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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市 編 ~交わる二人の愛食者~
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#35 正義は血染めの生き人形

 ――――パチ、パチ、パチ、パチ…… 


 静まり返った地下プラントの冷たいコンクリートの空間に、突如として拍手が反響した。


「――っ! 誰!?」


 私は反射的に懐のカメラを構え、センジとともに音のした背後へと鋭く振り返る。


 暗闇の中からゆっくりと姿を現したのは、皺ひとつないスーツに身を包んだ男だった。

 悪戯好きの子供を見るような、困り気な目で私たちを見つめる。


「実に見事な調査能力だ、ハンター諸君。

まさか我が社の極秘アーカイブの核心にまで、これほどあっさりと辿り着くとはな」


「――貴方が、このおぞましい実験の主導者ですか……」


 センジは押し殺した怒りの声を男に激しくぶつけた。


「異なる世界の人達を実験台にして、一体どういうつもりだ!?」


 彼の鋭い糾弾に対し、男――社長は悪びれる風もなく、むしろ不思議がる。


「どういうつもり――、か。

実験施設に実験動物が存在するのはごく自然なことだと思うが……、少々難解過ぎたか?


――それにどうでもいいが、『異なる世界の人達』という主語には科学的にも言語学的にも違和感を覚える。

お前たちの優秀な目には、ポッドの中の『あれ』が本気で我々と同じ人間に見えているのか?」


「何ですって……っ?」


 表情が険しくなる二人とは裏腹に、社長は呆れた様子で一般常識を語り始める。


「獣の耳を持ち、魚の鱗を生やし、魔法などというおとぎ話のような超常能力を使い、この世界が恐れる黒雨を浴びても平然と生きていくことができる。


……そんな異質な生命体を、お前らは人間と呼ぶのか?」


「なんであれ、彼らには確かな知性がある! 命の重さを勝手に測るな!」


 批難の声を浴びるも、社長はただただ鼻で笑うだけだった。


「知性? ……フッ、面白い。

ならば聞くが、虫や獣の形をした異世界の生命体……あれらは実験に使っても構わないのか?」


「それは……っ」


 虫を人として考える。それは自分が人である以上、土台無理な話だった。


「人に似ていなければどれだけ切り刻んでも、高尚な正義の心(ヒロイズム)とやらは痛まない、と?

――欺瞞だな」


「それは、屁理屈よっ!」


「お前たちは普段、当然の権利として家畜の肉を貪っているだろう。

いまさら肉の種類にケチをつけるのか?」


「人の命を肉の種類に例えるな……ッ!」


 意にも介さず、冷たい眼差しを私たちに向けたまま淡々と言葉を重ね続ける。


「人肉は倫理的に反するが、それ以外のどの肉をどう扱おうが規定の枠内においては自由。あれらを人と定義していない以上、我が社がどう扱おうとも自由。


……実につまらない感情論だ。普段から頭を使わない人間とのやり取りはこれだから疲れる」


「貴様……っ!!」


 センジが歯を食いしばる。だが、男の正論の刃は止まらない。


「疑問に思ったことはないのか? 

なぜクロム社だけが、この世界の他の有象無象を置き去りにして、圧倒的な技術革新を成し遂げられたのか?」


 手元のデバイスのホログラムを指先で退屈そうに弾いた。


「我が社は過去、一時的に経営の停滞を余儀なくされていた頃、私はこの境界エリアで偶然、一匹の魚を発見した。

黒い水溜りの中で平然と泳ぐその異形を目にした時、私は神からの贈り物だと柄にもなく確信した」


「神からの贈り物ですって……!?」


「形も不鮮明で透明な、中身が何かすら解明できない出来損ないがスポイラーだ。目に見えてはっきりと顕現した個体は、汚染が酷過ぎてまともにサンプルを解析する事すらできないことも多々ある。

