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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第七話 私と彼と芝居小屋
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7-8 俺と客人と両親と





「なんですって?」


思わずそう言わずには居られず立ち上がりそう言ったわたくしに木村が体を小さくした。

若くはない白髪混じりの頭が更に下がる。


「酒井は何をしてるんですの。まったく、礼さんときたら」


頭が痛いのは決してお酒を飲み過ぎたからではない。

朝から待てど暮らせど一向に来ない息子に腹を立てていた所にこの仕打ちだった。

大広間の廊下へ木村に呼ばれて来てみればそう告げられて血液が頭へと昇っていく。

ちょうど午後の御茶を楽しんでいたのだ。


「それはどんな方なの?」


外国の方で御座いましたと木村が答えわたくしは昨日の礼の言葉を思い出し歯ぎしりをした。

拳を握りしめふんふんと鼻息を鳴らす。

木村が体を縮めたまま息を飲んだ。

いつまでもそうしている訳にはいかないのでふんっと最後に大きく吐いてからこめかみを押さえる。


「分かりました。そちらへ向かいます。旦那様を呼んできてちょうだい。皆さんにはお前から説明をしてちょうだいね」


溜息混じりにそう告げれば木村は顔を上げて部屋へと入っていった。

何て事をしてくれるんだ、あの馬鹿息子は。

当主と夫人が中座するなんて恥さらしも良い所だ。

それでもきちんと挨拶はしなくてはいけない。

会社のお客様なら尚更だ。

慌てて出てきた夫を先導させどこに居るのかと聞けば松の間だとの答え。

よりにもよってわたくしのお気に入りの場所に通すなんてなんて事なのとまた怒りがこみ上げる。

大体約束も無く家を訪ねるなんて言語道断だ。






トントンとノックされ会話が止まる。

俺がそれに返事をすると扉が開きそこに親父が入ってきた。

次いで母が顔を出す。

その顔はやはり隠してはいるものの怒りを帯びていた。

一瞬萎縮しそうになるが目を閉じてから開けばいくらか心が落ち着いた。


この時間ならばまだ分家の者が居るはずだ。

朝まで続く宴会の後彼らは宛がわれた部屋で仮眠を取り、遅い昼食を取ってから御茶をし、その後に帰っていく。

昔から続く忌まわしい面倒な習慣。

俺にとってその僅か一日にも満たない時間は苦痛で仕方がない。


そんな席を俺に中座させられたのなら気が気ではないはずだ。

今頃木村が一同に訳を話しているだろう。

二人が戻れば質問攻めにあうのだ。


「やあ、御無沙汰してます、父さん、母さん」


立ち上がり頭を下げればソファに座っていた面々も立ち上がりそれに倣う。


「いやいや、そのままで構わないよ。よく来たね、礼。皆様、初めまして。佐久間の当主の佐久間亘で御座います」


それからと母を示し百合子ですと紹介し母が頭を下げた。

着物を着たその姿は年を取ってもいつまでも変わらない綺麗さをきちんと持っている。


「百合子で御座います。御挨拶が遅くなり申し訳ありません」


父が奥の空いている席へと座る。

庭を背にしたそこは上座だ。

祐樹が立ち上がりそこへ母が腰を下ろす。

俺の真隣、鼓動がどんどん速くなっていく。


「こちらはカレール御夫妻、アンリ・カレール氏と奥様の沙織さん。こちらは高松由香里さん。アンリ氏はフランスで日本の陶器を始めとする文化を研究してらっしゃるんだよ」

「ほう、フランスで。それはそれは遠い所をよくいらっしゃってくれましたね」


それを高松さんが通訳し伝えるとフランス語が飛んだ。

母の横顔が一瞬だけ驚いたように変わるがそれもすぐに戻った。


「カレール氏は突然おじゃまして申し訳ない、けれど佐久間の御屋敷を一度見てみたかったと仰ってます」


父は通訳したのが高松さんな事に疑問を抱いたようで慌てて口を開く。

こんな所からボロが出たら大変だ。


「沙織さんはまだ御結婚されて間も無くてね、今回は祐樹の婚約者の高松さんに案内を手伝ってもらってるんだよ。何かと不便があると申し訳ないからね」


そう告げると両親が驚いたように祐樹を見た。

それから口ぐちに婚約したのかと尋ねている。


「お陰さまで仕事もさせて貰ってますし、そろそろ身を固めようと思いまして」


御挨拶に伺おうと思っていたところですと付け加え祐樹が父にそう話すと父はよかったよかったと何度も繰り返した。

彼の中ではまだ黒井を死なせた罪悪感が根強く残っている。


「あら、そうだったんですか。おめでとうございます」


沙織さんが口を開くと何事かとアンリ氏がそれを見て高松さんが少し顔を赤くしながら通訳すると彼は手を叩いて祝福する。

その後はもう父とアンリ氏が陶器について語り合いそれを周りが見ているだけだった。

高松さん越しの会話は想像以上に盛り上がっている。

有田焼だの何だのと単語が飛んでいる。

ほっと息を吐くと母がそれを目敏く見つけて低く小さな声で顔を父達の方に向けたまま尋ねてくる。


「礼さん、一体これはどういう真似ですの?」


顔は笑顔のまま彼らへと向けてそれに低く小さくした声で返す。

大丈夫、怖くない。

こうして涼を始めとして皆が俺を守ってくれているんだから。


「母さんが納得してなかったから連れてきたんですよ。それともお客様を放り出してまでこっちに来た方が良かったですか」


母が唇を噛みしめる。

怒っているのだと横目で確認して思う。

いいさ好きなだけ怒れば良い。

会社も財産もあの家も佐久間の名もすべて奪われたって構わない。

俺には涼が居るから、佐久間の名で無くなっても一緒に居てくれる大事な人が居るんだから、怖くないと自分に言い聞かせる。

しかし次の母の言葉は父のそれに遮られた。


「そうだ、夕食をぜひ一緒にいかがですかな」


楽しそうに会話をしていた父はその続きをしたいのだと思ったんだろう。

腕時計を確認すればもう一時間以上そこに居た事になる。

この屋敷に居てこんなに時間が経つのが早かったのは初めてだ。

子供の頃から毎日が遅くて堪らなかった。

嬉しくて笑みが自然と深くなりそれを見て母が息を飲んだ。


高松さんがそれをアンリ氏へと伝えると彼は申し訳なさそうに首を振った。

彼女までそれを申し訳なさそうに両親へと伝える。


「次の約束があるので、有り難いのですが御辞退させて頂きますと仰ってます」

「あぁ、それならば仕方無い。御引き留めして申し訳ありません」


父が謝り俺を見た。

俺に頷きかけそれを受けて立ち上がる。


「それでは僕は皆さんを送って参ります。また改めてゆっくり遊びに来ますから。今日はありがとうございました」


謝辞はその場にいる全員に向ければ一人二人と立ち上がる。

父が木村を呼び酒井に表に車を回すように伝え、先導して歩き始めた。

ようやく終わったとほっとしてその後ろに続く。

母が俺の後ろを歩き、その後ろにアンリ氏と沙織さん、高松さんが続き最後に祐樹が歩く。

回された車に全員が乗り込み父と母と木村の三人に見送られその場を後にした。

車が動き始めれば全員がほっと息を吐きそれからお疲れさまと言い合ったのだった。

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