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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第二十八話 佐久間の大事な三日間
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28-65 饅頭のなぞ

なぞかけ、か。と、隣に座る涼を見ながら思う。半分だけ残っている白い兎だった物はそれ以上手を伸ばす事を出来ずそのままだ。それを手に取り、しげしげと見つめる。


涼は前から奇想天外な事をする。俺の予想の斜め上を行く発想をいとも簡単にやり遂げる。昨日手書きの書を渡したときから、何かしらするだろうとは思って居た。

ただ、涼の企みに似た発想は大体がうまくいく。だから放っておいたのだ。


「……何方様からもお声を頂けませんか?」


涼は掲げた紅白の饅頭を動かさないまま静かに、けれど、わざとらしく首を傾げた。

もし、今、俺が答えを告げたとしても涼は喜ばないだろう。これは俺にではなく佐久間に、果ては父と母に出したなぞかけなのだから。そう思いながら本当の所、全く思いつかない答えを模索しながら視線を饅頭へと戻した。





違い、ですって?

本当は口にもしたくなかった饅頭は一口ずつ食べたまま皿に戻してある。悔しい事に白色はともかく桃色の方のお味はたいしたものだった。

だからこそ、本当に歯がゆい。

こんな風になぞかけを出されるなんて思いもしなかったからこそ、一瞬でも美味しいと思ってしまったわたくし自身に歯がゆかった。


―まずい。


小さな声がしんっと静まった中で、幼い声がそれを告げた。その声の方をより一層眉を寄せれば、言葉を発したのは先ほど、あの女が来る前に礼さんに慰められていた親戚の少女が居る。その両親は佐久間の中でもずいぶんと遠縁らしく顔なじみが薄かった。二人は慌てて娘の口を両手で押さえ、娘ともども頭を低く低く倒している。


「あはは、そうだね、確かにまずい」


また静まった場を壊したのは礼さんの笑い声で、つられるようにあの女までもがクスクスと笑う。その声が癇に障り、ぐぐっと歯を食い締める。


「それだけですか?」


笑い止んだあの女はまたゆったりとした口調でそう告げた。まるで雛子の、ように。彼女の髪飾りを着けているから、ではない。


何か本質的な部分で、似ているような気がした。

人を欺く事を何とも思わず、さらりとやってのける狡賢い女だ、と。

わたくしの記憶の奥に、もう一人居るわ、とその顔が蘇る。


佐久間の名を落とすような真似をした、狡賢い女はもう一人居たのだ、と。







礼の向こうの奥様をちらりと盗み見れば私が作った饅頭を見つめたまま固まり、歯ぎしりまでしている。それに大笑いをあげそうになりながら、それを何とか押し留めた。


「そちらの可愛らしいお嬢様の他は、何もおっしゃらないようですね。では……」


前を向き、皆さんの顔を見まわしてからそう告げ、最後にその視線を礼に向ければ礼は小さく頷いて許しを与えてくれる。いくらこの部屋に入る前に許しを得ているからとは言え、やはり怖かった。

私がこの後告げる言葉は間違いなく、火種になるからだ。


「答え合わせ、を」






あのトオルという男から預かった涼さんの指定の『もの』がちゃんと一緒にあるかどうか後ろを確認しながら、歩いている。私は昨晩、涼さんから受け取りをしてほしいと頼まれた。そして、それを宴会が行われている広間へと持って来てほしい、と。その口ぶりから私はそれは『物』だと思った。けれど、実際受け取ってみれば、それは『者』だった。


背後をもう一度振り返れば、その『者』が不満そうな顔をしながら、けれど、どこか怯えたように私の後を追って歩いてくるのが見える。その様子はよくわかった。いや、分かりすぎた。


佐久間の名前を一度でも頭に付けた者なら、同じなんだ。

背後の『者』とも、私とも、今の気持ちは、同じなんだ。


玲子さんにしか頼めないんです。と、言っていた涼さんの顔が浮かぶ。

確かに私にしか頼めないだろう。


けれど……。

これはあまりに無謀すぎる。


私は昨晩どうしてもっと詳しく訊かなかったのかと、後悔し始めていた。






「お子様は良いですね。とても素直で」


そう言いながら両親に口を塞がれている晴れ着姿の少女を見る。きっと礼の遠縁の子で、こういう場は居慣れないのだろう。それは私もですよ、と言うように笑えば、ほんのり涙を浮かべていた少女もその両親もほっとしたような顔を浮かべた。


「……そう。素直、なんです。子供は本来。私もかつてはそうでした。分からない事があれば母に尋ね、良い事をすれば父に褒められ、悪い事をすれば母に怒られ、人を蹴落とすような事を考えれば父に叱られた。皆様も同じではないですか?」


半分に割った饅頭を見ながら言えば、皆さんは戸惑いを隠せない顔を浮かべている。意味が分からないとでも言うように。


「では、どうして礼はそういう事を一切しない子供だったんでしょう」


まだ、分からないのか、と思いながらようやくそれを口にすれば一斉に息を飲む音を響かせる。そして目を見開き、白黒とさせ私の方、いや、正確に言えば、礼と奥様を見比べはじめ、さざ波のように騒がしくなる。


「礼は……どうして、自分を抑えているんでしょう。答え合わせです。白い方は『佐久間礼』、桃色は『礼』です。……お分かりになられますか?」


ぐっと思わず手に力が入り、饅頭に指が食い込む。隣、すぐほんの隣に座る礼までもが息を飲む音が聞こえた。



礼、まだまだ、です。

私の言葉はこんなものじゃない。

こんな饅頭では言い表せないんです。


ぐにゃりと、ふたつの饅頭は私の手の中でつぶれ、ぼたり、ぼたり、膳の上に落ちていく。

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