#36 堕天使の引導
「……っ!?」
「素晴らしい、本当に素晴らしい!
世界はどこへ行っても何も変わらない!
何がいようがいまいが、未知の存在をとことん観察し、研究し、技術へと昇華させる!
世のため人のため、徹底的に調べ尽くして自分たちの糧とする!
……まさに、人として当然の営みだ、貴方は正しい、ただッ!
彼らの愚かさが、貴方についていくことができていないだけなのだからッ!!」
「……な、に……?」
「まさしく研究者の鑑だ! 技術を世に還元する者として、貴方ほどの正義は文字通りどこの世界を探したところで存在しない!
目の前の犠牲に義憤をもって吠え立てるにも拘わらず、自分たちが受けている恩恵を何一つ手放せない、
――――そこの独善者共とは比べる事すら度し難い!!」
「――っ!」
「シヨウ、お前……!」
私とセンジの胸に、彼女の容赦のない賛辞がグサリと突き刺さる 。
あまりの言われように心が激しく傷つき、私たちは言葉を失った。
――――しかし、何も言い返せない……。
一方、社長はいきなり流暢に話し出したシヨウの強烈な賛辞に一瞬、言葉を詰まらせた。
だが、その眼差しに宿るものが自分と似た合理性だと理解すると、傲然たる冷笑へと変わっていく。
「……まさかサンプルの口から、理解できる言葉が吐き出されるとはな」
実験の成功データでも得たかのように静かに顎を引き、ようやく初めてシヨウ――異界の生物を視野に収めた。
「――その通りだ。他者の承認など私には一切不要だが、先程提示した事実は否定する箇所がない。
競争の勝者が敗者をリソースとして消費し、極限への進化を成し遂げる。
……停滞に微睡む無能共に世界を委ねていては、人類はいつまでたっても滅びの恐怖から脱却することは無い」
「ああ、これは真っ当な生存競争だ」
シヨウは深く頷き、真面目なトーンで社長の言葉に熱烈に呼応する。
「自然界の進化と何ら変わりはしない。
時代と環境に適応し、効率を極めた者だけが生き残る。
可哀想だからと言って歩みを止め、共倒れする生物が一体どこにいる?
他社の成長が遅れているのは当事者の責任。生き残るために、ついていけない無能どもが篩にかけられ、置いていかれるのは当然の理。
そのまま骨になって塵へと消える彼らに背を向け走り去ればいいものを、己の肥しとする分、貴方はむしろ慈悲深いと言える」
目の前の異界の娘が紡ぎ出した『生存競争』『進化』というロジックは、彼の真理そのものだった。
彼はまるで自分と同等とまではいかずとも、最低限会話できるだけの知性を持つ生物を見つけたかのように、シヨウへゆっくり一歩近づく。
「……完璧な解答だ。マクロな大局から見れば、私の選択こそ正しさであり、人類に課せられたアップデートだ。
目先の些末なコストに怯え、与えられたエサを啄むことしか出来ない凡愚に足を取られるわけにはいかない」
無価値と判断した存在を測り直すように声を低く響かせた。
「まさか世界の向こうに、これほど真っ当な生物が存在していたとはな。
――何も詰まっていない脳と思ったが、調べる価値はありそうだ」
――そして、彼女は笑った。
「――故に公表しよう。
――この偉大なる栄光の成果を世界中の民衆の前で、今ッ、すぐにッ!!」
『えッ!? / ――なに?』
私たちは同時にびっくりして声をあげる。
シヨウはゆっくりと手を下ろし、その歓喜に満ちた声色で社長に問いかけた。
「これほど素晴らしいことをしているというのに、何故貴方は光も届かない地下の暗がりに身を隠す?」
「……戯言を。
理解できない大衆に明かす必要が何処にある? 雛が知るべきは恩恵という結果だけだ。ここを知れば目先の倫理を囀り、研究の妨げになるだけだ」
「何故? 私の世界と何も変わらない。
鳥の嘴から高速の乗り物を作り、魚の骨から空を飛ぶ翼を手に入れた。
蓮の葉は汚れを弾くコーティングとなり、豚の臓器は人の命を繋ぐ頼みの綱となった。
爆弾を正確に撃ち込むための通信技術は、世界中の人々を導く日常的なシステムに組み込まれ、どうすれば人は死ぬのか、その探求の為の捕虜や囚人の凄惨な実験データは今や確立された治療法に昇華された。
――同じ人間を使って実験し、研究し、時に殺して得た血生臭い大量の副産物こそが、私たちの世界の技術の根幹だ。私はこれをネットやテレビで知った。
人を使わず、ただ迷い込んだ未知の生命体だけで、私たちの世界と同等にまでこの世界を押し上げた貴方は、まさしく神の御使いにふさわしき偉業を成した。
ならば何故ッ! 拡声器を持って人々の前で堂々とその顔を晒して語らないッ!?
