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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十話 私達とバレンタインとチョコレート
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10-15 俺と彼女と壊れた心

由香里が駅についたという連絡を受けて携帯でそのまま駅前の支店の番号を調べて掛け一階へと降りた。

受付の子に彼女が訪ねてきたか聞くが誰も来ていないと言われ外へ出てそれを見た。

ずいぶん変わってしまったアタルと大きいコートを着てマフラーで顔を隠す笹川涼、それからすっぴんで笹川を抱いて涙を流している由香里。

慌てて外に飛び出して彼らの元に向かう。

その足音に初めに気付いたのはアタルの手下でそれをアタルに告げ彼が次に顔をこっちに向けた。

片手を挙げる彼を見てこんな時なのに友達にただ会いに来たようなその姿に奥歯を噛みしめた。


「祐樹っ!」


泣きながら顔を上げた由香里が言い腕の中に居る笹川はびくりと体を揺らし、ますます由香里の腕に顔を押しつける。

もうその小さな姿を見るだけで堪らなかった。


「由香里。迎えに来た。……笹川ちゃん?大丈夫か?俺が分かるか?」


そう尋ねても彼女は動かない。

ただ外界から身を隠すように由香里の腕の中でじっとしている。

由香里の顔を見れば首を小さく振るだけで何も言わない。


「感動の再会中、悪いんだけど。あの下衆野郎どこ消えたわけ?まだ中にいんの?」


アタルが事情がこっちも変わったんだと呟き胸元から二百万を出して俺に放る。

それを受け取り彼を睨むように見上げれば情報代だと言う。


「あの男、ちょっと理由有りだ。お姫様を助けたらもうこっちの好きにして構わないだろ」


その言葉に頷きながら駅前の銀行にいるかもしれないと言えば満足そうにうなずき踵を返し車へと戻っていった。

戻ってきた二百万ほどの価値がある事が何を意味しているのか分かる。

あいつはきっと手を出しちゃいけないもんに手を出したんだ。


「じゃあな、ユウキ。今度飯でも行こうや」


車に乗り込む前にそう言ってから彼を乗せた車が去って行った。

二百万をポケットに捻じ込み笹川にまた声をかける。


「中に入ろう。礼が待ってるぞ」


その言葉に彼女が俺を振り返って恐ろしい物でも見るような怯えた目でこっちを見た。

写真と違い生で見ればその酷さがよく分かる。

顔の肌の色がもう違っているんだ。


「……か、ない」


小さく呟くその言葉はあまりに小さすぎて聞こえず聞き返せば今度は少し大きく言う。


「行かない」


由香里のコートを握りしめ目に涙を湛えて言う姿に俺は何も言えなかった。

動くことすら出来なかった。

由香里が俺の方を見て首をまた振る。

礼の前に無理矢理連れていけばいいのか、それとも由香里とともに逃がしていいのか、それすら分からなくなっていた。






コンコンとノックがされ顔を上げる。

けれどドアが開かないのを見てため息をつき返事をすれば社員の一人が来たようで舌打ちをした。


「社長、いいですか」

「いや、ちょっと散らかしちゃってるから。どうしたの?」


ドアを睨んだままいつものように聞けば祐樹が見当たらないのだと言う。

その言葉に眉を寄せたまま口元をにやりと歪めた。

事態が動いたのだろう。


「どこに行ったか知りません?店舗から電話かかってきてて」

「さあ、分からないな。俺が受けようか?」

「うーん、いや、良いっす。折り返しにしてもらいます」


失礼しますと彼が去っていきくつくつと声を上げて笑った。

握りしめたままの封筒を持ち立ちあがり衝立の向こうのシンクの前に立つ。

オイルライターでそれに火をつけてシンクの中に放り燃えるのを見続けた。

灰になってしまったそれに水を掛けてゆっくり部屋を後にする。


涼の性格だからここまでたどり着いたとしても俺の所には来ないというだろう。

困り果てた祐樹はどうしたらいいのか判断つかなくなるはずだ。

恋人が彼を困らせるのも、俺の元に来ないのも都合が悪い。


「迎えに行かないとね」


自然に笑いが込み上げエレベーターに乗ってもくすくすと笑った。

楽しいでも嬉しいでも無い。

悲しくて辛くて心が痛くて。

心の中は絶望だけしかなかった。


だから仮面を纏うようにただ笑いという行為だけが浮かんで表面化した。


俺は笑わないといけない。

あの涼を見てもちゃんといつものように笑わないといけない。

そうじゃないととても正気を保ってなんか居られないんだから。

誰の為でもなく俺自身の為に笑わないといけないのだから。

エレベーターはさして心の準備をする時間をくれず一階に着いた。

笑いは止まりゆっくりとそこへ出る。

ここに居なかったら次はオフィスを見に行けばいい。

社内全部探したって構わない。

後から着いたエレベーターから社員が二人出てきて段ボールを抱えて慌しく去っていく。


今日はバレンタインだ。

店舗では輸入したチョコレートがバカ売れだ。

何もかも順調に行ってるんだから、どうにでもなる。


大丈夫、大丈夫。

涼を見ても俺は壊れたりしない。


そんな風に思うその事自体がもう俺が壊れた証だけれどそんな事に気づく余裕はすでになく、自動ドアを抜けて外に出た。

不思議と外が寒くないように感じ、視線の先に三人を見つけた。

声を掛けずにゆっくりとそこに向かって近づいていく。


涼を抱いた高松さんと祐樹が何かを話していて彼らは俺に気づいていない。

笑いが込み上げてくる。

それを隠す事なくくすくすと笑えば聞こえるはずのないその声に導かれたように高松さんの腕の中の涼が顔を上げてこっちを見て固まった。

顔の半分以上をマフラーで隠した彼女が弾かれるように高松さんの腕の中から逃れてふらつく足で逃げようとして初めて二人がこっちに気付いた。


「涼」


無意識に呟いてそれでも足を止めずにそっちへ行けば涼を追う高松さんと違い祐樹は俺を止めようと両手を広げた。


「うるさい」


そう言いその手をかわそうとするも呆気なく掴まり後から羽交い絞めにされた。


どうして涼は俺から逃げるんだろう。

せっかく迎えに来たのに。

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