#24 不穏な前菜
「……ぷはぁ!! 美味しかったぁぁぁッ!! あんたマジで天才の領域よ!!」
スプーンを皿にコトッと置き、私はお腹をさすりながらプレハブの丸椅子の背もたれに深く体重を預けた。トマトの酸味と、網焼きの段階から凝縮された魚介とエビの殻から出た濃厚なエキスがブイヨンが溶け込んだ特製カレーは、文字通り私たちの胃袋を完璧に満たしてくれた。
「……認めざるを得ませんね。あの薪のようなカボチャが、ここまで洗練された流体スープに生まれ変わるとは。有給初日の大溺死でズタズタになっていた私の自律神経が、完全にリフレッシュされていくのが分かります……」
センジも綺麗に空になった皿を見つめ、深く感服の息を漏らしていた。
「お粗末様でした」
当の調理人であるシヨウは私たちが貪るように完食する様子を、自分も食べながら無言で、しかしどこか満足そうに黒い瞳を細めて見守っていた。
トタン屋根を叩く大黒雨のスコールは依然として激しいが、店内にはカレーの芳醇な香りとお腹がいっぱいになった者特有の穏やかな空気が満ちている。
「……さて、と」
私はテーブルの上に腕を組み、真剣な眼差しを彼女の黒い瞳へと向けた。
「お腹もいっぱいになって落ち着いたことだし。そろそろ、あんたの本当の事情、聞かせてもらえる?」
センジも姿勢を正し、ハンターの鋭い視線へと戻る。
「昨夜の路地裏の狙撃支援、さっきの倉庫街での大立ち回りとバンの強奪……。あんたがただの通りすがりじゃないことくらい、もう分かってる。
――結局あんた、一体何者なの? どこから来て、何であの黒服の連中に捕まってたわけ?」
「…………」
ストレートな私の問いかけに対し、シヨウはそれまでの強気な態度を消し、静かに視線を落とした。スプーンをいじるその指先が、ほんの少しだけ躊躇うように強張る。
彼女はふっと視線を逸らすと、一つ息を吐き切ってから酷く重苦しい声を絞り出した。
「……私の素性と、ここに至るまでの経緯を話すのはいい」
「じゃあ――」と前のめりになる私を彼女は手で制してきた。
「ただし、それを語るにはまず前提として話さなくちゃいけないことがあまりにも多すぎる。
話すのが面倒なくらいには」
「面倒って……、お前ねぇ――」
呆れた表情のセンジを彼女は真面目な顔で見た。
あまりにも削ぎ落せるものは全て削ぎ落としたような真っすぐな瞳に彼は口を閉ざす。
「正気に言って、自分でもあまりにも荒唐無稽でおとぎ話のような内容だ。
……組織のデータベースとやらを信じてる現実主義のハンターに話したところで、どうせ新手の妄言だと一蹴されて終わる……と思ってる」
「荒唐無稽って……」
「……おとぎ話、ですか」
私とセンジは顔を見合わせた。彼女が何を言おうとしているのか見当もつかない。
けれど、彼女の黒い瞳の奥に広がる、どこか冷めきった、頑なな頑固さだけは、嘘偽りのない本物であると肌で察せられた。
「……一蹴なんか、しないわよ」
私はそっとテーブルを乗り出し、彼女の黒い瞳をまっすぐに見つめ返した。
「というか私たちは今、あんたの作った最高に美味しいカレーのおかげでお腹がいっぱいなの。
頭をフル回転させて嘘か本当かをジャッジする口も、今は開かないわ」
「……は?」
「今はただの食休み。激しい雨音をバックに、ダラダラと音楽でも聴きながら、ありえないおとぎ話に耳を傾けたい気分なだけ。
だから、面倒くさがらずに話しなさいよ」
「ええ、同感です。有給休暇の初日ですしね。
私も満腹で思考を放棄していますから、その荒唐無稽なおおとぎ話とやらをのんびり拝聴するのには絶好のタイミングです」
彼まで丸椅子に深くもたれかかり、サキの言葉に完全に乗っかって、ハンターの険しい表情をふっと緩めてみせた。
「…………」
彼女は予想外に気の抜けた私たちの反応に、ただ呆然と黒い瞳を瞬かせるしかなかった。




