#90 からかい混じりのわらべ唄
「ニイナッ!!
おい待て――っ、ニーナッ!!」
深夜の強行軍に加え探査機の反応、蜘蛛の襲撃、初対面の大人達との会話。
苛立ちと落胆で心も頭も鈍り、静止の声は彼女に響かない。
所詮はただの噂話。
噓も真も――、悪意も善意も存在しないあやふやな影に……勝手に可能性を求めただけのこと。
とはいえ――……。
”こうあってくれ”という根柢に埋まった若い期待を抑えておくには、”ダメ元”という形ばかりの重石ではあまりに軽すぎた。
しかし、糖分補給を行ったとはいえ、子供の体力がそう長く持つはずもなく、街外れの寂れた通りを抜け出す前にすっかり疲れ果ててしまった。
未だに整わない息をそのままに、家に向かって走り続けていた足もトボトボ……と力を失う。
「はぁ……息が上がってるぞ。
全く、思い通りの結果じゃなかったからって、そういつまでも不貞腐れるな」
そこへ、少年達が息絶え絶えに追いついてきた。
荒い息遣いが、互い違いに酷く響く。
ニイナは立ち止まって足元を睨みつけたまま、ぼそっと低く噛みつくように言い返した。
「……別に、不貞腐れてなんかない。
あの時、確かに反応があったのは事実。
改良すれば、あの反応がまた捉えられるかもしれない」
「まぁまぁ二人とも、そんなにトゲトゲしなさんなってぇ〜。
ボク的にはリスナーが喜んでくれるなら何でもいいんだけどさ。
……ねぇ、お化けがダメなら今度は『大人の秘密のグルメ特集』とか組んでもいいかも!
さっきのティラミスとミルク、すっごく美味しかったし!」
「ミルクじゃなくてカルーアミルクだ、ポンポコダルマ。
そもそも居もしないリスナーを、一体どうやって喜ばせるつもりなんだ?」
「何言ってるんだよコル!
ボクのポチャスコープは、これからいくらでも伸びるんだからねっ!」
新たな課題と目標を掲げる二人に終ぞ振り回されるコリウスではあったが、自分というブレーキ役がいなくなってはどうなるか分かったものではない。
自分がしっかりせねばと、誰よりも大人のつもりである彼がやれやれと呼吸を整えると同時に溜息も済ませてしまう。
丁度その時――背後から眩しい二条のヘッドライトが、彼らの小さな影を白々と照らし出した。
ヒューン……
静かなエンジン音と共に横付けされる車。
その運転席の窓が開くと、この数時間ですっかり顔馴染みとなった大人がヤバそうな目で睨みつけていた。
「今晩は、夜更かしキッズ。
このままとんずらかこうだなんて思わないことね。
いつもならやらないけど、今回は特別よ。
お説教付きで宅配してあげるわ」
「もうほっといてッ!
私達は自分の足で帰るから!」
ニイナも負けじと睨みつけ、さっさと歩き出してしまう。
コリウスも流れに便乗して面倒事を遠ざけようという考えなのか、サキの言の葉を拒絶する。
「余計なお節介だ、間に合ってる。
さっさと自分達のオフィスへ帰れ。
こいつらの面倒なら、俺一人で十分だ」
「え〜?
ボクもう疲れたから、乗ってもいいかなぁ〜……」
「「オーディーッッ!!!!」」
オーディーが弱音を吐いた瞬間、二人の鋭い怒号が飛び「ひぇっ! 冗談だよ、冗談だってばぁ〜!」と慌てて二人の後ろを小走りで追いかけていく。
「はぁ……まったく、反抗期の子供ってほんっとに可愛げないったらありゃしない。
これだからガキの面倒は嫌いなのよ」
シートに深く背を預けると、盛大な溜息を吐く。
そんな様子を眺めながら、シヨウは彼女の子供時代を想像して――否、想像できずにいた。
「サキの反抗期とか、誰が対処したんだ……?
地図を書き換えるぐらいの大立ち回りをして、戦闘機とやり合ったりとか――」
「失礼ね、エリアンじゃあるまいし!
これでも昔は”深窓の令嬢”って言われてそりゃあもう、めちゃくちゃにモテてたのよ!」
「モテてたのに、こんななっちゃったのか?」
「モテたからこうなったのよ!
