#33 最悪の前振り
「熱源の反応が一番強いのは……この先の地下へと続くスロープね。二人とも、下へ行くわよ!」
雨の音が、コンクリート造りの堅牢な施設の壁を冷たく叩く。
私たちは余計な衝突を避けつつ、地下へと続く薄暗い通路を静かに下りていった。
「……熱源反応の歪みがどんどん大きくなってる。
外見はただの頑丈な施設だけど、地下にこれだけの秘匿プラントを隠し持ってるなんてね」
通路の突き当たり、分厚い工業用のビニールカーテンと、半開きになった重量シャッターの隙間から、不気味な青白い水銀灯の光が漏れ出ていた。
シヨウは壁に背を預け、奥の制御盤から漏れる微かなノイズに耳を澄ませる。
「……ストップ。コードの音がはっきりしてきた、『同調率、スキャン……パターン――該当波形』?」
「実験の真っ最中、というわけですか。……キャットウォークがありますね、上へ回り込みましょう」
「了解。シヨウ、私のステップを完璧にトレースしてね」
「私、一般人ッ!?」
私たちはビニールカーテンを音もなく潜り抜け、地下に広がる広大な吹き抜けの空間へと滑り込んだ。
物々しい医療用のような電子機材や複雑なチューブが連結された大型の空の容器がいくつも配置され、不気味な駆動音を唸らせている。
鉄製の細い梯子を音もなく上り、キャットウォークの暗がりに身を潜めた。
後ろからどうにかくっ付いてきたシヨウが、手すりの隙間から階下を見下ろす。
「……いかにもって機材。あれが本命じゃなかったら詐欺罪で視聴者から訴えられる」
「絶好の観察ポイントですね。
……昼間、連中が躍起になって運んでいたあの機材と空の容器の『本当の使い道』が、ようやく分かりますね」
私たちは息を殺して内部の様子を窺う。
すると部屋の奥から、低く、押し殺したような唸り声が、冷たい空気の中にじわりと響き渡った。
「……見なさい。あそこよ」
私が指差した先では、技術者たちがテストを行っていた。
「第4波形、送信。命令動作の確認を行う。――whhiq8」
首に何かつけた男が命令した瞬間、妙な音が響く。台に繋がれた一体のスポイラーが、機械的な動きでその場でぐるりと旋回した。
凶暴な汚染体が、まるで調教された犬のように従順に命令を処理している。
「パッチでスポイラーの動作を、完璧にコントロールしているわ……」
「あの色は少なくともレベル3、いや、あの時のカメレオン型と同等か――っ?」
やがて一通りのテストを終えたらしく、技術者たちはドックの奥の管制室へと移動していった。
「……いなくなった」
シヨウが鋭く呟く。
「今のうちに中を調べるわよ」
私たちは素早くキャットウォークから下りた。
辺りを調査するために、私たちはでケージの並ぶ壁際を見て回った。まるで博物館のような並びに真上から各々照らされるスポイラーらは、こんな状況でなければいっそ壮観と言える。学校見学とかに良さそう。
頑固なロックで密閉されたガラスケースを「こんなタイプのスポイラーもいるの……?」と一つずつ確かめていく 。
「……? ――待った。何か聞こえる」
「え? 何も聞こえないけど。機械の音じゃないの?」
「違う。もっと人っぽい声」とシヨウは足を止め、部屋の奥を凝視した。
初見の感想通り、博物館のようなこの部屋は幾つもの仕切りや壁によってできた通路などが数多くある。周りを見渡してもこの空間全てを一度に把握は出来ない。
「人っぽいの声、ですか? AIなどではなく? サキ、あなたの端末に生体反応は?」
「ううん、感知されてないわ。スポイラーの汚染波形しか拾えてない」
「…………」
シヨウは黙ったまま歩き出した 。幾つもの仕切りを避け、最も薄暗いスペースへと進む。
そこには、肉厚な金属フレームで強固に固定された巨大な培養ポッドの群れが佇んでいた 。
「あの時のポット!」
「見かけないと思ったらこんなところにありましたか……」
奥の暗がりに向かって、それはズラリと決して少なくない数が並んでいる。
シヨウがそのうちのポッドの一つを見つけ、そのガラスを凝視したまま声を掛ける。
「……ニ人とも、これ」
「何よ、シヨウ。――っ!」




