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私はそんなあなたが好き

 崩れた廃坑の入口の前で、僕らは立っていた。

 足元にはミドリとアカ。ネスティの腕の中にはモモがいる。


 ヘイツさんは無駄だとは思うが、町の駐在騎士に報告に行ってくると、リックを連れて去って行った。

 白騎士の存在については、たまたま歩いているところに廃坑の事故があり、たまたま一緒に報告に来たという体裁を取るつもりらしい。

 

 ネスティはスライムたちの核とモモと見比べて、呆然としていた。

 直接殺したわけではないけれど、やらかしたことをようやく実感したようだ。


「私は実家を追い出された。

 だが、やけになって死んだってしょうがない。母方の実家を頼り、研究者として再起を図るつもりだ。

 恐らく父は、私の盗作を決して世間にはばらさないだろう。

 ベッシュには悪いが、これをチャンスに潜伏し、改めて人の役に立つ研究をしていきたい」

「いいと思うよ。僕はもう、君に思うことはない。「ぼく」自身、君のことが好きだったからね」

「……ありがとう。あと、自分が言える立場じゃないことは分かっている。だがお願いがある」


 ネスティはモモを連れていきたいと言った。

 この子の優しさに触れて、せめて自分の力で本当の商品を出せるようになるまで、そばにいて欲しいのだと。


「大切なのはモモの気持ちだよ。モモはいいの?」


 僕が聞くと、小さなピンクスライムは体を震わせていいよと伝えた。

 ……この子は寂しい人を放っておけない性質たちだから、了承するだろうなとは思っていた。 


 ―———結局悪いのは、僕か。

 





 ネスティが去ったあと、店の中でテーブルを用意し、ルマに座ってもらう。

 テーブルの中央にスライムたちの核を並べる。

 

「ネイドさんに言わなくて良かったの? この子たちは元も戻るって」

「いいんです。ネスティもその方がモモを大切にするでしょう」


 仲間の核を心配そうに見ているミドリとアカ。

 僕は回復薬を核に掛けた。

 すると核からじわりと粘液が染み出していき、やがてごく小さいスライムに戻った。


 ミドリたちが両手の平にどっしりと乗る大きさとしたら、この子たちは手の平の半分だ。

 二匹は喜んで彼らをつつき回す。

 ルマはミニスライムの姿を見て首を傾げた。


「……ねえベッシュ。みんな体が青いのだけど」

「そうですね。元々廃坑にいたスライムたちは全員ブルースライムなんです。奥に生えた赤カビを食べたことで色を様々に変化させたわけですね」

「そう言えば、赤カビはポーションの材料でもあるんだよね。どうしてそんなことに気が付いたの?」

「思い返せば、奥で廃坑の仕事をしている時に、パンをカビパンにしてしまったことがきっかけでしたね。よく見ると地上で見かけるようなカビとは少し違いました。また、カビを上げたスライムたちの色の変化に気が付いたのも大きかったです」

「……発見って、本当に偶然ってのが大きいんだね」

「そうですね」




 あと、とルマは言いにくそうに聞いてきた。


「ベッシュも魅惑のポーションを飲んでいたんだね。でも私には勧めなかった」

「……ごめんなさい」

「いいの。今の私は、もう変えたいなんて思わないから。それよりもベッシュが私に気持ちを教えてくれる方が嬉しい」

 

 彼女の露わになった顔。

 その瞳は僕を気遣ってくれる想いに溢れていた。


 僕は観念した。


「ルマ……。僕は自分の顔が嫌いでした。とにかく比較され、下に置かれる日々に耐えられなかったのです」


 生まれと苦しかった日々。

 研究所での問題や、ネスティとのトラブル。 

 そして劣等感と顔への執着心から生まれたポーション。

 もう誰にも恩恵を受けさせる気がなかった本音。


 これらを伝えきり、嫌われる覚悟が出来た時、ルマは静かに首を振った。

 