無彩色だからって自分好みに染めやすいとか思って、ふざけんなっての。
――で、シヨウ。
あの頑固なボーイスカウト達、どうにかしてくれる?
私もう考えるの疲れちゃった」
顎で前進し続ける子供達を指し示されたシヨウはドアに寄りかかり、ゴツゴツゴツと頭を窓に軽くぶつけながら考える。
外に避難させようとした時のことを踏まえれば、何を言ったところで否定的な返事しかしないことは目に見えている。
となれば――、当人らにそうする他ないと思わせる他ない。
「……車をゆっくり走らせて」
「オーケー」
サキはブレーキを緩め、彼女たちの小さな歩幅に合わせてすぐ真横をノロノロと並走し始めた。
「――かーえりましょう(プップッ!) 帰りましょー(プーーーーッ!)」
ダッシュボードへぐいっと手を伸ばし――、思いっきりクラクションを叩き鳴らす。
鶯鳴いたら 帰りましょーー!
春を見ぬなら 長者道ーー!
ひととせ過ぎれば 通しゃせぬーー!!
プップッ! プーーーーッ!!!!
「ちょっ、静かにッ。
何考えてるの!?」
深夜の住宅街のど真ん中で、バカデカいクラクションがテンポ良く鳴り響く。
ニイナが耳を塞ぎながら、はた迷惑な音源に向かって小声で激怒する。
しかし、シヨウは気にした様子もなく大げさに首を傾げた。
「乗る――?」
「乗らないわよッ!!」
――かーえりましょう! 帰りましょう!
今度はサキがアレンジを効かせて、更にアグレッシブな合いの手を入れる。
プーッププップ!!!! プッププッププーーーー!!!!
クラクションを運転手に任せ、更に大声で歌われるのは謎のわらべ唄――。
悪い子は此処にいるぞ、と音を鳴らし続けられる精神的恐怖――。
走って逃げる三つの影を、四輪の怪物はいとも簡単に追いかける。
次第に近隣の家の窓にポツポツと明かりが灯り始め、いよいよ不味いと思ったらしい。
織り火が灯れば 帰りましょーーッ!!
「――っ、あ゛ああぁぁぁもう、分かった!!
乗る!! 乗るから、ストップっ!!」
プップッ、プーーーーッ!!!!!
サキがおまけのクラクションを鳴らして歌を〆ると、車を停車させた。
「ナイス、シヨウ。
ほら、さっさと乗んなさい」
「ほんとに信じられないっ。
これが大人のやること?」
ニイナが屈辱に震えながら、渋々と後部座席のドアを開けて乗り込む。
「チッ……そこいらの不良よりタチが悪い……」
「やったぁー!
もうクタクタだったんだぁ~」
バタン、と重いドアが些か乱暴に閉められると、シヨウがすっと後ろへ振り返った。
黙りを決め込む可能性を考えて、先回りする。
「――で、君達の家はどこ?
分からないなら、お巡りさんにバトンタッチするけど」
一見落ち着いているように見えるが実のところ、彼女は早く帰りたくて仕方がなかった。
ド深夜に相棒に殴り込みをかけられて起こされたことに不満が無かったわけではない。
ただ、聞かされてきたサキという人物の遍歴を踏まえれば、下手に抵抗するよりも流れに乗って緩やかに減速させる方向で舵取りするのが良いだろうという判断だっただけのこと。
正直な話、かなり眠い。
反抗的な態度でこれ以上、帰宅時間が遅れることは避けたい。
その一心で、釘を刺したつもりだったがそれは杞憂だったらしく――
「ボクの家はね、南街区のパン屋さんの傍だよぉ〜!」
「「――ッ!!」」
ライム色の瞳には一切の邪気はなく、元気よく答える。
そんな彼をニイナとコリウスが揃って、キャラメル色の頭を無言で引っ叩いた。
「いてッ、何で叩くんだよぉ!?
いい人達だよ、このハンターさん達!
美味しいものも奢ってくれたしさぁ」
「菓子に釣られるとか、ガキか!?」
「警戒心って言葉、スマホで調べたことないのッ!?」
両サイドから手痛い正論に殴られながらも、首から下げたヘッドフォンをいじりながら不満げにぼやく。
「でもさぁ、いつもなら大人の人って……何も聞かないでガミガミ怒るばっかりじゃんか。
この人達は怒らなかったし……」
「それはっ、こいつらが学校の教師でも警察でもないからだろ!
