王都の医療崩壊と忍び寄る悪徳商会。私を追放した元婚約者が、今さら特効薬の利権を奪いに来るようです
王都の医療崩壊と忍び寄る悪徳商会。私を追放した元婚約者が、今さら特効薬の利権を奪いに来るようです
「ええい、どういうことだ! なぜ我が国の特効薬の在庫が底を尽きかけている!」
ルナミス帝国の王都、豪奢な王宮の執務室。
元婚約者である王太子アルベルトの怒声が、室内にビリビリと響き渡っていた。
彼の目の前には、帝国医療を束ねる筆頭侍医と、震え上がる文官たちが平伏している。
「も、申し訳ございません、殿下! しかし、我が国で重宝されていた『高位ポーション』や『万能解毒薬』は……その、すべてセリア様がご自身の知識と魔力を用いて、夜通し秘密裏に調合されていたものでして……」
「な、なんだと!?」
アルベルトは驚愕に目を見開いた。
「あのような悪逆非道な女が、我が国の医療を支えていたと言うのか! なぜ誰もそのレシピを引き継いでいない!」
「セリア様の調合術はあまりに高度かつ特殊(前世のチート)でして、我々には到底解析できず……。現在、前線で怪我をした兵士たちの治療が滞り、市井でも薬不足によるパニックが起き始めております!」
侍医の悲痛な報告に、アルベルトはギリッと奥歯を噛み締めた。
さらに彼の腕の中では、男爵令嬢のリリアナが不満げに唇を尖らせている。
「アルベルト様ぁ……。私、最近セリア様が作ってくれていた『特製スキンケア化粧水』がないせいで、お肌の調子が最悪なんです。早くあの女を呼び戻して、私のために薬を作らせてくださいよぉ」
「リリアナ、少し待ちなさい。今、あの女をどうするか考えているところだ……」
そこへ、部屋の扉を叩いて密偵が駆け込んできた。
「報告いたします! 辺境の緩衝地帯ポポロ村にて、セリア・フォン・アルバーンと思しき令嬢が『セリア薬局』という店を開業したとのこと! しかも、三か国の軍隊を相手に、未知の特効薬を売り捌いて莫大な利益を上げている模様です!」
「……なんだと?」
アルベルトの顔が、怒りと強欲に歪んでいく。
「追放された身でありながら、大人しく反省するどころか、辺境で勝手に商売を始めているだと? しかも、帝国の資産であるべき特効薬を他国にまで流しているとは、言語道断だ!」
彼は自分の非を棚に上げ、見当違いの怒りを燃やし始めた。
「しかし……これは好機でもある。あの女の薬局を『国営』として没収し、レシピと利権をすべて我が王家のものとすれば、医療崩壊も防げる上に莫大な利益が手に入る」
アルベルトはニヤリと下劣な笑みを浮かべ、密偵に命じた。
「直ちに『ゼルバ商会』の会長を呼べ。あそこは荒事と裏の交渉に長けている。王太子の権限を記した『接収命令書』を持たせ、ポポロ村の薬局を強引に奪い取らせるのだ!」
ルナミス帝国最大の悪徳商会である『ゼルバ商会』。
彼らの毒牙が、平和なポポロ村へと向けられた瞬間だった。
◇◇◇
同じ頃、辺境のポポロ村。
『セリア薬局』の店内では、穏やかなティータイムが始まっていた。
「はい、セリア嬢。労働基準法に基づく、午後3時の15分休憩です。今日は村で採れたリンゴを使ったアップルティーを淹れましたよ」
「わぁ、いい香り! ありがとうございます、クロード様!」
セリアはカウンターの奥の椅子に座り、エプロン姿のクロードが淹れてくれた紅茶を嬉しそうに両手で包み込んだ。
彼による『超過保護な労働管理』のおかげで、セリアは前世では考えられないほど健康的で文化的な生活を送っている。肌つやも良くなり、笑顔が増えた。
そこへ、バンッ!と勢いよく店の扉が開いた。
「ねーちゃん! 暢気にティータイムしとる場合ちゃうで!!」
愛用の魔導黒檀算盤を抱えたニャングルが、猫耳をピンと立てて飛び込んできた。
「ニャングルさん、どうしたんですか? そんなに慌てて」
「ワイの『ルナ・イーツ辺境版』の配達網(情報網)に、とんでもないネタが引っかかったんや! なんでも、ルナミスの王都じゃ深刻な薬不足で医療崩壊が起きとるらしい!」
「えっ……医療崩壊?」
セリアは目を丸くした。前世の知識を持つ彼女が、無意識のうちに帝国の医療水準を底上げしていたことに、セリア自身が全く気付いていなかったのだ。