我こそは神の御使いにしてこの世界の恩恵そのものだとッ!!」
「…………」
社長は何も言わない。
はぁ、はぁ、と荒息を立てて高揚しきった彼女の声が残響が消えた時。
突如――――、霜が降りた。
「――言えなかったんだろ、『人』だから」
「……何?」
「獣の耳が生えようが、魚の鰭がついてようが、おとぎ話のような力が使えようが……お前のその目には、ポッドの中のアレが『人』に見えていた。
虫や獣やスポイラーならいくらでも切り刻めても、彼らを実験台にするのは本能的にマズいと分かっていた。
倫理的に、決して許されないことだと理解していた」
冷笑が、僅かに険しい表情に置き換わる。
「怖かったんだろう?
人をモルモットにしたと知られれば、今まで崇め奉てきた民衆から一斉に罵倒され、嫌悪され、否定され、最後はゴミのように見捨てられる。
――――だから隠したんだろう? まともな人間が寄り付かない最外殻のこの地に」
シヨウは一歩、また一歩と、冷酷に歩みを進める。
「けれど、死の雨が降り注ぐ本物の犯罪都市にまで足を踏み入れる度胸は、お前にはなかった。
だから、こんな中途半端な土地の地下にコソコソと隠れた。
人に顔向けできず、悪党にもなりきれず、人ではないとほざきながら、誰よりもあれらを人として扱って怯える半端者。
――――それがお前の正体だ。
お前は神に選ばれたんじゃない、悪魔に弄ばれたんだ。
……ほんの、片手間に」
「……フ、ハハハ。見事な妄想だな、お嬢さん」
分かりやすく煽られるほどの安い男ではなかった。
しかし的を得ていたのか否かは分からずとも、躓かせることには成功したらしい。
「浅薄な倫理など、最初から私の中に存在しない。私が恐れるのはこの世界の遅滞のみだ。
お前がどれほど私の内なる人間性を語ろうと、わが社の技術がこの世界の日常を支配している事実は、何一つ変わりはしない」
男は絶対のプライドを持ってそう言い放った。
ポケットから例のパッチを取り出し、そっと親指でロゴを撫でる。
「世界をより高みへ導く私の渇望は、誰に否定されようが終わらない。
――お前たちのその無意味な感傷ごと、ここで消そう」
シヨウはもう、男の話など聞いていなかった。
彼女は長いセリフを喋っている間、後ろに回した手でウォーターガンの冷却装置を外していた。
そして、バッテリーを暴発限界にまで追い込むために、引き金を最初からずっと引きっぱなしにして時間を稼いでいたのだ。
――銃身が、真っ赤な高熱を帯びてチリッチリッと激しい過電流の火花を散らし始める。
「――我が身は黒を宿すものなれば、この度はルシファー様より言伝を仰せ付かって参りました」
突然、意味の分からないセリフに男は眉をしかめる。
シヨウは最後に不敵に笑った。
「『もう十分だ、クソったれ』」
シヨウはそう吐き捨て、チャージを終えたウォーターガンをひょいッと放り投げた。
中身が空のそれは、何も発射されることなく空中を舞い――――
「走れェェェェッッッ!!!!」
喉が裂けんばかりの大声で私たちに叫ぶ!
男の前で魔改造銃のバッテリーが臨界点を突破し、手榴弾のようにド派手な大爆発を引き起こした 。
ズガガガガガガガアアアアアンッッッ!!!!
「きぁぁぁッッッ!?」
「チッ、サキ、走りなさい!!」
猛烈な爆風と煙が辺りを包み込み、社長の身体が派手に後方へと吹き飛ばされる。
その大混乱の隙を突いて、私たちはスロープへ向かって三人で一斉に全力で逃げ出した。
「……っ、ガハッ……! ゴホッ、クソッ……」
煙の向こうで床に叩きつけられていた社長が、頭から血を流しながらゆっくりと立ち上がる。
「無駄な足掻きを。
――奴らを追え」
通信機を通じ、背筋が凍るほど冷酷な声で部下たちに命じた彼は、取りこぼしたパッチを拾い上げ自分の喉に迷いなく貼り付けた。
「――jq%(t)i)$)w#!!」
理解できない言葉がスポイラーへの命令コードとなり、不気味な号令となって部屋全体に響き渡る。
その最悪な『言葉』に呼応するように、地下施設のあらゆる通気口やケージから、あの真っ黒に染まったコウモリや他のスポイラーが激しい音と共に次々と湧き出てきた。
逃げる私たちの背中を目がけて、殺意の羽ばたき音と足音が一斉に追いかける。
ご一読ありがとうございました。
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