#19 海岸線の修羅場
私達は港町から大きく離れた、寂れた郊外の海岸へとボロボロの車両と共に這い上がっていた。
「うぅ……最悪。全身ベタベタ……」
車からどうにか脱出し、砂浜に座り込んで濡れた髪を絞る。
隣ではセンジが新しく胃薬を飲みながら、青ざめた顔で砂の上にへたり込んでいた。
浜辺に打ち上げられたクラゲみたいに二人揃って、脱力していると――――
――ヴィィィィン……
聞き覚えのある駆動音。
ずぶ濡れになった髪をかき上げた少女が、黒い瞳に冷たい光を宿して下ろす。
構えられた魔改造ウォーターガンが、まるで獣のように威嚇しながらこちらを睨みつけていた。
マスクは失っており、より幼い顔立ちが顕わに。
激しいカーチェイスからのダイビングでいつの間にか髪が解け、襟足の先からポタッポタッ――と水滴が滴り落ちていた。
水に濡れたことでさらに濃くなった黒は、まだ高い位置に座している太陽の光を受けてぬらりと反射する。
宛ら妖刀の如く――。
容赦なく突きつけられた銃口にゆっくり両手を挙げ、手元にあったカメラ型銃を遠くに放った。
掌を見せ、完全な無抵抗の意思を示す。
「――私たちは本当に敵じゃないの。信じて」
だが、私の隣で立ち上がった彼は違った。
いつの間に構えていたのか、濡れたブレードの切っ先を彼女の胸――心臓めがけて真っすぐに向けていた。
乳白色の刀身が彼のCollarである純黄にゆっくり――、ゆっくり――と染まっていく。
「サキ、下がりなさい。彼女のおかげで私たちは危機を脱しました。
しかし、言葉が通じないのはいいとしてあの運転といい、改造車のシステムを難なく使いこなしたことといい、あの黒づくめの連中と同じくらい正体が分からない。
なにより――」
不審に陰った純黄色の瞳が、彼女を見据える。
その横顔のあまりの冷たさに陽気な暖かさも忘れ、体温が一気に下がる。
「彼女に手を出すのなら、例え子供でも容赦はしない。
……動くな、不審者。
警告から執行に移されたくないのならな――」
いつの間にか解除したのだろう。
カートリッジから漏れ出した黒インクが、真っ黄色に染まりきった刀身にゆらりゆらりと巻き付いていく。
方々のフォローに回っているせいか、いつも胃を痛める彼は胃薬のシートを常に手放さない。
支部の同僚たちからは面倒見のいい優しいお兄さんのようだと慕っている。
そんな普段の彼からは想像できないぐらいに恐ろしく低い声色に、いよいよ私を挟むことができなくなっていた。
まさに、一触即発――。
互いの黄色と黒の殺気が極限まで高まった……その時だった。
「おい! お前ら、そこでいったい何してるんだ!?」
砂浜の上の堤防から、老人が叫ぶ。
地元の漁師なのだろうか?
大きな銛を存外たくましい腕で、こちらに揺れることなく真っすぐに構えていた。
日焼けと皺でいい塩梅に年季の入った顔は固く、使い込まれた刃のような鋭い眼光がこちらをビシビシと突き刺さしてくる。
「――っ、民間人ですか。
まずいですね、警察にでも通報されたら減給どころか、下手をすれば中央から呼び出されて停職。
――いや、免職か……?」
いきなりの第三者の出現に、さっきまでの氷のように冴えた顔がいっそ笑えるくらいに青白くなった。
そんな彼に「わ、分かってるわよ!」と、ようやく口を動かす。
「ええと……おじさん!
これはね、その、私たちはただの観光客というか――。
ちょっと海ではしゃぎ過ぎちゃっただけで……」
「海ではしゃいでいるだけの若い連中が、何でそんな物騒な武器構えてんだ!?」
引きつった笑顔で言い訳を捏造しようとしたが上手くいかない。
――ヤバい、このままでは本当に警察を呼ばれてしまう。
心臓はバックバク。
さっきとは別の冷や汗が止まらないし、あの様子だとセンジのフォローも期待できそうにない。
私がどうにかしなければと、この状況を打破するためのストーリーを必死で組み立てる。
頭の中に撒き散っているネタを一つずつ手に取ってああでもない、こうでもないと焦りが焦りを呼んで頭が真っ白に。
――どうする?
