28-67 誰が味方で誰が敵で誰が悪い?
流行り病?
涼さん、いやこの笹川涼という礼が連れてきた彼の婚約者は何を言おうとしているんだ。そして、なぜ、誰も答えない。
「礼」
当事者である息子へとそう問いかければ彼は名前を呼んだだけで真っ青な顔をし、そしてびくりと肩を揺らした。
「百合子」
もう一人の当事者である妻へそう問いかけても礼と反応は大差ない。
それからもう一度親戚の方を見るが、誰ひとりとして口を開く者も身動きを取る者も居ない。それは使用人も同じだった。
そう、たった一人を除き皆目を伏せ、青い顔をしている。
そうなってしまえば見るべき人間は一人しかいない。
そう思いそっちへ、小柄なとてもこんなことをするとは思えなかった笹川涼さんへ目を向ければ、彼女も同時に顔を上げ私を見てにこりと純粋無垢にまで見えるほど清々しい笑みを浮かべてくる。
けれど、答えを聴かせてくれないか。というたった一言が喉の奥にこびりついて口から出ない。こんなにも大勢の人間が居るのに誰も私に、佐久間の当主という肩書きを持つ私に言わない事を、部外者の彼女から聞いていいのか迷っている。
いや、違う。
「怖いんですか?」
おそらく気づかない間に口をパクパクと鯉のように何度も開け閉めしていたんだろう。涼さんはまったく変わらない笑みで、まったく変わらない、そう静かな小川の水のような声音で、私に問う。
そしてそれは核心をついていた。
怖いのだ、私は。
佐久間の当主という肩書きがあるのにそれが意味を成してない事も、妻に重大な何かを隠されていたことも、礼が青くなる事実に全く気付かなかった事も。
そして、今この場では、ここ数日会ったばかりの笹川涼しか信用できずに居る事も。
だから玲子が居てくれたら、と無意識に思ってしまった。
彼女ならまだ信用出来るのに、と。
「心細いんですよね。味方だと思って居た人は皆さん、亘さんに何も教えてくれないですから。……では伺いますね。亘さんにとって私は『今』の時点で、敵ですか?味方ですか?それとも何でもありませんか?」
努めて冷静に感情を乗せないようにそう亘さんに問いかけた。でも心の中は煮えたぎってる。礼や佐久間の方々が言えないのはまだしも、奥様にとっては最後のチャンス、なのに。
佐久間亘の妻で居続けるための、礼の母親で居続けるための、最後のチャンスなのに。
「……すまない。分からないんだ。君を信用していいのか分からない。ただ、ひとつだけ確かなのは『流行り病』と君が例えたそれは確かに存在するという事だけだ」
その言葉に一瞬呆気に取られたけれど、ああ、そうか。と納得する。ここまで綿密に大がかりに隠されていたんだ。寝耳に水なのは当たり前、なんだから。
「ええ、そうですね。私なら、私をこの場ですぐに信用したりなんて、しません。だって……証拠がありませんから。口から出まかせかもしれませんし。……いえ、違いますね。口から出まかせではない事は皆さまが証明してくだってますし。……ただ、どこまでが『本当』か、は分かりませんよね」
完全に信用してくれなくてよかったと思っている。私を百パーセント信用したら、亘さんを軽蔑する所だった。
礼には両親のどちらかだけでも、残って欲しいと思って居るのだから。
心臓が、鼓動が、速すぎて壊れそうだ。
仮面?そんなものとっくに剥がれてる。いや剥がされたんだ、涼に。どんな時も佐久間礼で居てくださいと言った本人がいとも簡単に俺の仮面を砂に変えたんだ。
けれど、父さんに知られるのは、俺は怖いんだろうか。
いつの間にか、その辺りはあやふやになっていて、それよりも母親が嫌だった。
父さんは少なくとも母親よりも信用していたはずなのに、どうして言えなかったんだろう。
俺は、何が、怖かったんだ?
「礼」
聞き慣れた、けれど今は聞きたくない鈴のなるような声が、俺を呼ぶ。ごくりと喉を鳴らして隣を見れば、ハンカチを取り出し手についた饅頭の欠片を皿の上に払い落しながら涼が俺を見ていた。
「私は勝ちますよ」
そうぽつりと、それだけ。
「だから約束は守ってください。口を出さないでください。……ここで止めるのなら、私は貴方の妻にはなれません」
ふふっと笑う顔はいつも通りなのに、いつも通りなんだ。
そう涼はこういう子だったんだ。これは脅しでもなんでもない。
だから、深呼吸をひとつして口を開く。
「……ああ、分かってるよ。責任は全部俺が取るから、ね」
目頭が熱くなりながらそう答えれば、涼はいつもと一ミリも変わらない「ありがとうございます」を返し、ハンカチを袂へとしまった。
母親だけが悪い訳じゃない。
一番悪いのは、俺、なんだ。




