#28 偏食だらけのインフォーマ
「……ちょっと待って」
私はプレハブの丸椅子から身を乗り出し、ある致命的な事実に気づいて、唖然としたまま声を震わせた。
「……ねえ、センジ。私たち、これだけ色んな話を彼女から聞いたじゃない。異世界だの、翻訳能力だの、黒雨が効かないだの……」
「ええ。あまりにも高密度な情報の濁流に、私の脳の処理能力が完全に持っていかれていましたが……」
「……結局、本命の話について、私たち、まだ何一つ核心に迫れてないんじゃない!?」
「――っ! しまっ……!」
私とセンジさんが同時に頭を抱えて、あまりの迂闊さに変な顔をして硬直する。
そんな私たちのマヌケな様子を、彼女は丸椅子に座ったまま呆れたような表情で見つめ、端的に、ぽつりとその名をこぼした。
「――クロム社」
「……え?」
「――クロム社、と言いましたか!?」
私とセンジさんは同時に顔を跳ね上げた。彼女はペットボトルの少ないお茶を一口含むと、当然のように頷いてみせる。
「さっき港のコンテナ倉庫からトラックを動かしていた連中も、最初に街で私を襲ってきた奴らも、全員『クロム社』とかいう会社に雇われた奴ら。
奴らが自分の喉に貼り付けていたあの翻訳パッチ(仮)の基盤にも、はっきりとその企業のロゴが入ってた。
まあ……あの時はどこのものかは分からなかったけど、あの後、街なかの看板や色んなところで同じロゴを見かけて知った。……知らないで追いかけ回してたのか?」
「まさか……あのクロム社がスポイラーの操作を……!? サキ、これは私たちが思っている以上に、事態は深刻ですよ」
「ちょっと待って、信じられないわよ……! クロム社って言ったら、昔は一時的に経営が著しく低迷していたって聞くけど、今は私たちの『PALETTE』とも正式に業務提携している、この国で知らない人はいない超有名企業じゃないのよ!!」
彼女は私たちの狼狽ぶりをじっと見つめながら、不思議そうに尋ねてきた。
「そんなに凄いのか、そのクロム社って……。
そういえば、さっきパッチのことで何か言いかけてたけど、何が聞きたかったの?」
「何って……あれは、スポいラーを意図的に操って人を襲わせるための、非公式の不法パッチよ!
あいつらは、あの狂暴な汚染体を、裏で兵器みたいにコントロールしようとしてるのよ! ……多分」
「――それは……、この世界じゃそんなに異常なのことなの?」
「異常に決まってるでしょ!!」
「そうか......、異常だったのか……。
あいつらがスポイラーを連れて歩いているのを何度か見かけたことがあるから、私はてっきりアニメやゲームみたいに、モンスターとバディを組んで一緒に戦ったり、日常イベントで絆値を上げたりする仕様なんじゃないかって思ってたのに......」
「――そんなわけあるかァァァッッッ!!!!」
センジさんは丸椅子をガタッと鳴らし、今度こそ完全に、人生で一番と言っていいほどの限界を超えた呆れ顔を晒して、頭を抱えて絶叫した。
「そんな、プレイヤーの選択肢で懐き度が変わる育成ゲームみたいな甘い世界観なわけがあるか!! 相手は遭遇した全生命を無条件に色を貪り食う、生きた災害ですよ!?
なぜ人の命がかかったリアルな現場に、そんなおめでたいゲームシステムが搭載されていると思うんだ!!」
「そんなこと言われたって、仕方ないじゃんかッ!!!」
彼女も負けじと、丸椅子から身を乗り出して完全にキレ気味に逆ギレの声を張り上げた。
「こっちはスポイラーとかいう怪物も、黒い雨とやらも、Color能力なんて魔法じみたものもないのッ!!
ファンタジー世界のリアルとファンタジーの区別なんてつくわけないだろ!!
異世界なら、何でもアリだと思って何が悪い!!!」
「う……ぐっ……! それは、言われてみれば、確かに一理……」
「あはは……確かに……。 彼女にしてみれば、全部がまとめて等しく超常現象だもんね。
センジ、ここは一本取られたわよ」
彼女は鼻息を荒げながら、残りのお茶を一気に飲み干した。
ニ人の知性と感情が激しく火花を散らしたことで、どこか奇妙な信頼感が生まれる。
「何はともあれ、これで敵の正体の目星がついたわ。あの有名企業クロム社が、裏でスポイラーを操る技術を持ってる。
しかもコンテナ倉庫から何かをトラックで運び出して何かしようとしている!」
「ええ……何にせよ、あの現場から発車した本隊のトラックを追うしかありません。
……ですが、黒雨のスコールが降りしきるこの広大な彩流市で、すでに完全にしっぽを撒かれたあの車両を、今から一体どうやって追跡すればいいんだ……」
私とセンジが、残った魚達や野菜をトングで弄りだしながら再び「うーん……」と頭を抱えて悩み出す。
すると、テーブルの向こうから彼女がまたまた呆れ果てたようなジト目をこちらへ向けながら、「――あのさ」と小さく声をかけてきた。
「何よ。今、ハンターの高度な捜査会議中なんだから……」
「二人とも、そもそも何で私たちが半壊したカスタムカーで海にダイブすることになったのか、もう忘れたの?」
「へ? 何でって、そりゃあんた、後ろから大量の黒服に追い詰められて……」
「そうじゃない。海へ突っ込む前、あの車のAIが何をした?」
「……ハッ!? 『衛星の索敵機能』で、周辺エリアに人がいない安全を確認したからだ……!」
「That's right。 なら、それを使えばいい。
あの時、港のコンテナ倉庫から同時に発車した本隊のトラックたちが、今どこへ向かって走っているのか、その機能で追えばいいだけの話じゃん」
「――それだあああああああああッッッ!!!!」
私は丸椅子を派手に蹴り飛ばし、プレハブの店内に響き渡るほどの絶叫をあげて跳び上がった!
「灯台下暗し……!
ロマ研のあの役に立たない車のロマンの一部が、ここで最大の切り札になるとは……!」
停滞していた状況が一気に加速した。
「話は決まったわ、あのおしゃべりな最新AIだってやり甲斐のある仕事ができて嬉しいはずよ! いくわよ、センジ、シヨウ!」
私たちは無人の浜焼き店を飛び出し、有名企業クロム社の恐るべき陰謀のド真ん中へと突入するため、最強の共同戦線として豪快に嵐の街へとクラッチを叩き込んだのだった――。




