10-22 カップケーキと彼と私
俺のオフィスは電気が点いていてソファでは突っ伏したまま窓を見るように涼が寝ていて、まだ居てくれたことにほっとしながら近づき顔を覗けばその顔は微笑んでいてまた安心した。
夢を見て魘されて居なくて良かったと。
それから机に向かえばそこには見慣れぬ茶色の小さな紙袋。
座ってからしげしげと見つめ開ければふわりとバニラの香り。
女子社員からかと思い取り出してみると安直な作りのそれはお世辞にもおいしそうとは思えない。
出来あいのお菓子をチョコを塗った上にトッピングされている。
その土台となっている紙コップを見て目が丸くなった。
バニラ色の方には一言大好きとだけ少し丸い女の子らしい文字と天使がハートを持っている絵が黒いペンで描かれていた。
その文字に見覚えがある。
チョコレート色の方には少し長めの文章。
このカップケーキを最後まで食べれば笹川涼とずっと一緒に居られるんだって
と可愛いクマから吹き出しが伸びそれを囲っていた。
やられたと思う。
こんなもの用意しているはずが無いんだ。
彼女はずっと酷い目に遭っていたんだから。
じゃあこれは俺が外に出た後に作ってくれたんだろう。
「これは反則でしょう、まったく」
そう呟いた声は弾んでしまった。
何を貰うよりその気持ちが嬉しかった。
あんな酷い状態でも彼女はいつも通りをしようとしているんだ。
チョコレート色のそれをむしり一口食べる。
やっぱりそんなに美味しくないけれどごくりと飲み込めば彼女がくすくすと笑い始めた。
狸寝入りかと目を細めもう一口食べてから名前を呼ぶ。
「涼」
小さく呼べば彼女が我慢できなかったようで薄目を開けてこっちを見た。
笑顔がもっと深くなりため息をついてそれに返す。
「びっくりしました?」
悪戯が成功した子供のように言われ頷いてからまた一口。
体を起してその様子を楽しそうに見るそんな前なら全部食べるに決まってる。
次から次へと口に入れごくりと全部飲みほしてから空になったカップを見せれば小さく拍手をしてくれた。
「由香里さんに手伝って貰いました。食べてくれてありがとうございます」
拍手を止めそう言う彼女と祐樹の婚約者の行動力には本当に敵わない。
バニラの方は袋にしまって机に置き少し体を横にしてから言う。
「おいで」
いつものように言えば彼女がゆっくり立ち上がり顔を顰めながらその中にすぽりと埋まった。
その体をよいしょっと持ち上げ椅子の上の俺の膝に座らせる。
いつの間にか黒いタイツになって痣は見えなくなっている。
彼女が落ちないように俺の首に手をまわして肩に顔を埋めた。
「礼、大好きです。本当に。見捨てないでいてくれてありがとう」
小さく呟くその言葉にカップケーキに書かれていた本当に意味が分かってその頭を片手で撫でた。
怖いに決まってるんだ、本当は。
いつ俺が涼を捨ててもしょうがないと思っているんだ。
「だから何度も言っているでしょ、俺はどんな涼でも一緒に居るって」
「……はい」
抱き着いている彼女の体はまだ少し怯えるように震えていてそれが少し辛かった。
「この後飲み会なんだけど、俺、顔出してきていい?」
解放され帰り支度をする礼にそう言われてうんうんと頷きそれから少し間を置いてから告げる。
「私も行きたいです」
その言葉に彼は動きを止め目を丸くした。
それから何だってと言うのでもう一回繰り返し言えば困惑した表情。
「でも、その姿で、大丈夫なの?」
恐る恐る言われそれもそうだと思いうーんと考えて何か服があればあとは化粧品だけなんだよなぁと思う。
それで浮かんだのはやっぱり由香里さんで携帯貸してくださいと言えばすぐに貸してくれた。
履歴から彼女に掛けるとやっぱり彼女も行くと言う。
「私も行きたいんですけどこの恰好じゃって話しになっているんですよ」
『そうねー、ちょっと半袖だと見えちゃうもんね。どーしようか』
「由香里さん重ね着派ですか?それとも一枚派?」
『重ね着ー。部屋着だけど下にロンT着てる、あ、なるほどね、どっちか貸すわ。どっちがいい?』
「うーん、セーターちくちくしそうだからロンTが良いかな。由香里さんのぬくもりつきでお願いします」
『あはは、おっけ。トイレで脱いで持っていく。あとは何か要る?』
「顔が酷いようなのでお化粧したいです。持ってます?」
『んー、ごめん。持ってない。借りたんだわ、私も。ちょっと聞いてみるよ』
「ありがとうございます。お願いしまーす」
携帯を礼に返せば会話の内容を聞いていたらしく右手をこめかみに当てていた。
「どうしました?」
と聞けばちらりとこっちを見てから眉を寄せる。
「いや、行動力がすごいなと思って。なんでうちの社員に居ないんだろうってさ」
その言葉に少し嬉しくなってからじゃあ就職しちゃおうかなと言えば彼は苦笑いを浮かべた。
十分くらいすると由香里さんがノックをして返事を待ってから入ってきてロングTシャツと見慣れないポーチ。
「はい。化粧やってあげるわ。腕上げるのだって痛いんでしょ、ほんとは」
その言葉に甘えて服を着せてもらい化粧をしてもらう。
だいぶ薄くなったそれを鏡で確認してから親指を立て合い笑った。
礼の机の電話が鳴りそれは祐樹さんからだったらしく時間だってさと言われ三人でそこを出た。
礼と由香里さんが私の手を繋ぐふりをして支えてくれて痛いけれどちゃんと歩く事が出来てそのまま一階へ向かいダボダボの黒いコートの私を見てその場に居た参加者のみなさんが笑う。
「佐久間以外の男の方から頂いたんですよ」
と言えばえぇっと驚愕する声。
それに大笑いしながら祐樹さんがみなさんを促しチェーン店の居酒屋に入った。
ドリンクをオーダーし礼と祐樹さんがタバコを吸い私と由香里さんがメニューを見ながらどれにしようかと話しあっていて。
ようやく日常が戻ってきたと心の底から感じることが出来た。
第十話 私達とバレンタインとチョコレート 終




