#23 偏食指揮者のカレー ~磯火の地菜と豊饒な海を込めて~
「――真の野菜嫌いの料理ってのを見せてやる。10フィル、ちょうだい」
スッと小さな掌を見せてくる。
私たちは顔を見合わせた。私はポケットから財布を取り出し、10フィル硬貨を大人しく彼女に手渡した。
小さく「ありがとう」と言って硬貨を受け取ると、フードジレのポケットに突っ込んだ。
そのまま備え付けの調理場へとスタスタ進み、鍋へ網焼きの段階でじわじわとエキスが滲み出ていた魚介達を鍋に全て投入した。
続いて、焼かれたブロック状の野菜を簡単に小さく切って同じく放り込む。すると今度は業務用の製氷機をガラッと開け鍋に大量に氷を放り込む。
あまりの手際の良さと、何をしているのかさっぱり分からない状況に口をあんぐりと開けたまま見守るしかなかった。
重くなった鍋をグッと持ち上げ、ガンとコンロに乗せて火をガンガンに点ける。
「うわ、鍋で本格的なシーフードベースを作ってるわよ……」
もう一口のコンロにも火を点けフライパンを置いた。
小柄ながらもそこそこ長い脚で大股に席へ戻ると、卓上調味料をいくつか見繕って戻ってきた。
ガチャガチャとステンレスのキッチンテーブルへ雑に置くと、塩と胡椒を氷の上からゴリゴリと振りかける。
続いて、ちょっとおしゃれな小さいハーブオイルを手に取り、フライパンにバッと入れた。
おろしニンニクと生姜の容器の蓋をそれぞれ取り、ニンニクは少なめ生姜は気持ち多めにに投入する。ついでに七味も振りかけていた。
激しい音を立てている中、再び席に戻ってまだ焼いてなかった野菜と脱がしたエビの殻の山を持って戻る。
ネギや人参、あと勿論玉ねぎも例外なく片っ端からみじん切りし、まな板を持ってまとめてガッと流し入れた。
「――思っていた以上に手際が良いな……。
野菜嫌い故に工夫してきたと言っていましたが、納得がいってしまいますね」
「とにかく、あんな薪みたいな野菜を二度と私の前で焼くな。心臓が止まる」
そう溢すと、今度はシンクの蛇口をひねってジャガイモを濡らしたかと思えば、レンジに突っ込みタイマーをセットした。
フライパンのの前に戻ると、軽く炒めてから私たちが食べたエビの殻をガシャと放り込み、ふっと一瞬フリーズした。
「――? どうしたの?」
尋ねると彼女は無言でセンジの腕を引っ張って飲み物の自販機の前に連れていく。
「これ買って」
引きずられたセンジは指差されたものを見ると、それは先程自分が使った自販機ではなく別の――――アルコール専用の紙コップ式販売機だった。
「お酒を買えと!? まだ日も高いのにっ!?」
「サキさんは払った、センジさんも払って」
「――っ、貴方『名前』を……。はぁ、分かりました」
渋々指差された白ワインを購入して手渡すと、彼女はまた小さく「ありがとう」と言って調理場に戻った。
いい具合に茶色くなったフライパンの中身に一気にぶちまけた。ジュ―ッ! と白い蒸気が立ち昇り、併せて焦げたニンニクの香りも広がってきた。
料理酒として要求したらしい。
「凄っ……」と感嘆していると、チンッとレンジの音がした。蓋が無かったのか、大き目の紙皿でフライパンを覆い、ジャガイモを回収してスプーンで潰していく。
その過程で皮がずるっと剥けて、それをヒョイヒョイッと摘まむと食べてしまった。
「えっ、食べるんですか!?」
「入れてもいいけど、舌触りが悪くなる」
「流石、食感の鬼……徹底的にこだわるわね……」
紙蓋を外したフライパンから殻を取り出し、ペーストにしたジャガイモをべチャッと入れた。
すると今度はフライパンを持って無数の調味料蛇口が一列に並んでいるコーナーへと移動する。
私たちもカルガモのように付いていくと、彼女はさっき渡した硬貨をポケットから取り出し投入した。