……だが、最初から肉体の構造が鮮明な『あれら』は、遥かに効率的で高いポテンシャルを秘めていた。

実に見事な研究対象だった」


「そのために、彼らを文字通りお前の会社の踏み台にしたというのか――っ?」


 彼らの言葉は――、男の耳に届かない。

 世を見下ろす者は、地べたを這う虫の言葉など端から聞く気などないのだから。


「……時折、平凡な個体も境界の歪みから堕ちてきたがな。だが、そいつらが所持していた道具やその脳内に詰まっていた知識は存外に役立った。

あれをベースに私が完成させたのが、今まさにお前たちが身に付けているハンターデバイスや武器、ナビゲーションAI――、つまりこの世界の日常そのものだ。


――効率的で有用な技術開発のために、優れたリソースを使う。

何が間違っている?」


「何だって……!?」


 私は自分の腕に巻かれたハンターデバイスを見つめ、全身の血が凍りつくような衝撃を覚えた。


「じゃあ、私たちのデバイスやAIも、スポイラーと戦うためのこの武器も……全部、元は異世界の物だったっていうの……!?」


「なんてことだ……っ」


 センジが驚愕に目を見開き、自身の武器を握る手が小刻みに震える。


「私たちが今まで使ってきたものが、彼らから奪い取った技術の模倣――――」


「――ッ、 ふざけないでよッ!!」


 私は信じがたい事実を突っぱねるように、激しい怒りと悔しさを燃料にして社長に叫び返した。


「よその競合企業から関係者を拉致して、街のあちこちに配置してパッチで無理やり叫ばせる――!

自分の会社の覇権のために、街をスポイラーに襲わせる自作自演のテロ計画の一体どこが技術開発だって言い訳するつもり!?」


「言い訳? ――見当違いだな。

これは至極真っ当な『投資』だ」


 男は付け入る隙もない氷のような仮面を崩さず目を細める。


「他社の開発スピードを見るといい。亀にすら遅れをとる始末だ。

無能どもの歩調に合わせていては、人類はいつまで経っても雨とスポイラー共の恐怖から脱却できない。停滞は罪だ。

それ故に、足枷を排除し、我が社がすべてを掌握する必要があった。危機感のない有象無象を、誰かが完璧にコントロールする必要がある。


街がスポイラーを襲われ、それを我が社の最先端技術で解決する。その過程で企業が幾つか消滅するかもしれんが、――まあ、些細なことだ。誰も気にしない。

我が社は名実ともに世界の覇者となり、世界は恐怖から救われる。

効率的な実地テストだ」


「ただの冷酷な大量殺人じゃない……っ!!」


「それを投資と呼ぶ。必要な犠牲と言い換えてもいいが。

……お前たちが今まで享受してきた恩恵は全て、『おぞましい実験』と呼ぶプロセスの副産物。我が社の技術を他社がついていくことが出来ない速度で、さらに極限(さき)へと押し上げた時代の完成系だ。


……どうした? それが嫌なら、血に塗れた犠牲の結晶など、今すぐここで外して床に叩きつけたらどうだ。

今後一切、我が社の技術を完全に捨てて生きていくと誓えるか?

お前たちは、それを今すぐ手放せるのか?」


「それは……っ」


 センジの手が、自分の腕のデバイスに触れたまま止まった。


 ――手放せるわけがない。これを手放せば、私たちは不可視の怪物『スポイラー」に対抗する術の大半を失う。街を守ることも、自分たちの命を守ることもできなくなる。


「クソッ……!」


 彼は悔しさに顔を歪めながらも、デバイスを固定するベルトを外すことができない。

 自分の中の規律と正しさが、目の前の悪党の『犠牲のシステム』に依存しているという残酷な現実に、彼のプライドが内側から崩壊していくのが分かった。


 私だって同じだ。懐にあるカメラも、すべてはこの世界の『当たり前の技術』の恩恵だった。

 正論の形をした狂気に完全に逃げ場をなくされ、地下プラントは重苦しい絶望に支配された。


 自分たちのこれまで培ってきたハンターとしての誇り。今までの、そしてこれからの彩流市での便利な暮らし。

 そのすべてが、このおぞましい実験の恩恵の上にある。その重すぎる現実を前に、私たちの中に激しい葛藤が襲う。


「――見苦しいな。お前たちの掲げる正義など、所詮はその程度のものだ」


 社長は沈黙する私たちを冷酷に睥睨した。


「つまるところ、お前たちも私の構築した犠牲の恩恵を貪る共犯者に過ぎないということだ」


「――シヨウ」


 私は声を絞り出し、ただ彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。

 隣のセンジも、ブレードを握る拳を白くなるほど震わせたまま顔を歪めている。


 シヨウは三人の張り詰めた思想のぶつかり合いを、ウォーターガンの銃身に指をかけたまま、終始無言。

 何の感情も宿していない黒い瞳で眺めていた。


 すると社長があまりにも取るに足らない羽虫でも見るかのような視線を向ける。


「――『シヨウ』? 

