28-65 御正室様のなぞかけ
ふわりと湯気の立った兎を模した紅白一対の饅頭が笹の葉と南天に彩られ出てくる。親戚の皆さまの反応は様々だった。可愛らしいと目を細める人も居れば、逆に毒でも入っているのではないかと疑い目を細める人までだ。私はと言えばそれを見ながら笑みを隠すよう抑えて、ただ、全員に行きわたるまで待っている。私以外の全員。つまり礼にも亘さんにも奥様にも、だ。
昨日手伝って頂いた女中の方々が私の前を通るたびに目配せをしてくださる。
つまりは万事うまく行ったと言う事だろう。
私の指示通りにやっている、という事だ。
ざわざわと動き回っていた数名の女中が居なくなるとまた静けさが広間に広がる。ふっと饅頭から顔を上げればそれを合図にしたようにその場にいる皆さんが私を見た。
「御口汚しになるとは思いますが、礼が皆様の事を想い、私に命じられましてお恥ずかしながら作らさせて頂きました。……まずは白色の方の饅頭からお召し上がりください」
そっと礼の前の皿のそれを手で示しながら言えば、場の皆さんは戸惑ったように礼と亘さんを見つめ、二人が頷くと同時に恐る恐る白色の饅頭を口に運んだ。
白色、から?
そう思いながらも皆を先導するようにそれを指でつまみ口に運ぶ。湯気が立つそれはまだほんのりと温かく、兎を模した顔と目が合う。それを少し不憫だと思いながら歯で一口噛みきり、咀嚼しはじめれば違和感を感じ口の動きを止め皺を寄せた。慌てて顔を上げ、周囲を見回す。まず親戚。それから百合子と礼を。
百合子は眉をひくつかせていたが、礼は口角を少し上げ、ふうん、と息を漏らした。
自分の分にだけ何か盛られたのかと思ってしまうほどに強烈な味はどうもその場の口にした者、全員、大人だけではなく子供まで、だったようで一同に眉を顰めている。中には中身を顔を背けて、吐き出している者もいるほどだ。
口の中は甘味に隠れた何かがじんじんと効力を発揮し、舌だけでなく歯茎まで痺れはじめている。
これは、何だ。と冷汗に似た物が背中や額に浮かべば、くすくすと笑い声が漏れ、そっちを見れば涼さんが一人着物の袂で口元を隠し笑っていた。
「どうぞ、皆様、御茶を召し上がってください。……毒ではありません。それは山椒です。うな重に掛ける山椒ですよ」
さん、しょう?
場の空気がそれまでの混沌とした物から安堵の物に変わり始める。毒でなく食品だったのだという物に。ごくりとそこかしこで女中が注いで回る湯呑を傾けながら無理矢理に飲み込む音が広がり、次いで溜息が漏れる。
「では次に桃色の方をどうぞ」
ふふっと笑みをまた一度漏らしながら涼さんはそう場に通る凛とした声で告げれば皆は戸惑い中々手を伸ばさない。それに礼が彼女と同じように声を漏らして笑い、桃色の饅頭を手に取りぱくりと一口で食べ切る。もぐもぐと咀嚼する様子に怪訝そうに見守っていた皆も恐る恐る口に運ぶ。
私も、と、同じようにすれば今度の桃色の饅頭は柔らかい小豆の味『だけ』が広がった。
皆さん、食べましたね。と、こっそり思いながら、隣に座る礼を見れば、私と同じタイミングで礼の顔がこちらを向く。
何か言いたげなその顔に袂をどかしてそっと笑んでみせれば、礼はやれやれと肩を竦めるばかりだ。
「いかがですか?」
様々に御茶を口にし、口内が空になったタイミングでそう問えば、皆さんは言葉を詰まらせて私を見つめた。
「最初に御口汚しだと申しました。……意味はお分かりになりますか?」
そう言いながらふっと側に控えていた香里さんに目をやれば、ひとつ頷き、襖の向こうの廊下から皆様に配ったのと同じ皿を持って私の前にそっと置いてくれた。
ありがとうと短く言葉を紡ぎ、すっかり冷めてしまっている紅白の饅頭をひとつずつ割って、また皿に戻す。
「さて、これは私が皆様にお出ししたのと同じ物です」
そっと皿を持ち掲げて見せれば、皆さんは小さく頷いてくださる。そのまま皿を礼にも見せ、その奥の亘さんと奥様にも見せれば、礼と亘さんだけが頷いてくれた。どうせ奥様が私の言葉に何か行動を示すとは思っていないので、そのまままた皿を膳に戻し、左右の手で半分になった饅頭をひとつずつ取って上にあげる。
右に桃色、左に白色だ。
その両方の割れ目を皆さんのほうに向ける。
餡の色はどちらも小豆の紫紺色をしていて、区別が一見つかない。
「同じように見えませんか?元は同じ小豆なんです、これは」
言いながら白色の方を下げ、桃色の方のみを皆さんに見せ続けた。
手元に残っている方は私と同じ様に白い方をじっと見つめている。
「こちらにはさっき言いましたように、山椒が入っています」
続いて桃色の方を上げる。
「こちらは何もしておりません」
瞬きを一度して、それから、すぅっと息を吸った。
「二つの違いが、皆様にはお分かりになりますか?」
さぁ、佐久間の名前を頭に掲げる人達へ私からのなぞかけです。どうせ解ける方なんていらっしゃらないのは分かってます。
そう、もし解く事が出来るとしたら、それは、きっと雛子さんくらいなもの、なのだから。




