#17 待望の黒と招かるざる黒
ギギギギィィィィッッッッ!!!
タイヤが真昼の路面に黒い焦げ跡を焼き付ける。
黒髪が乗っ取ったバンは、観光客で賑わう港町の急勾配な下り坂道を凄まじい速度で駆け抜けていく。
「あの子さらに踏み込んでる! 完全にメーターがイカレてるわ!」
フロントガラスの向こう側を睨みつけ、叫んだ。
前方で独走状態のバンが唸りを上げ、さらに速度を上げていく。
【※(ピンポ~ン)
この時、彼らは知らなかった。
不審者はただ、バックミラー越しに猛追してくる一般車両を見て、自分を拉致した連中の追手だと勘違いし、必死になって逃げようとアクセルを踏み抜いていることに】
「……くそっ! この先は駅前広場だ!
あの速度のまま突っ込めば、一般人を巻き込みかねない!」
交差点を曲がれば、そこは歩行者天国。大惨事へのカウントダウンは刻一刻と差し迫る。
「致し方ありません、激突させるのは不本意ですが……」と何やらブツブツと呟くと――――
「サキ、窓を開けなさい! こうなったら力ずくで強制停止させます!」
「――ッ、まさかCollarを使う気!?
あのスピードじゃペシャンコになるわよっ!!??」
この状況からして十中八九、アレを使う気だろう。
――本来、センジの『キープアウト』は、進入禁止の絶対的な物理障壁であり、さらに接触した対象を電撃によって麻痺させる。
あんな闘牛と化した車が正面からぶつかりにいけば、麻車体ごと大破して車中にいるあの子の命が危うくなる。
「出力を引き下げます! 法線の強度と電撃を必要限界まで弱める!
衝突は避けられませんが、衝撃をできるだけ殺して最後は惰性で止めるっ!」
「ああもうっ、仕方ないわね!
――オッケー、開けたわよっ! 潰さないでよね!」
極力ハンドルを手放したくない彼に代わって、彼の腕の下を潜り抜けながら、運転席側のパワーウィンドウのボタンに手を伸ばして押し込んだ。窓が全開になると、強い太陽光によって暖められた潮風が激しく吹き込んでくる。
「善処します」と言って、センジはハンドルを左手でしっかり固定し、前方に向かって右手を力強く突き出した。
額に汗を浮かべ、Collarの濃度をギリギリまでコントロールする。
「――『拒絶刻む黄色の法線』!!」
彼の右手から爆発的に放たれた鮮烈な黄線は、中天に座する太陽にも負けないぐらいの色彩だった。
放たれた複数の線が猛烈な向かい風など構わず、白く輝く陽気な町並みを切り裂いていく。
そして、大暴走を続けるバンの数十メートル前方の路面に、巨大なネットのように格子状へと展開されていった。
――Collar能力を発現させた人間をこの世では『Clover』と呼ぶ。
能力を発現させる者自体はそう珍しいものではないが、カートリッジも道具もなしに生身でCollar能力を御し切ることができる者は決して多くない。ましてや彼ほどの出力を有する人間なら尚更限られてくる。
あの子の身の安全を守るため、プロのハンターとしての極限のコントロール捌きだった。日の光を目一杯浴びた黄色の方眼が、完全に道を塞ぐ。
昨夜、暗闇の中で見た時とは異なり、どこか柔らかい光を帯びて、あの子が乗る車を受ける止めるために待つ。
「止りなさいッ!!」
助手席に座り直した私は、ついでに開けておいたこちら側の窓から身を乗り出して叫んだ。
――その直後だった。
突如として現れた黄色の法線の壁に驚いたのか、車は急激に速度を落とした。
回転が止まったタイヤからは煙が立ち上るが、トップスピードで風になっていた車体は当然、その勢いが止まることは無かった。
ドンッ!! ズガガガガガッッッ!!!
慣性の法則でバンは法線に突っ込んでいった。
ぶつかった直後、激しい衝撃音が長閑な歓楽街に響き渡る。
出力を極限まで下げた法線は、敵を拒絶する強固な防壁ではなく、まるで硬質な粘性のクッションのようにバンの突入エネルギーをじわじわと吸収していく。
ロックされたタイヤが数メートルほどアスファルトを滑った後――彼の宣言通り、最後は惰性でピタリと停止した。
「やった、止まったわ! 流石センジ!」
センジがカスタムカーをバンの斜め直ぐ後ろに急停止させる。
私はドアを開けて飛び出し、念のためソムリエ特製カメラ型銃を構えながら、ボンネットから煙を吹き出すバンの運転席へ、一気に詰め寄った。
「そこまでよ! 大人しく――」
「――ッ、サキ!」
運転席のドアが内側から勢いよく蹴り開けられ、思わず後ろへ飛びのいた。
中から躍り出てきたのは、当然、あの黒髪の子だった。
蹴り開いたドアの影にすぐさま隠れて盾にしつつ、あの魔改造ウォーターガンを手に低く身構え、完全に戦闘態勢に入っていた。
黒い前髪と黒マスクの間から覗かせる、漆黒の瞳。
何もかも飲み込まんとする底の見えない洞のように、大きく瞳孔を開いてこちらを牽制する。
容赦のない殺気に、助けに来たはずのなのに思わずこちらも身構えてしまう。
「ちょっと、待ち……え?」
つい反射でカメラの照準を合わせようと、至近距離でその子の姿を捉えた瞬間、息を吞んだ。
思っていた以上に小柄な体格。
顔の殆どが隠れて良く見えないが、しかし、そのビジュアルは――
「ウソ、女の子……!?」
レースのように軽い前髪から覗く眉の細さ、ウルフカットの襟足をくくっているせいで余計に小さく見える頭。
さらに、身を乗り出していた時に見えた体格の小ささに加え、フードジレによって骨格はよく見えなかったが、正面を向いた時にチラッと見えた胸の若干の膨らみ。
――明らかに女性だった。いや、それだけじゃない。その顔立ちはあまりにも幼い。
(何よこれ――、思ってたよりもずっと若いじゃない……!?)