「私はベッシュを否定しないよ。だって、辛い気持ちは知っているもの。

 でもね」


 ルマは綺麗な一重の目で、僕を見つめた。


「私はベッシュに肯定された自分のパーツを愛しているし、ベッシュが人の良い所を探して手助けしてきたことを、偽善とは思わない。

 だって、自分だけが良いのなら、しらばっくれていればいいだけじゃない。

 でも見てみぬふりはできなくて、せめて自分のできることをしようとした。

 そしてネイドさんを許した。モモを預けて、彼が癒されることを祈った。

 私はそんなベッシュが好きだよ」

「ルマ……」


 ありがとう。

 僕は、僕を醜悪に生んだ運命の神に対して。

 ルマに出会えたことに、感謝した。





 青いミニスライムたちが、テーブルの上で元気に歩き回るようになった頃。

 ルマがこれからのことについて聞いてきた。

 

「これからどうするの? 王妃様が今度はベッシュの命を直接狙ったりしない?」

「それについてずっと悩んでいました。ですが、ネスティが協力をしてくれることで何とかなりそうです」

「え? 何をどうするの?」

「王妃様はポーションを自分の管理下に置くことによって、政治的に使っています。

 ですがこの店にはまだ、魅惑のポーションの在庫がたくさんあります。

 これをネスティのネイド商会を通じて売り払うのです」

「え? いいの、それで?」

「ええ、見ていてください。僕はもう、僕らを取り巻く全てに容赦しません」


 僕は糸目をさらに細め、不敵に笑ったのだ。 





 それからどれくらいたっただろうか。

 ルマが新しいグループが、古巣のダンジョン攻略に潜り始めて、しばらくした頃。

 店のドアが丁寧にノックされた。

 僕はカウンターで書いていた報告書を脇にやり声を掛けた。


「どうぞ。営業していますよ」

「ウォルト殿、反王妃派の工作は上手くいきました。王妃の権限は大分制限され、騎士団にもおいそれと個人命令は出せないでしょう」

「ありがとうございます。ところで、廃坑の権利にはついてどうなりました」


 高位の貴族の男からうやうやしく渡された厚い紙。

 廃坑と山の所有権利書だ。 


「こちらになります。無事に手続きは終わりましたので、あの山全体がウォルト殿のものとなります。形としては小さい騎士爵領のような体裁にいたしました」

「助かりますヒムヌンタールさん」


 ヴァイ・フォン・ヒムヌンタールはうやうやしく僕にお辞儀をし、「我らのためですから。新しい住処をくださった貴方様に感謝を」と言って去って行った。

 あの人が一番忠誠心が高いよな。

 一体一人で何本飲んだのか。


 思わず笑ってしまう。


 手に入れた権利書。これで何をやっても大丈夫だ。

 これから廃坑では、まだ生きている赤カビの保護のために、巨大な採掘を始める。

 来年には、大きなトンネルができる予定だ。




 再び、報告書の執筆を勧めると、またドアがノックされた。

 昔うちに「エロ月刊誌を置け」といったおっちゃんだ。顔がリック顔になっている。  


「やあ店主! ネイド商会に転職したんだが、魅惑のポーションがバカ売れで困っているのだ」

「ちゃんと用法用量を念押しされていますか?」

「もちろん! まあ、たくさん買ってもらえるのは嬉しいけどな。特に貴族はこっそり一人で何本も飲んでくれるけど、まあ仕方ない。こちらは止めたんだしな!」


 そう言ってニコニコと回復薬を買い、その場で開封してごくごくと飲んでいた。


「まあ、でもこのポーション売りの仕事も、もうすぐ終わりだな。もうしばらくしたら祖国に帰るつもりだ」

「なぜですか?」

「簡単だ。国民すべての顔面レベルがカンストされてみなさい。もう誰が誰だかわからない。

 ポーションを飲んで人と差を付けようなんてできなくなるな。まあ、ある意味平等だがね」


 話題が白騎士と寵妃レダの話になる。

 

「そういや白騎士が騎士を辞めて村に帰る際に、昔絶世の美女で有名だったレダが下賜されたというじゃないか。噂じゃ『妾妃がこぞってレダみたいな顔になってしまったから、もう誰を抱いても同じだ。もう妻一人でいいや』と王が妾妃を全員家臣に下賜したとか。美人も増えすぎると大変だな。下賜された白騎士がなんて言ったか知っているか? 結構有名なんだが」

