#18 蒼海のカーチェイス!! ~スパイ風味のロマンと共に~
ギギギギィィィィッッッッ!!!
猛獣のような雄叫びを上げながら走り出す車体の後方では、ポップコーンが弾ける音がした。
流石、スパイ映画好きの男がカスタムしただけのことはあるのか、銃弾を難なく弾き返す。
――――――ダンッダンッダーダッ!!! ダンッダンッダーダダンッ!!!
車内のスピーカーから、あの腹の底を揺らすような激しいサウンドが鳴り響く。
案の定、コンソールの液晶パネルには――――
【SE特製:カーチェイス専用BGM ~これで君も3倍は速くなれる~】
「音響オタク、いい加減にしろッ……!
サキ、音を下げてください!! 煩すぎて敵の銃声が聞こない!!」
「もうやってるわよ! けどツマミをいくら回しても下がらないのッ!!」
車外よりも喧しい車内で、タッチパネルの横に並んだ無駄に多い物理スイッチの群れと格闘する。
これも男のロマンというヤツだろうか、ヤケクソになってあれこれとボタンをデタラメに連打していく。
「ああ、もう! スイッチが多い! AI!!
何でもいいから、この絶体絶命のピンチをどうにかしなさい!!
何か防衛機能とかないの!?」
コンソールの赤いボタンを乱暴に押して叫ぶと『ポンッ』と点灯し、上品な合成音声が喋り出す。
『――『防衛』のリクエストをお受けいたしました。【逃走用煙幕】を展開します』
「あ、スパイ映画っぽい! いいじゃん!」
期待の声を上げた次の瞬間、フロントガラスのワイパーノズルから、弾切れを起こした水鉄砲みたいに液体がピュッピュッと数滴、虚しく飛び出した。
「はぁ!? 何よこれ、ただのウォッシャー液じゃないのよ!?」
『バグを検知。該当ギミックは現在充填中でございます。
――『ウォッシャー液』のリクエストをお受けいたしました。
周辺マップより最も水量の豊富な『海』に面した崖を検索。……【観光エリア最深部・穴場のクリフジャンプスポット】へ目的地にセットいたしました。
衛星索敵機能による高精度スキャンを実行、――着水予定ポイントの安全を確認。
迅速にお連れします」
「今乗ってる人間の安全を心配しなさいよ!!」
「人気のない海で心中させる気か!? コラっ! 崖に向かって勝手に加速するんじゃない!!」
ブレーキを踏みながら激怒するセンジさんを余所に、車は問答無用で海へと向かう。
「こうなったらカメラで後ろの車を直接ブチのめすわよ!!」
偽装銃を窓から突き出そうとした瞬間、センジさんが低く鋭い声でそれを制した。
「――ダメです、サキ! 忘れたのですか、こんな真昼の観光エリアでCollar能力を用いた武器なんか使えば、それこそ一発で私たちの無断出撃が各方面にバレる!
停職どころか、最悪ハンター資格を剝奪されてクビなりますよ!」
「じゃあどうするの!? 撃つな能力使うなじゃ、何もできないじゃない!」
追ってくる車両からは、激しく銃弾が飛んでくる。
さらに、追いついてきた2台の車が挟み込むように体当たりしてきた。
ガシャ――――ンッ!!!
「キャァァッ!」
両方のサイドガラス粉砕され、ガラス片が車内に飛び散る。
SEの喧しいBGM、ソムリエのダメダメなAIのナビ音声、窓から吹き荒れる激しい突風、指示を無視して勝手に暴走する不条理なシステム、横から激突されたすさまじい衝撃。
凄まじいドタバタ劇に後ろに無理やり乗せられた黒髪の少女は、もう我慢の限界だった。
マスクで顔が隠れながらも見える、その特徴的な黒を激しく揺らす。
彼女は後部座席から身を乗り出し、コンソールパネルへ強引に手を伸ばすと、無数にある無駄なスイッチの中の一つのボタンを迷わず押した。
『――【運転席・快適睡眠モード】を起動します』
「は!? 何だそれは――うおああっ!?」
次の瞬間、運転席のシートがいきなり水平にぶっ倒れ、一瞬センジが視界から消えた。
「ちょっとセンジ、なに寝っ転がってるのよ!?」
「この状況で寝たくて寝てると思いますか!!??
勝手に椅子が倒れたんだ!!」
倒れたシートに意図せず仰向けになった彼の上に重なりながら、彼女は流れるような身捌きで後部座席から運転席へ強引に身を乗り出した。
彼女は一切の躊躇なく、タッチパネルを乱暴に叩きだす。
「なにしてるの、アナタ!?」
「ちょっと不審者、私の身体の上を土足で踏みつけるな!!
