7-7 俺と彼らと御屋敷
俺の車に比べれば大分広い車内も六人も居れば狭く感じる。
祐樹はあらかじめ助手席へと乗っていた。
彼らしい気の使い方に何も言わずに後ろへ乗り込み走り始めた所だ。
スーツの上着から名刺入れを出してアンリ氏と沙織さん、高松さんへと配る。
「改めまして佐久間商事の佐久間と申します」
頭を下げればそれぞれから名刺が返ってくる。
高松さんま現役のCAで、沙織さんは有名電気店の店員で、アンリ氏は和紙で出来た名刺に陶芸家と記してあった。
「ワタシは陶芸をしていマス。佐久間サンの名前は知っていマス」
その名刺に見入っていた俺にそう語る口調は決して流暢とは言い難い。
そうですかと返すと彼に変わって沙織さんが口を開く。
「私と涼は学生時代からの友達です。彼とは結婚式の時に会っているんですよ」
そう言い終わるとアンリ氏は少し不満そうに眉をしかめた。
「Non、涼サンとはワタシも友達デス」
はいはいとそれを沙織さんはあしらい彼を制して続ける。
高松さんはただじっと聞いていた。
「それにしても驚きました。まさか涼の彼氏が佐久間さんなんて、ね」
「そうですか。本当に申し訳ない、こんな事に巻き込んでしまって」
そう告げると沙織さんは手を振って笑う。
その姿は常に彼女が笑っているのだろうと思わせる綺麗な笑顔。
自分が作るものとは違っている。
「いいえ。どうせ涼の独断でしょう。あの子詰めが甘い時があるからちょっと気をつけないと」
「詰めが甘い?えっとそれは?」
そう聞くと彼女が腕組みをして唸る。
その後困ったように笑う。
「大事な事、話し忘れたりするんですよ。それでいて本人は後になってから気付いたりするんです。だから今回もあるかも知れませんよ」
「それは……困るなぁ」
そうぼやくと隣の高松さんがくすくす笑いながら口を開いた。
「何だかコントみたいですね、それ。沙織さんはフランス語が話せるんですか?アンリさんは先程Nonと仰ってたからフランスの方だと思うんですけど」
それに沙織さんが首を振った。
えぇ?喋れないのと思いその顔を見るとどうも表情に出ていたらしい。
彼女が少し赤くなって実はと始める。
「日本で出会ったので全く喋れません。日常会話は二人で何とかジェスチャー混じりでどうにかなるんですけど、喧嘩になるともうお互いが言いたい事を二ヶ国語で言い合ってるだけなんですよ」
隣に座りアンリ氏も日本語は難しいのでまだ苦手デスと答える。
それで夫婦間が成り立つならすごいとは思うがと呆気に取られた。
「それで私も声が掛ったんですね、なるほど。それなら納得出来ます」
と言ったのは高松さんでやっと役割が来たと嬉しそうに笑う。
意味が分からず首を傾げる。
「もしかして話せるんですか?」
そう聞いたのは沙織さんで高松さんは笑い止め頷いた。
それからフランス語で何かを告げる。
「英語とフランス語、イタリア語は大丈夫です。ヨーロッパのお客様とは長くフライトを共にしますので、話せないと少し不都合なんですよ。もっとも日常会話位ですけどね」
それはすごいと素直に声に出すと彼女は照れ臭そうに笑った。
そんな様子を見て頭に手をやり天井を仰ぐのは沙織さん。
「ほらね、詰めが甘いんですよ。アンリ、今日は日本語話したらだめよ。フランス語で会話なさい」
アンリ氏が不思議そうにそれ聞いて肩を竦め理由を高松さんが素早くフランス語で説明すると、Ouiと短く返事が返ってきた。
確かに詰めが甘い。
一番大事な事話してないじゃないと呆れ果て溜息をつけが周囲は笑いに包まれた。
