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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市 編 ~交わる二人の愛食者~
22/61

#21 スコールからの逃走、飯屋へ

「――っ!? え?」


 彼女は自分の推理が裏付けられたことに深く納得したように、口元を歪めた。


「あの黄色の線といい、このメチャクチャな改造車といい……。組織に所属しているハンターならもしかしてとは思った。

自分から自己紹介してくれるなんて、この短時間で随分と私のことを気に入ってくれたらしい」


「……ハンターという立場すら、今私が吐いたのか……っ! いや……、わざと自爆を待たれていた……? 

う、うぁあぁあああああっ!! 本当にプロ失格です!! 帰らせてください!!」


「もう何も喋らない方がいいわよ……。スポイラーみたいにこれ以上何も吸われたくないなら……」


 いよいよ立ち直れず砂浜に突っ伏して大撃沈する私たちを他所に、彼女はしてやったと言わんばかりにニヤついていた。


 ――――ウィィンウィン! ウィィンウィン! ウィィンウィン! 


『――緊急墨災警報(ステイン・アラート)です。周辺エリアに急速な積乱雲の発達を感知。数分以内に、スコールを伴う激しい黒雨が降り注ぎます。直ちに頑強な屋内に避難してください。繰り返します。緊急墨災警報(ステイン・アラート)です。周辺エリアに急速な積乱雲の発達を――――――』


 私たちの腕に取り付けられたハンター端末から、甲高い警告音がけたたましく二重に鳴り響く。

 

「ゲッ、黒雨のスコール!? 傘もコートも持ってきてないわよ!」


「持っていたところで役に立たないでしょう! あのゲリラ豪雨の勢いでは意味がない、早くどこか屋内に避難しないと!」


 慌てふためく私たちを他所に、彼女は呆れたように深い溜息を一つついた。

 そして、車に近づき運転席のドアを開けて、赤いボタンを押し込み、システムへと頼んだ。


「AI。車体の修復。あと、身体と服をきれいに洗って乾かして。お願い」


「――リクエストを受諾。【流体形状記憶装甲】を起動。車体を最新ログに基づき完全修復します。……併せて、車内空間を【自動洗浄・リフレッシュモード】へと移行します」


 AIのシステム音声と同時に、車の歪みや穴が一瞬にして元のスタイリッシュな姿へと修復されていく。並行して、きめ細やかなミスト状の水が車内を優雅に満たしていく。

 彼女は気にせず運転席に乗り込むと、身体から服まで、こびりついていた海岸の砂汚れや海水が驚くほど一瞬で綺麗になっていく。


「――洗浄完了。【温風乾燥機能】を起動します」


 シュウゥゥゥゥーーーッ!!


 エアコンの吹き出し口から、全身を優み込む極上の温風が猛烈な勢いで吹き出した。海水でベタベタになっていた車内もボディも、そして彼女の髪も服も、瞬く間に乾いていく。



「ちょっと待って、何その機能!? さっきのチェイスもそうだったけど、なんでそんなにその車を使いこなせるの!?」


「自分たちの車くらい、自分たちでまともにコントロールできないのか?」


「ラボの変人連中が作ったカスタム車ですよ!? できるワケないでしょう! そもそもなぜ初見のお前がそう易々と使いこなせるんだ!!」


 彼女はハンドルに持たれながら、まるで芝居でも演じるかのように大真面目な劇的なトーンで諭すように言った。


「このシステムを動かすにはコツがいる。

――システムに対して『丁寧に喋ること』、そして『お礼を言うこと』。そっちの使いこなしが雑なんだ」


 その時、コンソール付近のダッシュボードの小さなハッチが滑らかに開き、中から一本の上品な髪ゴムがスッと差し出された。


『――こちらのヘアゴムをお使いください』


「ありがとう」


 丁寧に短くお礼を言うと、受け取った髪ゴムを使って、乾いたばかりの黒髪の襟足をスッキリ手際よくまとめ直した。

 上の短い毛を軽く引き出し、こなれ感まで出すと、ダッシュボードをそっと叩く。


『――お役に立てれば幸いです。……車内の会話ログを解析。現在のエリア周辺には警察車両が多数出動しております。人目を隠して避難できる、おすすめの場所を二つピックアップいたします』


