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オーダーメイト 〜お払い箱のはみ出し女ハンター、拾った異世界人と最強バディを組む〜  作者: 湖陽 照
第2章 Toy! Toy!フェスティバル 編 〜ケルビムに捧ぐ呪いの酒〜

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#91 帰宅

 ハンターの口から突然出てきた、あまりにも世俗的で汚い単語に一同は呆気にとられる。 


「お金でも何でもいいわ。

これをあげるから、とにかく私の言うことを信じろって、目の前に叩きつけてやればいいの。


あっ、言っとくけど約束事じゃダメよ。

その場で直ぐバンッと現物で突き付けられるものじゃないと」


「そんなの、それじゃあ全然意味がないじゃないッ!!」


「意味ならあるわ。

だってゴーストを信じてもらう以前に、貴方自身の事をまず相手に信じてもらわなくちゃ、話が前に進まないでしょ?」


 車のハンドルを滑らかに切りながら、声を少しだけ優しく落とした。

 たいして昔でもない思い出を掬い上げ、おかしそうにあの時の事を振り返る。


「……何を隠そうね。

私もコイツにまんまと買収されて、あり得ないようなとんでも話を信じさせられたんだから」


「は? いつそんなことした?」


 唐突に投げつけられた濡れ衣に、シヨウがギョッと驚いた。

 

「したじゃない、カレーで」


「「カレーッ!?」」


 まさかの買収法に驚く友人達を他所に、心底呆れ果てた目でサキを見下す。


「ハァ……。

いくらなんでも、食い意地が張りすぎてて馬鹿みたい……」


「ちょっと馬鹿とは何よ馬鹿とは!!

いい? 食事っていうのはね、その人がどれだけ真剣に自分の人生を楽しもうとしているのかを測るための、一番分かりやすいバロメーターなのよ! 


最悪、毎日固いパンだけを齧って、栄養ドリンクでも飲んでれば人間死にはしないんだから!」


 独特の持論も刺さったかどうか曖昧で微妙な顔を晒す彼らに、構わず自分なりの根拠を並べていった。


「でもね、コイツは極端な偏食家のくせに、偏食なりに一生懸命工夫して少しでも美味しく食べようって真面目に料理するわけよ。


……そんな奴が、荒唐無稽な嘘でひとを騙して遊ぶような、そんなつまらない真似はしないって思ったの。

だから、カレー一皿分くらいは別に騙されてもいいから、コイツの言ってる話を信じようって決めたのよ」


 あまりにしょうもない理由に、シヨウは絶句した。

 あれこれ打算ありきで体を張ったというのに、結局は自分が食べられるように調理した料理で獲得した信頼だと知って、複雑な溜息を漏らす。


「買収目的でカレーを作ったんじゃない……。

大体、信じる理由ってもっと他になかったのか?

スポイラーから助けた時とか、カーチェイスの時とか……」


「か、カーチェイス!? スッゲェェェ!!

謎の黒いハンターは、ガチのスパイだったのッ!?」


 オーディーが一人ではしゃぎ、防風用のふわふわが付いた小型マイクを握りしめるが、サキはフンと鼻で笑ってそれを一蹴した。


「あんなカメレオン、あんたが来なくたって私の右ストレートでKOしてたわよ!

それに車のやつだって、あんたも一緒になって死にそうにだったから必死になっただけでしょうが!」


「……本当に素直じゃないな、先(・)輩(・)。

そんなんだから、支部の皆にツンデレ界のスーパーボムなんて呼ばれるんだ」


 額に一瞬で青筋が派手に浮かび上がった。


「誰よ――、そんなこと言ったの?」


「私」


 馬鹿真面目な顔で、淡々とそう言い切る。


「あんたかいッ!!」


 サキが逆上して小生意気な相棒に強引に掴みかかろうとした為、ハンドルから手が完全に離れてしまう。


「バカッ、運転席で暴れるな!!」


 シヨウがとっさに手を伸ばして必死にハンドルを握り直したものの、車は夜明け前の道路をフラフラと危なっかしく蛇行し始めた。


「きゃあああぁぁぁっ!? 

ちょっと、しっかり前を向いて運転してよッ!!」


「っ、おい! いい歳した大人がふざけるな!! 

巻き添え喰らうこっちの身にもなれッ!!」


 * * *





 車内での賑やかな怒号と子供達の悲鳴を響かせながら、車は彩流市の住宅街へと滑り込んでいく。

 そうこうしている内に、三人の家が固まっているという地区の中心地に到着した。


 サキがブレーキを踏んで停車させると、後部座席をバックミラー越しに覗き込む。


「はい、到着。

親御さんにバレないように、こっそり部屋へ帰りなさいよ。

……それこそ、ゴーストみたいにね」


「「「――えっ?」」」


 予想外すぎる放任発言。


「ちょっと……私たちを親に突き出さないわけ? 

