AI!! 彩流市のPALLETまで最短距離で突っ走る!!
誰がこの世界で『最速』なのか、奴らに教えてやれ!!」
『――了解。最高速度へ移行。
……併せて、本車両に搭載されている全てのギミックおよび武装を、背後のターゲットに向けて発射します。
――――一斉掃射』
カスタムカーの車体後部から無数の無認可ミサイルポッドが一斉にせり出し、弾幕を怒涛の如く解き放った。




