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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市 編 ~交わる二人の愛食者~
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#25 アイム・フロム・異世界 ~フィクションのような現実を、いただきます~

 トタン屋根を叩く黒雨のスコールが激しく響く無人のプレハブ店内で、張り詰めた空気はいつの間にか綺麗に霧散している。


 彼女は小さく息を吐くと、静かに言葉を紡ぎ始めた。


「……ある日、気づいたらこの世界にいた。

本当に何の前触れもなく、いきなり気づいたら全く知らない場所に立っていた」


 いきなりぶっ飛んだ設定が飛び出し声を出しそうになったが、「サキ――」とセンジが人差し指を口に添えて注意する。

慌てて私は口をつぐんで席に座り直した。


 そんなやり取りを見ていた彼女は少し緊張した面持ちだったが、清聴の気配を感じたのか、少し躊躇いつつも続きを話し始めた。


「――――周りの人間の声もその辺の文字もさっぱり分からず、完全に迷子になって歩いていた。

すると突然黒服の男たちが現れて、私に近づいてきた。


男たちはまず私に話しかけてきて、言葉が通じないとわかると、一人の男が自分の喉に黒いパッチみたいなものを貼り付けた」


「え? 自分の喉に?」


「ああ。そしたらその男の口から、カタコトの言葉で喋り出した」


「――っ!? ちょっと待ってあんた、それ……! 

自分の喉に貼るパッチって、まさかあのパッチのこと!?」


「――?  『あの』がどれのことを言ってるのかは知らないが……何をそんなに驚いてる?

あれは、この世界で外国人と喋るための翻訳機器かなにかじゃないのか?」


「そんな生易しいものじゃないわよ!

あれはスポイラーを操って人を襲わせているかもしれない最悪の――」


「サキ、収集がつかなくなります。

一先ず、彼女の話を最後まで聞きなさい」


 彼に再び窘められ、私は口を閉じた。

 彼女は訝し気に私たちを見るがセンジに目で促され、話を続ける。


「一瞬知ってる言語が聞こえて安心した。


――けど、男たちの人数とあまりにも物々しい異様な雰囲気に怖くなって……。咄嗟に逃げようとしたら、いきなり襲いかかってきて、今度は私の喉元にパッチを無理やり貼り付けてきた」


「で、どうなったの? もしかして変な声が出たりした?」


「いや、逆に声が出なくなった。

喋ろうとしても、まるで音にならない」


「――――消音声パッチですか……」


 真顔で聞いていたが、突然出てきた忌むべき商品に眉をしかめた。


「あァ―……、聞き覚えはあるけど、……何だっけ?」


「公共の場でぐずって泣き出した赤ん坊や幼児を静かにさせるために開発された子育て支援商品だ。

ただ、いざという時危険を察知できない上に誘拐などの犯罪利用が相次いだため、すぐに発売停止と回収処置になったはずですが……。

まだ持っている奴らがいたとは」


 「ああっ」と彼の説明で思い出した。


 私が小さい頃の話で忘れていたが、確かそんなこともあって学校以外にも防犯ベルを持っていくように言われたことがある。可愛い格好に不格好なベルが嫌で嫌で仕方なかった思い出だ。


「そういえば、子供の頃そんな事件があってダサい防犯ベルを持たされた記憶があるわ。

――それで、声が出なくなって余計拙かったんじゃないの? その後は?」


「はぁ……、その後か……。正直、何が起こったのか私にも全然分かっていない。

必死に抵抗したら、相手の翻訳パッチと私のパッチとの間にバチバチバチッって凄い静電気みたいのが走った。

そしたら、『魔力親和性』がどうたらこうたらって機械音声が頭に流れてきた」


 唐突のファンタジーワードに私たちは互いに確認し合う。


「魔力……? 親和性?」


「何それ、どこかの組織か何かの新しい隠語かしら?」


「さあ……? 公式のハンター用の隠語にそんな単語があったとは記憶していません。

一部の人間や警察などが使っている独自のものなら話は別ですが……」


「ちょっと待った、この世界には魔法とかないの? 

獣人とか人魚みたいな異種族は?」


 真剣な面持ちが突然崩れ、『へっ?』と鳩が豆鉄砲を食ったように問い掛けてくる。


「魔法? 獣人? アニメや漫画の世界じゃあるまいし、あるわけないでしょ。

何よそのファンタジー」


「なら、あの黄色い線はッ!? 魔法じゃないのか!?」


「そんなわけないでしょう! 