重い、どきなさい!!」
彼女はセンジの抗議を完全に無視し、別のスイッチをつま先で押した。
するとシートの上半分が回転して仰向け状態のセンジさんが「ぐふっ……!!」と後部座席へ強制的に押し出される。
シートが元の位置に復帰し、彼女は運転席に座り直す。
『――認証完了。安全リミッターを解除。
【安全運転モード】から【戦闘モード】に移行します』
「うそっ、ポンコツAI を手懐けてる……!?」
彼女はロックの解除されたハンドルを握り直し、アクセルを踏んだ。
荒っぽく雑ではあるが、凄まじいドライブテクニックで、狭い路地を縦横無尽に駆け抜けていく。
『――【フロントグリル内蔵型・誘導ミサイル】を後方へ発射します』
彼女は忙しなくハンドルを捌きながらパネルを鋭く叩くと、車体の前からペンシルサイズの小型ミサイルが飛び出したかと思えば、急旋回した。
弾頭は、すぐ背後を追ってきていた敵の黒いワンボックスカーへ一斉に直撃する。激しい爆発と共に車体が派手に空中へフリップし、まず1台目がリタイアした。
「1台目撃破!! さっきのウォッシャー液とは大違いじゃない!!」
「なっ……ミサイル!? あのラボの変態ども、非公式車両だからって好き勝手積み込み過ぎだ!」
ギャァァァァァッッッ!!!
急角度の路地裏へ突入すると今度はサイドブレーキを強引に引き絞り、車体を真横にスライドさせる惚れ惚れするような慣性ドリフトを披露する。
「キャァァァァァッ!! ちょっとキミ、曲がり方がエグいってば!!」
『――【車体側面・衝撃反発シールド】を展開します』
曲がり切れないと思った直後、車体両サイドに大きな透明のゼリーのようなクッションが現れ、衝撃を殺し、弾むように道に押し戻した。
追いついてきた2台目が並走すると、一度離れてぶつかりにくるのが見えた。
彼女は大きく車体を逆サイドに振ってから思いっきり迎え撃ちにいく。激突した瞬間、大きくひしゃげたクッションが元に戻ろうと敵車両を大きく吹っ飛ばす。真横にゴロゴロと転がっていき大破、2台目のリタイア。
「2台目!! キミ、凄すぎっ!!」
「なんで私たちよりもこの車を使いこなしているんですか、この子は!!??」
喜ぶ間もなく、しつこく追いかけてくる3台目の黒い車がさらに激しい銃撃を加えてくる。
彼女は無表情のまま、今度はズラッと並んだボタンの中でもわざわざカバーが付いているスイッチを押し、続けてコンソールの最上部にあるタッチパネルを一気にスワイプした。
『――リアナンバープレートを偽装反転、【超出力・収束分解ポインター】を照射します』
ピューーーーーーンッ!!!
車の後ろから、目も眩むような白のレーザー光線が真っすぐに放たれる。
追尾してくる3台目の車両のボンネットを照らすと、当たった個所が瞬時にサラサラと砂のように消えてエンジンごと車体を真っ二つに割った。
車はしばらく二輪車になったことに気づかず走り続けるが、次第にフラフラとバランスを大きく崩すとそのまま中心に向かって倒れた。これで、3台目。
「3台目もやった! 今の見た、センジさん!?
映画のレーザーみたいだった!!」
「はしゃいでる場合ですか! 前を見てください、前を!!」
リアガラス越しに興奮していると、どうにか体制をを整えたセンジが慌てて叫ぶ。促されて前を見るとナビが設定した崖がもう目前だった。
「待って、そっちは海よ! 止まりなさ――」
だが、彼女は止まらない。無表情のまま、目的地であるあの行き止まりの断崖絶壁に向かって、ブレーキを踏むどころかアクセルをさらに踏み込んで真っすぐ崖を飛び出した。
「「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ――――――!!!!!!」」
暫く空を飛んだ車はそのまま重力に従い、深い蒼に向かって落ちていく。
ザッブーーーーーーーンッ!!!
激しい水しぶきが上がり、カスタムカーはそのままキラキラ海へ見事なダイブを遂げた。
海底に向かって深く深く沈んでいく。
岸壁の淵に取り残された残りの黒い車両群から何人か黒服の男たちが出てきて暫く海面をじっと見つめた。
ダダダダダダダダッ!!!
念のため、ひとしきり銃弾を撃ち込むと泡が消え、車が完全に沈み切って浮いてこないのを確認する。
確実に仕留めたと確信したのか、車に戻ると静かにその場を引き上げていった――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
敵の車列が完全に去った、そのしばらく後のことだった。
『――敵影の消失を確認。【潜水モード】解除、急速浮上を実施。
併せて、ソムリエ様の『男のロマン』に基づき【ホバークラフトモード】に移行します』
ボゴォォォォンッ!!!
車体の底から展開された特殊な浮力装置の爆発的なエアーを噴射し、カスタムカーが海面に向かって猛烈な勢いで急浮上した。
バシャァァァァッッッッ!!!
鯨のように大きな水しぶきを上げながら、車体が海面に勢いよく躍り出る。
「ぶはっ……ゴホッ、ゲホッ!
窓がぶっ壊れてたから普通に水が入ってきた……」
「……ウッ、ゲホッ……! 死ぬかと思った……。
何が『男』のロマンですか、ふざけるのも限度があるっ……!」
『――目的地に到着しました。ナビゲーションを終了します。
引き続き、ロマン溢れる快適なドライブをお楽しみください』
「「……やかましいわ!」」
ご一読ありがとうございました。
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