あんな無茶苦茶な改造銃を作り上げ、車内の男二人を路面へ容赦なく放り出してバンを乗っ取った不審者。
てっきり裏社会を渡り歩くアウトローか何かだと思い込んでいたのに、その正体が、年端もいかない少女だったなんて、一体誰が想像できただろう。
いつの間にか隣に並んでいたセンジも、持ってきていたハンターブレードを構えたまま「……子供、ですか?」と絶句していた。
しかし、彼はすぐに気持ちを切り替えると――
「サキ、油断するな。……見かけは確かに幼いですが、先程の戦闘技術は本物だ。改造銃と言い、データにない空白の人間であることを忘れないように」
乳白色のブレードを低く構えたまま、先程まで黒髪――彼女を救わんとしていた必死な顔を固く引き締め、いつになく鋭い声色で注意を呼び掛けてくる。
「分かってる。でも、あの子はきっと怖かっただけよ、私たちを誘拐犯の仲間だと思ってる。
……ねぇキミ、私の声、聞こえる?」
私はカメラのレンズを僅かに下げ、彼女の黒い眼を真っすぐに見つめた。
相手はマスクをしているせいか表情が読み取れない上、一切喋らない。ただただ、冷たい瞳でこちらの動きをジッと観察し、警戒している。
賑やかなはずの観光地に事故を見にきた野次馬のざわめきがやたら大きく聞こえる気がした。
見通しの良いこの場所では、良くも悪くもお互い下手に動けない。
――武器を構えたま、ピリピリとした膠着状態が続く。
「昨日の夜のこと、覚えてる?」
普段の私が見たら驚くほど優しさを意識した声で、しかし離れた場所にいる彼女の心に届くように声を張り、彼女の記憶を掘り起こさせようと言葉を重ねた。
「街の路地裏よ。あなたが水鉄砲であのスポイラーから私を助けてくれた。
私はサキ。アナタの改造センス、うちの開発部の連中が本気で大絶賛してたんだから! 私たちはアナタの敵じゃないわ!」
「……サキ、無駄です。あの様子では、こちらの言葉が理解できているのかも怪しい。もしかしたら他国の人間で、翻訳アプリが入った端末を持っていないのかもしれない。
だとするなら、交渉の余地はない、力ずくで身柄を拘束するしか――」
何かに反応したのか、戦闘態勢を崩さないまま、彼女は真っ黒な瞳を僅かに細める。
気付かなかったのか、センジが一歩踏み出そうとしたのを止めようとした――――
――タタタタタァァァンッッッ!!!
その瞬間、およそ歓楽街に似つかわしくない乾いた銃声が、響き渡った。
「ーーっ!?」
彼女が身を隠していたバンのリアガラスが一瞬で砕け散る。
私とセンジが弾かれるように後ろを振り返った、その視線の先。
坂道の上から、タイヤを激しく鳴らして黒い車が何台も猛スピードでこちらへと向かってくるのが見えた。
窓からは、さっき転がされた男たちと同じような風貌の人たちが身を乗り出し、容赦なく銃口をこちらへと向けて連射してきている。
「チッ、残りの仲間たちか! 男を二人も放り出したことで、応援を呼ばれた!」
ズガガガガガガガッッッ!!!
無数の銃弾が撃ち込まれ、ただでさえ、ひしゃげてスクラップになっていたバンがさらにボロボロになる。
運悪くタイヤにも当たったのか、『プシューーッ!』と大きな音と共に空気が抜けていき車体が大きく傾く。
「こっち!」
逃げるための足を失った彼女に、私は躊躇うことなく叫んで走りより問答無用にガシッと彼女の細腕を掴んだ。
「サキ、車へ!!」
センジが運転席へと急いで滑り込む。
「わかってるわよ!」
激しく抵抗しようとする彼女の身体を強引に引きずって、私たちの車の後部シートへ力任せに放り込んだ。
私が助手席のドアが閉めきる前に彼はアクセルを踏み込んで急発進させる。
開けっ放しだったサイドガラスを閉めながら、バックミラーを覗き込むと、黒い車が何台も殺気立って私たちの車の背後に張り付いてくる。
観光地の道路を走る何台もの車をかわしつつ、謎の連中との命がけのカーチェイスの幕が上がった。