あれは私のCollar能力です、不倫男に続いてひとを魔法少女か何かにするのは止めなさい!!」


「グフッ、魔法少女……」


「サキ、減給」 


 「そんな権限ないでしょっ!?」とツッコみながらマジカルなセンジを想像してまた笑いが込み上げてしまった。顔は整っているから意外に行けるかも。


 しかし、一見優男にしか見えずとも実力派のハンターだ。逞しい体にピタリ張り付くフリルとリボンの衣装――――ッ、彼が黄色の瞳をギラリと睨みつけているのでこの辺で自重する。


「『Collar能力』ときたか、また知らない単語が……。

そもそも私からしてみれば、あのスポイラーとかいうバケモノも、私を無理やり止めたあの黄色の線も、十分ファンタジーの範疇に入る」


「あはは……確かに、いきなりあれでバンを強制停車させられたら、恐怖以外の何物でもないわよね。

……あの時は本当に強引に停めたりして、悪かったわ」


 私がすまなそうに謝ると、彼女はいきなりの謝罪に驚いたのか、黒い目を瞬かせた。

 それから、ふっとどこか柔らかく微笑んだ。


「……気にしてない。最初はあんなことができる奴らもいるのかと思って怖かった。魔法なんか使われたらどうしようもないって。


――だけど、今思えば、あの時のあんたらは暴走した車が周り人たちを傷つけないように、必死に守ろうとしたんだと理解できる。それに……」


 一度口を閉じた彼女は、今までの固い表情からは想像しなかったほどの子供っぽい笑顔で言った。


「……それに、普通にカッコいいって思った。

あの黄色の格子が広がった瞬間、ゲームの魔法か!? って。

あの時、まずい状況だと思っていたのは確かだったけど、それはそれというやつだ」


「――っ」


 そんな無邪気な感想が店内に響いた瞬間、隣にいた彼の身体が微かに硬直した。

 隣にいたサキすら気づかないほどの。


「あはは! センジ、やったじゃない! 

初対面の女に、かっこいいって言われちゃってるわよ!」


「私はただプロとして当然の職務を全うしただけであって、決してそのような称賛を浴びるほどのことは――」


 彼は手元のペットボトルのお茶を少し含んで息をついた。


「ふふ。で、その魔力がどうとかって後は?」


「爆発した」


「「爆発したっ!!??」」


 思わず二人で立ち上がって彼女に詰め寄る。


「違う違うっ! 言葉が悪かった! 

爆発と言ってもそんな派手なやつじゃなくて、軽くボンッてショートしたみたいな感じで煙を吹いたんだ!」


 彼女は慌てて両手を振ると、ハイネックをグッと下に引っ張って首を晒した。

 喉元が四角くの軽い火傷になっている。


 「ボンッは十分派手でしょ……平気なの?」と尋ねると「元々大したことない」と私たちを椅子に座らせた。


「パッチ同士で電流が走った後、私たちは感電した。それで頭の中になんかガーッと流れ込んできて、気づいたら勝手に言葉が分かるようになっていた。

しかも人の言葉だけじゃなくて、周りの機械のシステムコード? 電波? みたいのまで、全部『言葉』として理解できる」


「システムコードを理解?」


「ああ。単純な機械は流石に情報量が少なすぎて無理だが、あの車のAIみたいな最新の類だと説明書を朗読してるみたいに聞こえる。

あの日から、路地裏の在庫処分の機械の声を聞き取って食事や飲み物を確保して、監視カメラの声で警戒しながら公共のトイレで体拭いて、廃墟の屋上で寝泊まりして過ごしてた」


「だから初見のカスタムカーをあんなに使いこなしてたのね!? 

けど、機械なんてあちこちにあるじゃない、ノイローゼにならないの……?」


「流石に四六時中機械の音なんか聞いてない。町中のBGMと一緒だ、ある程度取捨選択は出来る」


「……消音声パッチはあくまで喉の振動を抑えて声を消すもの、翻訳機能なんてないはず。

となると、男たちが使っていたパッチの方か? 何かしらの不具合が起きて、彼女のパッチを媒介にデータの類が電流を通して脳に伝わった……? 

そんなばかな――」


 ぶつぶつとセンジは顎に指を当てて考える。

 未だ未知のパッチに対して考察が進まないのか、首を振って続きを促す。


「パッチの件に関してはひとまず置いておこう。

……ところで、前々から気になっていたんですが、あの水鉄砲はどうしたんですか?

ラボの連中によると相当改造してあるとか」


「液だけじゃなくて、本体まで解析してたのか。末恐ろしいな。


――あれは自分で作った。

0円……0フィル生活してる時にあのスポイラーとかいうのに襲われて、最初は適当に廃材とかで牽制してたが、色を吸収する化け物だってテレビや実体験で分かった」


 呆れたように彼に目線を寄こすと、何故か彼女は少し心配げに私たちを見た。


「色なら漂白剤で落とせるかと思って工業地区の方とかクリーニング屋とかの廃液とかちょっと零れていたものを拝借した。

あと、ゴミ捨て場にあった壊れたおもちゃとか、年季の入った古い玩具屋さんのお手伝いをしたお駄賃として、型落ちの在庫を貰ってその店の工作コーナーで弄らせてもらった。


……思ったんだが、この世界の玩具って性能が凄すぎないか?  

改造してる時、逆に『これ、普通に死人が出るんじゃ……』って心配になった」


「死人を出しかねない魔改造を施した張本人が何言ってるのッ!!  玩具メーカーの人たちに全力で謝りなさいよ!!」


「拾ったおもちゃを組み合わせて、ソリッド級のスポイラーを一時的に足止めできる兵器を作るな!!

