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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十話 私達とバレンタインとチョコレート
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10-21 私と彼女とチョコレート

さすがに痛くてエレベーターを呼び足を引きずりながらひとつ下に向かえば由香里さんはドアの外まで来て待っていてくれて私を見て抱きしめてくれた。


「ごめんね、涼ちゃん。私がひとりにしたから」


その言葉に首を振ってそっと抱きしめ返す。

それから一緒に手を繋いで入り祐樹さんの机に椅子を一個持ってきて一緒に座った。


「お腹空いちゃって。礼が祐樹さんの机にはカップ麺があるって言ってたの思い出して。由香里さんが居なかったら勝手に来てました」


座ってそう言えば彼女は笑いながら引き出しを開けていくつか取り出してくれる。

うどんにそばに、しょうゆラーメン。

お腹に優しそうな蕎麦をチョイスすれば彼女が壁際のポットまで行ってお湯を入れてくれた。

礼のオフィスと違っていつも暖かいお湯が出るそれと小さな棚にはたくさんのマグカップと珈琲やら紅茶やら。


「はい。あと二分くらいね。私もひとつ食べよう」


彼女がラーメンのフィルムを剥がしかやくやらスープやら取り出してお湯を入れに行く。

二人でそれが出来上がるのを待って引き出しに入っていた割り箸でずるずると食べた。

何をしていたのか聞けば留守番がてらの電話番だそうで、けれどちっとも電話は掛かってこないらしい。


「あー、染みますね、この出汁の安っぽい味が」


言えば彼女が笑いながらそうねと同意しラーメンを啜っている。

こうして二人だけで居れば時間が戻ったように感じるけどそんな事は無い。

私の手には痣がくっきり痛々しく残っていたし、熱い物を飲めば口の中が染みる。

殴られた時に切れたのだろう、それがいつのかは分からないけれど。


「それで相談って何?もしかして別れるとか言わないわよね」


その言葉に首を振り食べ終わったカップに割り箸を入れる。

一息つくようにはぁっと息を吐く。


「違います。あんなになった礼を一人には出来ません。私はともかく彼は壊れてしまってはいけない人ですから。大した事じゃないんですけど、チョコレートどうします?私たち何も用意してない」


その言葉に彼女は呆れたと呟く。

それに苦笑いを浮かべて返せば箸を止めた。


「あのね、涼ちゃん。貴方結構酷いわよ、体。それなのに心配事がチョコレートってどうなの、それ」


まったくと憤慨する彼女から視線を外してそっと右の手首を撫でるように左手で触る。


「だから、ですよ。嫌なんです、もう、怯えるのも逃げるのも。何もしなかったらこのまま最悪なバレンタインで終わってしまう。そうしたら一生傷つけられた思い出は残る。それなら少しでもそれに勝らなくても自分が納得できるようにしたいんです。良い思い出に少しでも近づけたい」