 AIの画面が切り替わり、ホログラムマップが表示される。


『一つ目は、絶景が見渡せる最高級の【展望タワーホテル】。完全個室で優雅なひと時を。二つ目は、ごく一部の地元民に愛されるリーズナブルな【穴場の飲食店】。

……どちらにいたしますか?』


 彼女は運転席からこちらに視線を向けた。


「High or Low?」


「……手持ちが、ねぇ?」


「え、ええ。私は有給初日でサキも有給という名の停職中。非公式の捜査に使える活動費なんて1フィラもありませんからね……。

カードはありますがログが残ると面倒ですし……」


 私たちは動揺しながら情けなく伝える。財布中身と諸事情を改めて口にすると、我ながら結構悲惨だと内心溜息をついた。

 彼女は特に気にした様子もなくAIに話しかける。


「穴場の方で。……あ、お薦めしてくれてどうもありがとう、助かった」


『――目的地をリーズナブルな【穴場の飲食店】へセットします。安全運転でロマン溢れる快適なドライブをお楽しみください』


「この子、AIを口説き落としてるんだけど!! 怖いっ!!!」


「お礼一つで完全に絆されてるじゃないですか!! というか、そもそもウチの車なのに、さも我が物顔で知れっと運転席に乗るんじゃない!!」


 そんなツッコミすら完全に無視し、彼女は呆れと含み笑いを混ぜながら芝居がかったように訪ねてきた。。


「なら、そっちが運転するか? 

チャラチャラしたバカップルみたいに爆音撒き散らしながら海にダイブしたいなら別に止めはしない」


「グッ……」


 もはやぐうの音も出ないとはこのこと。

 一から十まで整然と並ぶ正論にセンジさんは白旗を振った。


「……フッ、そこの綺麗なお二人さん、ちょっとそこまで乗ってかない?」


「何で本妻が旦那と不倫相手をまとめてナンパするのよぉッ! 

早く出発しなさい!!」


「蒸し返すんじゃない、サキ! それと、不審者! 

あの件に関しては後で話しがあるので、覚悟するように……!」


「離婚届ならもう書いた。後は貴方のサインだけよ、ダーリン」


「誰がダーリンだ!!!」


 センジが助手席に、私が運転席の後ろのシートに座るとさっきのミストが私たちだけを覆う。

 全身が水で包まれているような不思議な感覚を感じていると、今度は各々の正面にあるファンから暖かいエアーが吹き出し乾かしていく。


「始めてこの車のこと、いいなって思ったわ、私……」


「ええ、無駄な機能ばかりと思っていましたが、案外まともに使えるものもあるんですね……」


 美しく洗浄されたカスタムカーは真昼の海岸線から、安価の穴場スポットへ向かってゆっくり加速を始めた。


 まだ雨は降ってはいないが、さっきまで青々としていていた空が一気に曇り始め灰色に染まっている。太陽を完全に覆い隠し、本降り前の嵐の前の静けさが辺り一帯を包んでいた。


 車内のスピーカから流れ始めたポップミュージックのボリュームを不快にならない程度に手際よく絞り、滑らかに車を走らせていく。

 そのあまりにも洗練された無駄のないハンドル捌きと、大人びたスマートな一連の動作に私たちは顔を合わせた。


「……ねぇ、さっきから見た目の割には大人びてる感じがするけど……。

一応聞くわね、いくつなの?」


 素顔はどう見ても10代半ばの生意気な子供とばかり思い込んでいた。

 私の問い掛けに対して彼女は前方を真っすぐに見据えたまま、事もなげに短く答えた。


「――24」


「「…………は?」」


 本日何度目か分からない絶叫がハモった。


「に、24!? ウソでしょ、あんた私と同い年じゃないのよっ!」


「私と2歳しか変わらないだと……? その幼い顔立ちでとうに成人済みだなんて絶対に嘘だ、新手の戸籍詐欺だ!! 

だからデータを探しても出てこなかったんだな!!」


「やかましいわ!! ただの民族柄! 

そっちが勝手に老けてるだけだろうに!!」


「ちょっと! 今さらっと私たちのこと老け顔扱いしたわね!!」


「老けているのではなく大人の落ち着きと言いなさい!! ……ですが、そうか。あなた、サキと同い年でしたか……」


 彼女のツッコミを初めて聞き、少し面白くなってしまった。それまでピリピリと張りつめていたお互いの空気が不思議と和らいでいく。

 センジさんも私と同い年の女と分かり、一連のアレコレに少し現実味が帯びて納得したのか、少しだけ肩の力を抜いたようだった。


 体を蝕む黒い雨がポツポツと降り始めてきた。けれど車内に流れる心地の良い音楽と、なんだかんだ探して見つかった相手とのやり取りで心地の良い気分になっている。


 嵐の前の曇天の海岸線を走って、避難先の安い飯屋を目指す3人組だった。

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