さっきは対面で引き渡すって、脅してきたじゃない」


「そんなの面倒くさいじゃない。

今からインターホンを鳴らして保護者を叩き起こして、説明して始末書を書いて……そんなのハンターじゃなくて、警察の領分よ」


 ハンドルに寄りかかって気怠げに言い放つ。


「……サキ、いいの?」


 補導経験などない故に、半端な甘さが許されるのかシヨウとしては悩み処だった。

 しかし、彼女が「いいのよ」と悪びれもせずに肩をすくめる。


「今の私たち、別に職務中じゃないんだしね」


「マジか……夜中に引きずり出されたのに、残業代1フィラも発生しないのか……」


 気力で起きていたシヨウの声には覇気がなく、そんな様子を見てサキはケラケラと笑った。


「いいじゃない。

お陰で美味しい隠れ家バーが見つかったんだから」


「……そういうことらしいよ。

君達、誰にもバレずに自分のベッドまで帰れると思っていいね」


 頼むから面倒事をこれ以上増やしてくれるなと、切に願う言葉に各々「ふぅ、助かった……」「……フン、甘いのか気まぐれなのか――」「やったっ!」と頷く。


 彼らが後部座席のドアを開けて夜道へと降り立とうとした瞬間――、ガチャッとドアがロックが掛かる。

 怪訝そうにシヨウに顔を向けると、真っ黒な瞳に淡々と見つめられていた。

 彼らの背中にジワリと嫌な汗が流れる。


 そんな彼らの心中を察してなのか、水面を静かにかき分けるよう抑揚の小さな喋り方で警告した。


「――今回はたまたま、あのティディとかいう気のいいお兄さんに懐いた蜘蛛だったから良かった。

けど次は、本物の『スポイラー』や犯罪者に襲われるかもしれない。


……だからもう、こんな遅い時間に出歩くのはやめなさい」


『――』


「もしどうしても実験や検証をやりたいなら昼間の……直ぐに大人の助けを求められるように、近くにたくさん人がいる場所ですること。

こんなド深夜じゃ、いざ助けを求めて警察とかに連絡しても大人子供に関わらずまともに取り合ってくれない可能性がある。


一緒に飲み食いした知り合いが死ぬのは嫌だ。

だから……いいね?」


 ニイナは大きな眼鏡の奥の瞳を少しだけ揺らし、小さく「……分かったわよ」とツンケンした大人びた風にボソッと呟き「なら良し。じゃあ気を付けて」と、再びロックの音が鳴る。


 三人はそそくさと夜の闇の中へと消えていった。


* * *





 それからしばらく――――。


 誰にも見つかることなく、それぞれの部屋のベッドの元へと無事に滑り込んでいた。

 ニイナが使い古したバックパックから、トランシーバーを取り出して小さなボリュームを捻る。


「――こちらニイナ。

コル、オーディー、聞こえる? 私は無事に部屋に戻れた」


「……問題ない」


「こちらオーディー、ボクもちゃんと部屋に戻れたよ。 

さっそく動画のデータを整理しちゃうんだからねっ」


 お互い無事に部屋へ戻れたことを報告し合う。

 無線の向こうから聞こえるオーディーの相変わらずのマイペースな様子に、彼女は小さく息を漏らして無線を切った。


 パチリ、と静かになった暗い自室。

 そっと窓辺へと近づき、カーテンの隙間から通りを見下ろす。

 自分たちの姿が完全に消えたのを確認すると――――ハンター達の乗った車は、クラクションによる演奏会が嘘のように夜明け前の闇の向こうへと溶けていった。


 カーライトの光が見えなくなると、窓ガラスに額を押し当てる。


「……おかしな人たち」


 『ゴースト』への執念を、頭ごなしに否定するわけでもない。

 かと言って、大人の綺麗事で無理に肯定(おべっか)をしてくれるわけでもない。

 良くも悪くも、自分たちの話にはこれっぽっちも興味がないと言わんばかりの態度だった。


 けれど危ないから、せめて実験をする場所と時間だけは選べと、あのお堅い黒い髪のお姉さんは真っ直ぐに言い聞かせてきた。


「……誰もいない深夜じゃないと、証拠(データ)なんて集まらないんだけど」


 ――あの大人たちは、実験を辞めろと頭ごなしに禁止することもしなかった。


 そんな自然な優しさが、彼女の頑固な心をほんの少しだけほぐしていく。

 ニイナは首を横に振ると探査機を取り出し、机の上に静かに置く。

 薄暗いランプの光に照らされた不格好な機械を眺めてから、ベッドの中に潜り込み、引き寄せた掛け布団を胸元まで引き上げる。


 大きな眼鏡を外して枕元のデスクに置くと、真夜中の甘いティラミスの余韻に浸りながら、ゆっくりと心地よい眠りの中へと就いていくのだった――。

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