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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市編 ~二人の愛食者~

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#26 お粗末様、ご感想は?

 彼女は手元のお茶のペットボトルをテーブルに置き、フンと不敵に鼻を鳴らした。


「……自分で話しておいてあれだが、よくある何の捻りもない三文小説だな。まぁ、あんたらの小休憩の暇つぶし程度にはなっただろうが。

――で、ご感想は?」


 背もたれに寄りかかり、試すような冷たい黒い瞳でこちらを見つめてくる彼女。

 その挑発的な問いかけに対し、私とセンジさんは同時にふぅ、と深い息を吐き出した。


「笑わせないで――――――面白すぎるわよ、あんた。

暇つぶしどころか、短編小説に手を出したつもりがとんでもない長編作だったせいで、ちょっとパンクしかけてるわ」


 センジは少し苦笑いを浮かべながら、服の隙間から覗く彼女の白い肌を凝視した。

 本当に彼女に彩色体がないから無傷なのか、それとも後から時間差で恐ろしい沈色が襲ってくるのか、ハンターである私たちの知識を以てしても、この段階ではまだ何も分からない未知の不安が残っていたからだ。


 しかし、彼はすぐにいつもの落ち着きを取り戻し、背筋を正した。

 静かで知性的な声音がプレハブの店内に低く響く。


「……正直なところ、戸籍データベースに貴方の登録が見つからない時点で、私たちにとって、貴方がどこの誰で、どんな経緯でここにいるのかはさして重要ではないのですよ。

当の本人が異世界から来たというのなら、それでいい。これで正体がはっきりした。これだけでも十分です」


 「……?」と彼女が意外そうに、僅かに黒い瞳を揺らす。

 続けて彼は冷徹な光をその瞳に宿して彼女を静かに睨み据えた。


「ただし――その魔改造した銃や、異常な翻訳能力を使って、この彩流市で何か悪事を働こうというのなら、話は別だ。

……その時は、全力で貴方を排除、あるいは拘束せざるを得ない。どうなんですか?」


 低く、鋭く響いたセンジの凄み。

 サキも見つめるなか、彼女は前方を真っ直ぐに見据えたまま、事もなげに即答した。


「興味ない」


 「……なら、いい」とあっさりといつの間にブレードに掛けていた手をこれ見よがしに放す。

 そして椅子の背もたれへと再び体重を預けた。


 あまりにもスマートな大人の対応に、彼女は少し悩んだ風な、けれど困ったような顔を浮かべて私たちを見つめてくる。


「……何の客観的な根拠もないのに、随分あっさりと信じるんだな?

――敢えてありがちなセリフを吐かせてもらうなら、私が嘘をついてあんたらハンターに近づいた、ただの犯罪者かもしれない」


 すると、センジはふっと柔らかく、粋な笑みを浮かべてみせた。


「根拠ならありますよ。先ほど見せた『奢られる側のマナー』というお行儀の良さを。

……そして何より、先ほど海岸で私たちに向かって綺麗に頭を下げて謝罪した、あの生真面目な誠実さを」


 彼女は何も言わずにじっと見る。


「それらを鑑みて、この美味しかったシーフードカレー分は貴方を無条件に信用するに値する、と言っているんですよ」


「……は?」


 彼女は完全に呆気に取られたように、ぽかんと口を開けて唖然とした。

 そして次の瞬間――彼女は、自分の目を手のひらで乱暴に覆い隠しながら、お腹を抱えるようにして「ハハハッ!」と、心からの大笑声を店内に響かせた。


「アハハハハッッッ!!

――なるほど。美味しい料理や誠実さというのは、どこの世界に行っても立派な外交ツールに成り得るのか。ウチの国の心情は外の世界でも通用するらしい」


 彼女はひとしきり笑い転げると、目元を覆っていた手のひらをスッと下ろした。

 そると彼女の纏う空気が一瞬で礼儀正しく、上品で美しい大人の女性のそれへと、完璧に切り替わったのだ。


「――いただきましたご信用、必ずや無傷でお返しいたします。

サキ様、センジ様」


「――えええええええええッッッ!?!?