「いいえ知りません」


「『みんなレダになっちゃったけど、俺のレダは君だから』だそうだ。それでレダは納得したらしい。今ポーションを飲んだ連中の間では、流行しているようだな」


 情報をくれたおっさんは、元気に外に出て行った。




 足元で元気に走り回るミニスライムたち。

 報告書の続きを書きだした。


 肩書は王立研究所所属に戻っていた。

 あくまで廃坑の近くからは離れるつもりはないので、隣に研究室の小屋を作り王立研究所の分室とさせてもらっている。

 日用品店をやりながら、回復薬の研究などを続けている。


 その都度、様々な貴族や金持ちが僕を尋ねに来て、僕やルマの安全を守ってくれている。

 なんで彼らが気遣ってくれるかって?


 ————仲間だからだよ。






 僕は所長に提出する報告書に、ポーションのさらなる正体と、原料の性質について、説明を書き記していく。




・スライムが粘液の生き物でありながら知的生物であるならば、カビに同様の生き物がいてもおかしくはない。

・廃坑の赤カビは昔、ダンジョンの奥に封印されていたものであり、ミスリルへの欲望が彼らを埋めた地層を採掘してしまった。

・スライムに共生している分には何も問題がない。スライムを仲間として認識し互いの意思を邪魔するものではない。

・だが「ぼく」ことベッシュ・ウォルトは、カビに一定の指向性を持たせ、人の骨に共生させるという手段を用いた。これはカビに「お前の住居の理想はこういうものだ」と教え込み、服用した人間の骨を「より良い住処」に改造させるというものである。

・だが、このカビには知性がある。一定以上服用させると定員オーバーを起こし、背骨から脊髄へ、頭蓋骨を通じて脳へと移行する。

・思考が共生できるうちは良い。人の思考を塗り替えほど服用した時、カビは自分たちの繁殖のために行動する。

・「ぼく」ことベッシュ・ウォルトは実験により、プロトタイプの指向性が定まらないものを多く摂取した。ゆえに、まだ僕と「ぼく」の思考は共生段階で止まっており、生活でも別段困ることはない。僕は割と強気だし、「ぼく」は後向きで慎重だ。

・「ぼく」の意思を支えていたのは、憎しみであり、劣等感だった。だが、今「ぼく」は僕と共に一人の女性に恋をし、素晴らしいリスペクトを日々もらっている。

・僕らは別に人を乗っ取りたいわけではない。だが、スライムたちとのんびり穏やかに暮らしたいだけなのだ。

・だから、勝手に僕のポーションを使い、かつ大量に飲んだ人辺には、僕らの平和を守るために働いてもらう。

・世代が変わっても僕らは生きる。スライムの粘液で溶けないのだ。どれだけタフな存在かは理解できるだろう。

・人間の、顔にばかりこだわったばかりに引き起こしたこの事態を、僕らは嗤った。だが「ぼく」の気持ちと彼女を愛する気持ちを共有した今、「ぼく」が自分を認めて前向きに生きていく日々を、僕らは大切に傍観させてもらう。

 



 僕は筆を置いた。


 【スライム廃坑で起きた魅惑のポーションにまつわる騒動とそれに付随する愛の顛末について】という報告書は、きっと所長の一存で奥深くに秘匿されるだろう。


 いつかこの報告書が明るみに出され、皆が真実を知ることになった日。

 この国は一気に瓦解するに違いない。


 でも、


「ただいまー! ベッシュ帰ったよ!」

「ルマ!」


 明るく元気なルマが入ってきた。

 途端に彼女はアカとミニスライムたちに囲まれる。

 今日は二人で町のレストランに食事をする予定なのだ。


 僕はポケットに入れた指輪を確認した。

 よし、ちゃんとあるな。


 今日こそ、彼女にプロポーズをする!

 そんな決意を込めてお店に「また明日朝、開店します」というプレートを掛けて、出かける準備をした。


 しまった、花束も買っておけば良かった! 

 途端にパニックを起こし、肩のミドリに頭を叩かれた。



ちなみにモモは、ネスティが亡くなったのちに某勇者に召喚されます。

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