ブーーーンッと低い稼働音が店内に響くと、蛇口の頭についている丸いボタンの淵が一斉に白く光り出す。
「辛いのは?」
「よっぽどでなければ……」
「私も平気よ」
答えを聞くと彼女は目的の蛇口の前でボタンを押した。
――――【辛口カレーソース】を。
「カレーかっ!!」、「えっ、嘘でしょ!?」とようやく合点がいったと声を上げる私たちを置いて、今度は【トマトベースソース】を入れると、コンロに戻って炒め合わせていった。
時折鍋を確認して軽く浮いたアクを取り除くのも忘れず。
さらにさらに、デザート用にこっそり買った果物を少しだけ強奪していくと、「あ、ちょっと――」と引き留める私を無視してフライパンに放り込み潰して混ぜ合わせていく。フルーティーな極上の隠す味が加わっていく。
「私たちのデザートがカレーのチャツネに魔改造されてくわ……」
仕上げと言わんばかりに私たちを見て網を指差した。
「野菜を少し薄めに切り直して焼いておいて、ついでに残りの魚介も。
いい塩梅に焼き色付けて、そのまま齧れる程度には火を通せ」
「ちょっと待って、ゴロゴロ野菜は嫌いじゃなかったの!?」
「嫌いだよ。だけど自分の偏食を、他人に押し付ける趣味はない。
食べられる人が、一番美味しく食べられる状態で食べるのがベストだ」
「――ッ、偏食の鏡だ……っ!
うちのロマン狂共に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい……っ!」
言われるがままに私たちは包丁とトングを必死に操り、指示された通りに食材を網の上で綺麗にじっくり焼いていく。
その間に彼女はフライパンの濃厚なカレーソースと、鍋で極限まで育て上げた濃厚な魚介ブイヨンを完璧調和させ、お皿に盛った食べかけのライスの上に注ぎ込んだ。
そして最後に、私たちが焼き上げた少し厚切りの焼き野菜と魚介を豪快に乗せた。
彼女はてっきり野菜抜きかと思えばカボチャ、人参、ナスだけ拾っていく。
「食べられるの?」と聞くと「大人になると舌が鈍くなる」と淡々と返す。「ああ、子供の舌は敏感だから……」と妙に納得しているセンジさんをよそに完成した。
ババンッ!!
強力な火力で超低温状態から抽出した野菜と魚介のブイヨン。具材としてそのまま放り込んだのか形は多少残っているものの、しっかり柔らかくなったそれは彼女的には許容範囲なのだろう。
香味野菜とフルーツ、カレーソース、トマトソースのガーリックと酸味が敢えて少なめの焦がしニンニクと寄り添って幾らか満たされていたはずの胃を刺激する。
これこそ真の野菜嫌いが、素材をねじ伏せ極上の旨味へと昇華させた一品。
――――【超本格的な特性シーフードカレー】の爆誕である。
「噓でしょ……何これ、下手なレストランのスパイスプレートより美味しそうなんだけど!」
「信じられない……。浜焼きの店でこんな本格的なカレーを作り上げるとは。
しかも私たちが網で焼いた野菜や魚が、美しい色どりとなって野菜が食べられる人間にも配慮されている……。
貴方本当にただの通りすがりですか!?」
彼女はニヤリと笑い、銀に輝く3本のスプーンをチャッと扇のように広げてこちらに見せる。
「好みは人によるけれど、勢い任せの素焼きなんかよりも幾らか美味しいのは保証する。
――お召し上がりになられますか、お客様?」
「当たり前でしょ! その最高なスプーンを大至急寄こしなさいよぉッ!」
「有給初日からカーチェイスにダイビングに演劇で疲労困憊だったんです。この濃厚なブイヨンとカレーの香りには抗えません……! 有難く頂きます!」
ご一読ありがとうございました。
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