ちょっ、急に何その完璧に育ちの良さそうな、お行儀のいい、無駄に丁寧な大人の言葉遣いは!?」


 私が丸椅子から転げ落ちそうになりながら驚愕の絶叫をあげると、彼女は首をすくめた。


「……申し訳ございませんでした。

先程までの粗暴で雑な言葉遣いは、右も左も分からない世界でナメられないようにするための処世術、いわば――『格好つけ』です」


「格好つけ、ですか」


「はい。私どもは民族的な特徴として、どうしても他国の人間から実年齢より幼く見られやすい身体をしています。くわえて謙虚とおもてなしの心を美徳としているところがありまして……。

いきなり黒ずくめの男たちに拉致されかけ、悠長なことを考えている場合ではないと……要は、ただの威嚇です」


「うわぁぁぁ、何その理由!! 健気でめちゃくちゃ可愛いじゃないッ!!」


「……フッ。なるほど。24歳の大人の女性として、実に見事な処世術だと思いますよ」


 3人揃って心から笑いを共有する。


 正直信じられないようなことばかりだが、自分達の目的を考えるなら大したことではない。黒づくめという共通の敵があり、戦って逃げて同じ釜のカレーも食べたのだ。彼女の素性がどんな障害になるというのだろう。


「よし。それじゃあ、これからの話をしましょう!

――あ、でもその前に、あんた。そのお行儀のいい敬語、気持ち悪いから元の言葉遣いに戻してよ。私たち、同い年なんだし。

あ、もちろん、さっきのまでが無理した演技だったなら、そっちの素のままでいいけど」


「……気持ち悪いとは失礼な、立派な敬語なのに」

 

 彼女は呆れたように肩をすくめ、すぐにいつもの――

 いや、幾らか柔らかさが出たさっぱりした口調へと戻してみせた。


「さっきまでの雑な喋り方は、素の言葉遣いをいくらか崩しただけだから、別にこれでも構わない。無理もしてない」


 予想外に落ち着いたトーンで自分を全肯定してくれた私たちの独特な熱量に、彼女は今度こそ完全に毒気を抜かれたように、呆れたようなため息を吐いた。

 けれど、マスクのないその口元はどこか嬉しそうに微笑んでいた。


「あはは、やっぱり堅苦しい敬語よりそっちの方がしっくりくるわね!  敬語キャラなんてセンジさんと眼鏡で席は埋まってるもの!

……ところでさ、ずっと気になってたんだけど。あんた、名前は? 

私たちの名前はあんたのことだから今までのやり取りで知ったんだろうけど、そっちの名前が分からないのは不公平じゃない?」

 

 私が真っ直ぐに問いかけると、彼女は一瞬だけ、すこーし黙ってから網の上の煙を見つめて静かに答えた。


「……シヨウとでも、呼んでほしい」


「シヨウ? ……それって、本名じゃないの?」


「願掛け」


 「願掛け?」と首を傾げると、彼女――シヨウは説明する。


「私の国には、意図せず迷い込んだあの世や別の世界、不可思議な場所で『真名』を他人に知られると、二度と元の世界へ帰れなくなるっていう考え方がある。アニメや漫画なんかでもよくあるお約束のネタ。

私の世界にも当然魔法なんて存在しない、ただの古くからの言い伝え。

……だけど、いつか必ず自分の家に帰れるようにっていう、私なりの願掛け。

『シヨウ』って名前は、今、本名を色々もじって作った」


「興味深い文化ですね。人は誰かに、或いは何かに認知されるからこそ世界に縛られる。そういう意味では、名前を知られないというのは理に適っているのかもしれませんね」


「へぇ……! じゃあ、あんたが元の世界に帰るその日まで、私たちは全力であんたを『シヨウ』って呼ぶわね。後、さん付けとかいらないから」


 正しい呼び名ではないのは残念だが、そもそもシヨウは戸籍がない。本当の名前も何も知らないのだから、私たちにとっては彼女は『シヨウ』だ。 


「了解した。よろしく、サキ」


「 じゃあ、そっちのセンジさんは――」


「センジさんは年上だし。さん付けでいきます」


「いえ、私にも必要ありませんよ。サキが年中こんな距離感ですからね。ハンターの規律としてはどうかと思いますが、あなたも『センジ』で構いません、敬語もいりません」


「……なら名前だけは『センジさん』で。その方が落ち着く」


「……そうですか、ならば好きにしなさい。

年上として意識されるのはどうも久方ぶりで気恥ずかしいですね……」


 センジさんは少し照れくさそうに襟足をかきながら、お茶のペットボトルを静かに置いた。

 「ちょっと~、私はいつも年上だと思ってるわよ()()?」とからかうと、「なら、もっと私の胃を気遣いなさい」と私を軽く押しやった。

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