――――どうするっ?
――――――どうするッ!?
「――――何が観光客よ!!
この泥棒猫ォ゛ォ゛ッ!!!!」
「「…………ッ!?」」
私とセンジの思考がフリーズした。
銃を構えていたはずの少女が突然、流暢な言葉で怒鳴りつける。
ボロボロと大粒の涙を流したかと思えば、先程まで微動だにしていなかった銃身をぶるぶるとわざとらしく震えさせ、センジに向かってまくし立てた。
「私はこの男のために、すべてを捨てた!
生まれ故郷も家族も置いてきてっ、黒い髪や目を気味がる連中の罵詈雑言に、耐えに耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続けてッ!!!!
必死に耐えて尽くしてきた!
それを貴方が――、色仕掛けなんかで私の男を寝取ろうとしたんじゃないッ!!」
「「――――――――」」
何度も銃身を大きく振って銃口を突き付けてきたかと思えば、今度は私に銃口を向ける。
身に覚えの無さすぎる重たい泥沼設定のオンパレードに、私達は脳の処理が完っ全に追い付かない。
ただただ、大きく目を見開いたままの唖然とする他なかった。
「何とか言いなさいよ!! 泥棒ッ!!!!」
「え……と、その……私は別に寝取ろうとか、そんなつもりはなくて……。
私はただ、――そう、私の隣のポジションが空いているから!【※バディのことです】
いいな……と思って、彼をスカウトしただけで……【※断られました】」
――もう乗るしかない、このトチ狂った修羅場という名のビックウェーブに……!
「サ、サキ? なに話を合わせてるんですか!?
おじさん、私は決してそんな浮気などしていなくて、彼女とはただの一時的な関係【※バディのことです】だっただけで、ただの腐れ縁【※先輩後輩の関係です】というだけの――――」
彼女は銃を下ろすと片手で傍にあった車のボンネットを『バンッ』と激しく叩き、圧倒的なセリフ回しでさらに畳みかける。
「やめてッ!! そんな言い訳聞きたくないッ!!
……なんで彼女の味方ばっかりするの? なんで私には何も言ってくれないのッ!?
そうやって武器まで持ち出してきて、私が悪いみたいに……」
「ちょ、最初に武器を持ち出してきたのはそっちでしょ!?」
「待て、サキ! それは悪手――」
センジは直感的にマズいと感じたのか、慌ててサキを止めようとするも一足遅かった。
「貴方も貴方よ!
『そんなつもりはなかった』って……そういえば何でも済まされると思ってるの!?
外面がいいと何をしても良い子に思われて、そんな貴方に自分の気持ちをぶつけると私が悪いって思われて――、貴方のそういうところが嫌いなのよっ!
私のッ……!
――私は……私は、彼が好きなの……返してぇ…………
――――――返してよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!!!!」
ツッコミすら肥しにして彼女は銃を取り落とし、止まらぬ涙をさらにぽろぽろと零しながら膝から崩れ落ちる。
『――――』
あまりにも悲痛過ぎる叫びに、本気で申し訳ない気持ちになっているの何故だろう……。
センジはさっきまで構えていたブレードをとっくに下げ、色も完全に抜け切っていた。
「――なんというのか、なんだ……あんまし若ぇ娘さんを泣かせるもんじゃねぇぞ、色男。
俺も昔色々あったかんなぁ、あんまし他人のこと言えんが――、それだけ尽くしてくれる娘さんも今時あんましそういねぇ。
そっちの別嬪さんも、人のモンに手ェ出すもんじゃねぇよ。
より戻すにせよ、別れるにせよ、ちゃぁんと三人で話し合え。
話し合いに勝る苦労はねぇが、後悔の数は一番少なくて済むからよ――」
「何があったのよ、おじさん……」
「だ、だから違うんですおじさん……!!」
漁師のおじさんは呆れ果てた様子で、銛を引っ込めて去っていく。
――静寂が戻った海岸。
私と、顔を真っ白にして魂が抜けたようになっているセンジ。
漁師の姿が見えなくなった頃、静々と泣いていた彼女は立ち上がり、涙を袖で擦らないように何度か押し付けて拭った。
声にもならない溜息をつくと、落としたウォーターガンも拾わず車体に寄りかかり空を見上げた。
そして、首だけ回してこちらを見ると――――
「水、ある?」
「「あるかっ!!!!」」