目の前で痣が残り薄皮が剥けている手首をさすりながらそう言われ言葉を無くした。

私はすごく失礼な事を言ったんだ。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃないの」


そう言えば大丈夫ですと顔を上げて笑う。

こんな小さな体で傷だらけでそれでも笑うのは彼女の一番奥の大事な所がしっかりと強いからだ。

そしてそこを佐久間礼が守っている。

守ると誓うような何かを言われたんだろう。


「そうねぇ、どうしましょうか。今から買いに行っても混んでるし、涼ちゃんのその姿じゃちょっとね」


それなら何も無いように振舞おうとあえてそれに触れて話せば同意するように頷く。

二人でうーんと唸り考え込んでしばらく。


「コンビニくらいなら行けますよね、そこに売ってないかな」

「良いけど、半袖で傷だらけじゃ警察呼ばれるわよ。それなら私一人で行くわ」

「……確かに。盲点でした。そんなに酷いのか、困ったな」

「何が困るの。佐久間さんに今さら見られたくないってわけでもないでしょう」

「それは平気です。さっき全身くまなくチェックされました」


その言葉にラーメンのスープを吹いた。

大切そうな書類に飛沫が飛び慌てて二人で拭く。


「って、何やってんのよ、会社で」


怒ればいやいやと手を振る。

何もしてないです、彼が勝手に見てきただけなんですと言い訳していてまったくと鼻を鳴らした。


「カップケーキくらいなら焼けないかな。でもカップが売ってないか。……うーん。困りましたね」


その言葉にピコーンとひらめいてそれだわと言えば彼女がうーん?と唸ったままこっちを見た。

立ちあがり座っていた机に掛けたコートを取る。

お財布は入れっぱなしだ。


「ちょっと待っててすぐに帰ってくるから」

「え?え?ちょっと由香里さん?どこ行くんですか」


その言葉にコンビニと言えば彼女ははいはいっと挙手をして立ちあがる。

一緒に行くのは駄目よと言えば違いますと笑いそれから恥ずかしそうに言う。


「パンツ買ってきてください。あと黒いタイツも。……ノーパンなんですよ、実は。スースーしちゃって」


顔が真っ赤でその言葉にこっちも真っ赤になりながらおっけおっけと返して足早にそこを出て行った。





由香里さんが居なくなってカップ麺の容器を捨ててからぼんやりと座っていればいきなり電話が鳴って思わず取った。

えっと何て言えば……あっ、そうだっ!!


「お電話ありがとうございます。佐久間商事、秘書の笹川でございます」


お年賀回りがこんな所で役に立って笑みを浮かべればそれは祐樹さんだった。

私が出たことに驚いたようだが由香里さんに色々買いにいって貰ってるんですとだけ伝えればそれ以上は何も聞かれなかった。

まだ戻れなそうだからもう少し待ってて欲しいという彼に頷いて大丈夫ですと答え電話が切れた。


「ただいまっ」


受話器を置くのとそれは一緒で振りかえればコンビニの白いビニール袋を持った彼女が立っていて手を振ってこたえる。


「誰から?」


そう言われ伝言をそのまま伝えれば、渡りに船ねと言いまずはパンツと黒タイツをくれた。

それをトイレで着替えて戻れば彼女は祐樹さんの机を片付けて広くしたそこに買ってきた品々を並べていた。

ホットケーキミックス、卵、小さな牛乳、色とりどりの砂糖が掛かった楕円のチョコレート菓子、細長いクッキーにチョコが着いてる長いお菓子、ゼリービーンズ、ラムネ菓子、それに紙コップ。


それらを見て思わず笑ってうんうんと頷く。

それからゴミ箱からカップ麺の容器を拾って綺麗にポットの並びのシンクで二回洗いさっとティッシュで拭いて卵を割りいれた。

新しい割り箸でそれをかき混ぜ牛乳を少し少なめに入れてホットケーキミックスを一袋開けて混ぜる。

さすがに上手く混ざらす手が疲れると交替した。

混ざったそれを紙コップに八分目ほどいれてレンジで温める。

半分はココアを入れて茶色にした。

ぶわーっと膨らみ少ししぼんだそれに二人で笑いながら取り出しポットのお湯と二つのカップ麺の容器を使って祐樹さんの引き出しから拝借した板チョコを溶かす。

時間が掛かったがどろどろになったそれをスプーンで掬ってカップケーキに塗りたくりお菓子を飾る。

ラムネやゼリービーンズ、それに楕円のチョコ。


どう?どう?って言いながらそれを見せ合い下手くそと笑いあい、最後に紙コップに油性ペンで好きな言葉を描く。

さすがにそれは恥ずかしくて背を向けたままくつくつと笑いながら書き、コンビニで貰ってきたというシンプルな茶色の紙袋に入れてそれを机に置きそ後片付けをした。


「涼ちゃんどうやって渡す?」


ゴミをまとめながらそう聞かれ少し考えてから答える。

手を洗うとやっぱり傷に少し染みる。


「今から上に戻って机に置いておきます。それで狸寝入りしちゃおう。もちろん机の方に顔を向けて」


それいいわね、頂きと彼女が言いそれじゃあ健闘を祈るわと言い合い別れて礼のオフィスへと戻った。

そこに入って机にそっと置き応接セットに突っ伏して寝た振りをしてしばらく経てばかちゃりとドアが開き外の匂いがした。

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