祐樹と酒井は何だか競馬の話しなんかしてるしもう穏やかすぎて何も怯える事無く車は屋敷へとその足を止めた。
酒井が門扉を開け俺を先頭に歩く。
久しぶりのそこは相変わらず美しい庭園が広がっていて芝居ではない様子でアンリ氏が見回しては感嘆を述べている。
裏に車を回した酒井が告げたのであろう、正面の扉が開き歩みよってきたのは所謂執事の木村だった。
「坊ちゃま!」
客人の前だと言うのにそう声を上げるのに眉を顰めると慌てて俺の耳元に手を伸ばし口を寄せる。
「困ります、本日はまだ皆様いらっしゃっておりますのに、このように何も仰られずにお客様をお連れになりますと」
その手を払い手でその言葉を制する。
分かっている、それが涼の狙いなんだから。
「お客様の前だよ、木村」
その言葉に失礼致しましたと頭を下げるその姿に少しだけ罪悪感を感じる。
「悪いとは思っているんだけどこちらの方がどうしても見たいって仰ってね、二人にはそう説明してくれる?」
眉を戻しそう笑いかければ少し安心したのか木村が頭を上げかしこまりましたと屋敷へと消えていく。
二人とは勿論俺の両親だ。
木村は母の怒髪天を恐れているんだ。
それからゆっくりと後ろを振り返って頭を下げる。
「申し訳ありませ、お見苦しい所を御見せしました。さ、どうぞ、中へ」
アンリ氏と沙織さんが並びその後ろに祐樹と高松さん。
高松さんがそれを素早く翻訳しアンリ氏に伝えればフランス語が返ってくる。
「勝手に押しかけたのはこちらです、申し訳ありませんと仰ってます」
高松さんがそれを翻訳し伝えてくれアンリ氏が頭を軽く下げた。
それを見てから歩き始め丁度のタイミングでドアが開く。
「いらっしゃいませ」
戻っていた木村が脇に立ち二人の女中と頭を下げる。
見た事のないその顔は新しく入った者なのだろう。
「お客様をご案内して。とりあえずは良い頃合いだから御茶にしてくれ」
そう告げれば三人は頭を下げた。
木村がこちらへと先導し、俺達の後ろから女中が一人ついてくる。
もう一人はキッチンの方へと消えた。
急いでお菓子と御茶を用意しているだろう。
「アンリ氏は庭がひどく気に入られた様子だから、一階の部屋を頼むよ」
そう告げれば彼は一度立ち止まり後ろを振り返ってからかしこまりましたと返した。
木村がやがて長く年代を感じる壁紙が蛍光灯の明かりをも暗く感じさせる廊下を抜け扉を開けば一瞬にして明るい室内が目に入る。
リフォームされ白い壁紙に包まれ、海外の調度品が置いてあるシンプルな部屋は革張りの応接セットが置いてある。
猫足の華奢なデザインだがどっしりと存在感をアピールしている。
「どうぞ」
そう一同に告げてドアの前から脇へと移る。
母のお気に入りのその部屋は大きな窓越しに池が一望出来た。
アンリ氏が窓へ向かい高松さんがそれに寄り添う。
沙織さんはソファに座り、祐樹は俺が動くのを待ってから部屋へと入った。
「気に入っていただけましたか?」
そう告げると高松さん越しに返答が返ってきた。
アンリ氏が窓から離れ沙織さんの横に座ると俺と祐樹も対面するように座る。
高松さんだけが俺達の間の席に腰を下ろした。
「とても素敵だと仰ってますよ」
「それは良かった。ゆっくりしていってください。何も無いですけれどね」
コンコンとノックされ返事をすると女中が三人入ってきて日本茶と和菓子を各々の前に失礼しますと言いながら置いていく。
その三人が去ってほんの一瞬だけ間が出来た。
庭を見るアンリ氏と沙織さんと高松さん、そして俺を見る祐樹。
覚悟は出来た。
そろそろ彼らが来るに違いない。