心配するのはそっちじゃない!!」


 私とセンジさんの全霊のツッコミがハモる。

 本当にこの子は、とんでもない有能さと狂気を併せ持った恐るべきイレギュラーだ。


「でも……、いや、いいや、きりがない。話を戻す。

なんやかんやあって言葉を理解した後も、私は必死に暴れた。

そしたら急にその辺からアラームが鳴り出したかと思ったら、男たちが慌てだした。空が暗くなって雨が激しく降ってきて、連中がめちゃくちゃに慌てだして、それでも私の腕を引っ張って無理やり連れていこうとしてきた」


「黒雨を長時間浴びると命に関わりますからね。奴らも必死だったわけだ。

……それで?」


「蹴り飛ばしたりして暴れ続けたら、別の男が痺れを切らして『もういいから置いてけ!! こんな奴に構ってたらこっちが沈色して死ぬぞ!!』って。

それで私を突き飛ばすと、そのまま自分たちだけで逃げて、私はその場に置いてかれた」


「置いていかれたって……黒雨の中、一人きりで放置されたの!?

大丈夫だったの!?」


 いきなり男に攫われそうになった挙句、雨に降らて行く当てもない女性が一体どうやって窮地を脱したのか。


「別に問題なかった。そのまま走って逃げた」


「そんなバカな……っ!!」

 

 センジさんがお茶を吹きかけそうになりながら、身を乗り出して絶叫した。


「黒雨ですよ!? 肌に触れれば、黒が体の細胞――『彩色体』に沈色して動けなくなる、下手したら死ぬこともある死の豪雨だ!!

なぜお前は無傷でピンピンしているんだ!?」


「何度もアラームは聞いたし、その彩色体云々の話は街頭テレビのニュースでも言っていたから知っている。

けれどな、前提として私は異世界出身だぞ。その彩色体とやらを持ち合わせてない」


「それって……じゃあ、あんたにとって黒雨って一体何なのよ!?」


「ただの黒ずんだ雨。

まともに洗濯も出来ないのに服についた汚れを落とすのが大変だった」


「世界各国が恐れている死の雨を、ただの頑固な汚れ扱いしたわよこのコ!!」


「……彩色体を持たないから、黒が沈色するベースの細胞すら存在しないというのか……。

我々の世界の常識が、根底からひっくり返っていく……」


 本気で唖然とする私たちをよそに、彼女はは事もなげにお茶を一口含む。


「私はただ、家に帰りたいだけだ。

だから、いきなり私を襲ってきたあの連中なら、何かしら帰る方法の手がかりを知っているんじゃないかと思って、あいつらの後をつけて調べていた。

昨日の路地裏は、その調査の途中でたまたま居合わせただけだ」


「じゃあ、港のコンテナエリアのセンサーに掛かった銃の駆動音は……」


「……もう、ツッコまないぞ。

いい加減、しびれを切らしたんでわざと捕まった。本拠地に直接乗り込めるチャンスだと踏んだし、攫おうとしてきたあたり、すぐに殺されはしないだろうという計算もあった。


……けれど、途中で男たちが本来の輸送ルートとは全っく違う方向にバンの進路をねじ曲げた」


「進路を? 一体なぜ?」


 例の運命の分かれ道だ。いきなり車列を外れた車にパニックになった記憶はまだ新しい。


「あんたら、尾行に気づかれてたぞ。後ろから変な車が付いてきてるって。

車内の男の携帯に連絡が入って『道に迷った観光客だろうが、一応念のためにルートを逸れろ』と指示を受けていた」


「しまっ……! 警戒網に私たちの追跡が引っかかっていたのか……!」


「そうゆうこと。トラックとは別の港町の方へ逸れたバンに、あんたら二人が綺麗に付いてきたのを見て『やっぱりただの観光客だ』と報告していた。

……が、電話を切った後、元のルートに戻ろうとしたところで、後部座席で私の隣に座っていたヤツが、とんでもないことを言い出した」


 彼女の黒い瞳が、思い出すだけでも心底不快だと言わんばかりに、冷酷な光を帯びて細められた。


「私を見ながら『戻る前に、この珍しい色の女で少し遊んでいこうぜ』だとさ。

運転席の男が『汚したら上から大目玉を食らうことになる』と最初は止めていたが、『少しだけならバレない、減るもんじゃない』って……」


「――っ!」


「……クズどもが」


「流石に、これはマズいと思った。

だから、隙を突いてあいつら叩き出しバンを奪って、カーチェイスして、ダイビングやって演劇やってカレー作って今に至ると。


……長々とご清聴ありがとうございました」


 トタン屋根を叩く黒雨のスコールが、静まり返った店内に激しく響き渡る。


 彼女が語ったのは、おとぎ話でも何でもない。あまりにも強かで、命がけで逆境をねじ伏せてきた一人の女性のリアルな闘争の記録だった。


 私は彼女という人間の底知れないタフさに、魂を奪われるようにして唖然とした。

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