さっきのバーのマスターとクモの邪魔が入って、話がなあなあになっただけだ」
「実際、刃物で私達を脅してきたし……」
自分の知らない間に行われていたであろう相棒の暴挙に、サキは驚きよりも好奇心が勝った。
片鱗は多々あれど、まさかセンジにも並ぶ常識人が子供を脅すなんて面白――いや、興味深過ぎるというもの。
「なぁに!?
あんた私の知らない間に、そこのおチビちゃん達にそんな事したわけ?
意外に過激ね」
「クモに攫われかけてたのを助けたのに、酷い言いよう。
っていうか、先生にも警察もお世話になってるのか。
普段からどんだけやらかしてんの?」
誤解を招く誹謗中傷を訂正しつつ、自白を聞き逃さなかったシヨウは他人の事を避難できる立場にあるのか? と、逆に文句をつけた。
「やらかしてなんかない!
私達はただ、自分の理論を証明するための実験をしてるだけ!
皆、『ゴーストなんてあり得ない』って頭から決めつけて、そこにあるはずの真実を見ようとしてないから!」
己の主張を守らんとせんばかりに、自慢の改造探査機を抱える姿に思わず問い返す。
「何でそこまで幽霊に――「ゴーストッ!!」……ゴーストに拘わる?」
妙な拘りがあるのか、”幽霊”という表現が余程気に食わないらしい。
言い直しながら、少女の行動原理に対して疑問を抱いてその真意を明らかにしようと思ったが……。
「……あなたには関係ない」
プイッと、窓の外へと視線を逸らされてしまう。
照明がない車内では、彼女の灰被りの青い髪は悲し気な色味を出していた。
眼鏡に反射して流れていく僅かな街灯の光に遮られ、瞳に宿っている感情は読み取れない。
「……事情は分からない。
けど、それってわざわざ他人に証明してみせなきゃいけないことなのか?」
「え……?」
「信じたいものがあるなら、自分で勝手に信じてればいい。
信じる気のない人達の理解が、そんなに必要か?」
今まで自分の行動に対して、苦言や揶揄い混じりの問い掛けは幾つもあった。
それに対して論破や反論もしてきたし、今回も同じように黙らせる用意が出来ていた。
しかし、否定も肯定もない斜め上からの問いかけにニイナは何も言い返せず、ただ小さく息を呑んで黙り込んでしまう。
すると、唐突に静かになった車内でオーディーが不思議そうに目を丸くする。
「あの……お姉さんはボクたちのこと、馬鹿にしないんですか?
クラスメイトも、皆そんなのいるわけないって馬鹿にするし。
先生たちも、そんなことより勉強しなさいって、全然信じてくれないのに……」
「馬鹿にしなきゃいけない理由が無い」
たどたどしく口にした疑問をにべもなく切り捨てられ、子供達は揃って顔を見合わせた。
「まぁ、あんた達がゴーストを信じていようがいまいが、私達にはこれっぽっちも関係ない話だし。
お好きにどうぞって感じよね」
「俺はゴーストなんて信じていない。
そんなもの、非科学的だからな。
くだらないオカルト話をいい加減終わらせたいだけだ」
「はいはい、信じてないのね。
偉い偉い」
いい加減面倒くさくなったのか適当にあしらうと、コリウスは不服と言わんばかりに眉をしかめた。
その横でずっと俯いていたニイナが消え入りそうな声で、けれど頑なな意志を込めてポツリと呟く。
「――それじゃダメなのよ。
私だけじゃ……」
彼女はそう言ったっきり、何も言わなくなってしまった。
車内に重苦しい沈黙が再び支配しかけたその時、バックミラー越しに彼女をホログラムの瞳が見つめる。
「ねえ、ニイナ――だっけ?
どうしても他人に『信じて欲しいこと』があって、それを立証するだけの証拠が足りなかったら、どうしたらいいと思う?」
「……証拠がなきゃ、誰も信じない」
「信じて貰えなくても、相手に絶対に『否定させない方法』ならあるわ」
いけない裏技を悪戯気に笑いながら、こっそりと子供たちに教えた。
「――買収すればいいのよ」
「「「「は……っ?」」」 」




