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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第七話 私と彼と芝居小屋
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7-6 私の仕事と佐久間の名

みんな居なくなってしまえば後に残るのは片付けでお盆に乗せて御客様ようにぽってりとしたそれでいて薄い丸い湯のみをシンクにおいてひとつずつ丁寧に洗う。

それからお茶を淹れて作業台で飲んだ。

ポケットにしまった彼の免許証を出してはにやにやと笑う。

澄ました顔をしている小さな写真は彼の昔の姿だ。

穴があくほどそれを見つめてからまたポケットにしまい、私専用にと買ったはちみつ色の例のキャラクターのマグカップをシンクに置いた。


さて、急がないといけない。

家電量販店の方がいいかそれとも正規店かと迷ってごり押しするならば正規店だと立ち上がる。

キッチンを出て自室へ向かい浮いた化粧を直してからバッグを持って丈の短い茶色のコートを取ってから彼の部屋に入る。

ベッドの上に放置された壊れたそれをバッグにしまってからクローゼットを開きその扉にある姿見で大丈夫だろうかと確認して小さく頷き、足早に家を後にした。

いくら大人数で行ったからと言って彼が長居するとは思えない。

あんまり時間は無いのだとヒールの音を立ててマンションを抜け駅までやってきてから辺りを見回し目的の店へと入る。

お正月だけあって整理券を抜けば30分以上は待ちそうだ。

一度店を出てから電車に乗り隣の駅を目指す。

降りてデパートへと足を向けながら携帯を取り出し調べておいた番号へと掛けた。


『お待たせいたしました。レストラン セ・デリシウーで御座います』


コール音は一度しか鳴っていないのにそう言われてすごいなぁと思うのはかつて彼が連れていってくれたあのホテルのあのレストランだ。

少し間を置いてから口を開き向こうに聞こえるようにはっきりと言う。


「お忙し所申し訳ありません。私、佐久間商事の笹川と申します。責任者の方をお願いしたいのですが」

『かしこまりました。いつもありがとうございます。只今お繋ぎ致しますのでそのままお待ちください』


佐久間の名に声音ひとつ変えずにそう返され保留音が鳴る。

クラシックの名曲のひとつは何だったかと頭をひねるもすぐには出て来なかった。

そうこうしているうちに一度聞いた声が耳元に響く。


『お待たせいたしました。責任者の井出と申します。笹川様でよろしゅう御座いますか?』

「はい、お忙しい時間に申し訳ありません。佐久間より頼まれて御電話しておりますが、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

『えぇ、えぇ、佐久間様の代理とあればいくらでも。この時間に掛けてらっしゃるという事は御席を御用意してよろしいのですね?』


まだ何も言ってないのにそう告げられ思わず息を飲んだ。

おいおい、どれくらいこの人に迷惑かけてるんだよ。

用意しておいた言葉は使えなくて少し考えてから口を開く。


「はい、いつもの事で申し訳ありませんがお願いしたいのですが、いかがでしょうか」

『奥の……個室でしたら空いておりますので、そちらを御用意させて頂きます。御人数は何名様でしょうか』

「私を含め七人です」

『左様ですか。かしこまりました。いつものコースでよろしいでしょか?』


その言葉に眉を寄せる。

いつものコースなんて知らない。

少し迷った物のなんとかなるだろうと勝手に納得して頷きながら答える。


「はい。それで構いません」


その言葉の後にやや間があってから少し迷うような声がする。


『失礼ですが、笹川様は先日佐久間様と御一緒でした女性でしょうか。声に聞き覚えがありまして』


驚いて立ち止まってしまった。

隣を歩いて居た人が私にぶつかって体が揺れる。

会釈をしてくるその人にそれを返してから口を開くも明らかに動揺してしまった。


「ええっと、はい、仰る通りです。……よく覚えてらっしゃいますね」


その言葉にほっとしたようにけれど奢らずに答えが返ってきた。


『ありがとうございます。一応佐久間様の名前とは言え、御確認をさせていただきました。失礼致しました。それでは本日の御来店を心よりお待ち申し上げております。佐久間様にもそうお伝えくださいませ』


切れた携帯をじっと見つめてううむと唸る。

しかし表示されている時間にはっとして慌ててバッグへとしまい、デパートの中へと入った。

今回は私個人の我儘だけれど佐久間の家の為なのだとその名を案内カウンターで出すと支配人が降りてきた。

どこかくたびれて見えるのは過酷な初売りと福袋をこなしたからだろう。

彼が上へと言うのを丁重に断り代わりに五千円くらいで何か良いお菓子をとお願いする。

彼はすぐに良い返事をして食品フロアへと私を連れていってくれた。

案内されたお店で菓子折りをふたつ買い、きちんと内熨斗を掛けてもらう。

紅白の蝶結びのそれに御礼と佐久間の名を入れてもらいデパート独特の柄が入った包装紙を指定して二重にしてもらった紙袋をふたつ受け取り支配人にお礼をしっかりと述べてから足早に駅へと向かった。


はぁはぁ言いながらその携帯ショップへと戻ると順番は次ですぐに呼ばれて、紙袋を足元に置いて区切られたブースへと腰掛ける。


「あ、あの、携帯の機種変更をしたいんですけど。名義人は私でなく知人なんです」


例の紙と免許証を見せ何とかお願いして機種変更をして貰える事になり、店員さんと携帯を見ながらどれにしようかと迷う。

私が選んでもよく分からないのならプロにお任せしようと手に取っていた疑似本体を置いた。


「あの、一番スペックが良くて、使用時間が長くて、容量が大きくて、回線速度の速い物に対応している物をお願いします」


彼の携帯は仕事と密接に関わっている。

それならその時の一番良い物を持っていないと駄目だろう。

余談

セ・デリシウーはフランス語でとても美味しいという意味だそうです。

御洒落ですね。

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