「それだけやない! ねーちゃんの元婚約者のアホ王太子が、この『セリア薬局』の噂を聞きつけて、利権を丸ごと乗っ取ろうとしとるらしいで! 帝国の悪徳商会『ゼルバ商会』の連中が、勅命の命令書とやらを掲げて、こっちに向かっとる!」
「ええっ!? せっかくみんなで立ち上げたお店なのに……どうしよう!」
セリアが不安に顔を青ざめさせた、その時だった。
カチャリ、と静かにティーカップがソーサーに置かれる音がした。
「……なるほど。王太子直々の、不当な事業接収命令ですか」
クロードだった。
彼はエプロンをゆっくりと外し、いつものパリッとした法務監察官の顔に戻っていた。しかし、そのプラチナブロンドの前髪から覗く青い瞳は、まるで絶対零度の吹雪のように冷え切っている。
彼は片手で胃の辺りを押さえながら、酷薄な笑みを浮かべた。
「法務省の正規の手続きも踏まず、ただの紙切れ一枚で一市民の財産を奪おうなどと……帝国法を、ひいてはこのクロード・ランカスターを舐め腐っているとしか思えませんね」
「ク、クロード様……?」
あまりの迫力に、セリアが圧倒されて固まる。
「いいですか、セリア嬢。ここは三か国協定が結ばれた緩衝地帯です。ルナミス帝国の一王太子の権限が、絶対的に通用する場所ではありません。……それに」
クロードは冷たい瞳を細め、懐から分厚い『六法全書』を取り出した。
「セリア嬢に無理難題を押し付け、過酷な労働(国営化による奴隷労働)を強いるような真似は、労働基準法違反の観点からも、私の胃袋の平和の観点からも、絶対に許しません」
「クロード様……」
(また理屈をこねているけれど、絶対に私を守るって言ってくれているのね……!)
クロードは六法全書を片手に、今度はニャングルへと鋭い視線を向けた。
「ニャングル。ゼルバ商会といえば、ゴルド商会の目の上のたんこぶだったはずですね。彼らの『裏の顔』について、あなたの情報網なら掴んでいるのではありませんか?」
「……へっへっへ。さすがお役人サマや。話が早くて助かるわ」
ニャングルは悪代官のような笑みを浮かべ、算盤をカチャリと鳴らした。
「脱税、密輸、違法ポーションの横流し……叩けば埃どころか、死体が転がり出てくるような真っ黒な連中や。ワイが独自ルートで集めた『裏帳簿』の写し、いつでも出せまっせ」
「結構。では、彼らがこの村に足を踏み入れた瞬間に、地獄(コンプライアンスの刃)を見せてやりましょう。書類の準備を手伝いなさい」
「おうさ! ワイの算盤とアンタの六法全書で、連中をスッカラカンに剥いでやるで!」
普段は反発し合うヘタレ監査官と強欲商人が、セリアを守るという一点において、最悪で最強のタッグを結成した瞬間だった。
彼らの背後に立ち上る黒いオーラ(法務と財務の殺気)を見て、セリアは思わず手を合わせて拝みそうになった。
(王太子の使いの人たち……どうか、生きて帰れますように……)
お人好しなセリアは、これからやってくる敵にすら同情してしまうのだった。
数時間後。
村の入り口に、周囲の空気を威圧するような、嫌味なほど豪華な馬車が数台到着した。
馬車には『ゼルバ商会』の紋章が掲げられ、屈強な私兵たちを引き連れた商会長が、傲慢な足取りで『セリア薬局』へと向かってきていた。
波乱の予感が、ポポロ村を包み込もうとしていた。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに王都側がセリアの偉大さ(いなくなったことのヤバさ)に気付き始めました。
しかし、反省するどころか「ポポロ村の薬局を接収してしまえ!」という強欲コンボを発動! 悪徳商会を差し向けてきます。
これに対する我らがヒーロー陣営の反応は……
クロード(法律の悪鬼)&ニャングル(財務の悪鬼)の最悪タッグ結成です!
敵さんが可哀想になってくるほどの【完全迎撃体制】が整いました。
次回、いよいよ悪徳商会が店に乗り込んできますが……。
クロードの容赦ない『リーガルざまぁ』が火を噴きます!
「王都ザマァの始まりだ!」「クロードとニャングルの悪巧みコンビ最高!」「敵が不憫になってきた(笑)」
と思っていただけましたら……!
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引き続き、痛快な第8話をお楽しみに!