名前までつけて、実験動物相手におセンチな感傷にでも浸っていたのか?」


 この世を支配する絶対強者としての圧があまりに重く圧し掛かる。

 暗い地下施設に響く血の通わない皮肉は、私たちの葛藤を肉の筋のように切り捨てた。



 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――彼はシヨウのことをしっかりと認識していた。

 街のカメラなどで、彼女を発見していたからだ。


 黒髪黒目という珍し過ぎる配色に加え、言葉も通じずフラフラと彷徨っていれば嫌でも目に付く。

 今どき、携帯や端末に入っている無料の翻訳アプリを使えば、どんな言葉でも勝手に翻訳されるため、この世界において言葉の不自由などほとんど起こり得ないのが現状。


 一人一台、当たり前に所持している携帯を持ち合わせず、街をうろつき通りすがりに避けられる彼女の様子は、最高品質のサンプルとしてあまりにも分かりやすすぎた。

 だからこそ、すぐさま迎えを寄こしたのだから。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……気にする必要はない。どうせこちらの紡ぐ言葉など、あれには一言も理解できんのだからな。

ただ境界を彷徨っているだけのモルモットだ。

安心するといい、私が貴重なサンプルとして有効活用しよう」


 もちろん、彼女が今やこの世界の言葉を完全に理解していることも、普通に話せることも、この男は何一つ知るはずがない。




 ――シヨウはあの頃を思い馳せていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 男達に取り押さえられ、消音声パッチを張り付けられた。


「――っ、――!?」


 声が出せず、驚く暇もなく引きずられそうになるのを必死に抵抗する。

 すると、男の翻訳パッチが突然電流を放出し、彼女らを襲った。


『――言語データ不足。対象の言語中枢へダイレクト・アクセスを開始。データ抽出』


「あ、あガ……っ!?」


 脳の奥に刺さる激痛――。

 

 だが、端末のシステムは想定外の致命的なエラーを検知した。


『警告……エラー。対象の魔力親和性、ゼロ。エラー、エラー……』


 魔法が牙をむくファンタジー世界ではなく、その手の神秘は科学によって殺された。

 そんな世界で生まれ育った彼女の肉体には、魔法という異質なエネルギーを受け入れるための素養が一切なかった。


 この世界の住人も含め、迷い込んできてしまった人たちには大なり小なり土壌(しんわせい)を有していたのに。


 互換性のないOS同士で異質なエネルギーとそれを拒絶する壁が正面衝突を起こす。

 システム化された魔法術式が激しく暴走し、ついに決壊した。


 バチバチバチッ!!


 翻訳端末が過負荷で爆発。

 制御を失った端末内の【翻訳魔法】の残骸と、クロム社が蓄積してきた世界中の言語データベースが、彼女脳内へ焼き付けられるように逆流していく。


「は、ぁ……っ!!」


 突然のことに突き飛ばされた彼女は地面に手をつく。

 男も彼女も痛みと驚きで壊れたパッチを急いで取り外した。


「クソッ! パッチがハジけやがった! なんなんだッ!?」


「もういい、力ずくで気絶させろ!」


 貴重なサンプルに傷をつけるなと命令され、手荒な真似を避けていた彼らだったが、もうなりふり構わなくなったらしい。

 彼女は必死に路地裏へ駆け出した。すると――


 ――――ウィィンウィン! ウィィンウィン! ウィィンウィン!


「おい待て、雨だ! 浴びたら動けなくなる!!」


 ポツ、ポツ、ポツ――と雨が降ってきた。

 間を置くことなくザーーーッとアスファルトを叩く。


 追ってくる男たちはCollar能力値が低いため、黒い雨を浴びた瞬間から服や肌がみるみる黒ずみ、鉛のように身体が重くなっていく。


「グッ――、くそ、おい早く逃げるぞ。アレはほっとけ!」


 先を走る彼女は走る、走る――。

 漆黒の死の雨が、彼女の黒髪をより艶やかに濡らす。


 魔法も色も持たない、神秘に見捨てられた世界の出身。

 彼女にとって、この世界の死の雨は人目から隠す、天気雨……


 ――または、狐の嫁入りでしかなかった。

 



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 異なる世界の生命体から搾取した、【翻訳魔法】とこの世界の言語データと翻訳機能を掛け合わせたシステム。

 それを詰め込んだ翻訳デバイスであるパッチがエラーが起こしたなど誰が予想できよう。


 社長は懐から翻訳パッチを取り出し指先で弄びつつ、完全に油断した足取りでゆっくりと歩みを進めてきたのた。

 人の言葉など分かるはずがないモルモットだと思い込んでいるシヨウを捕獲するために――――




「……っ、フフフ……」


 押し殺した笑いが聞こえた。


「シヨウ……?」


 センジも驚いて彼女の顔を覗き込む。


 ショウは自分の目を手のひらで覆ったまま、肩を小刻みに震わせる。

 やがてその笑いは、堅牢なコンクリートの壁を激しく震わせるほどの、容赦のない大声へと変わっていった。




 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!


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