理不尽は絶対に許さない。胃弱な監査官は、六法全書と悪知恵でチンピラを完全論破するようです
理不尽は絶対に許さない。胃弱な監査官は、六法全書と悪知恵でチンピラを完全論破するようです
ニャングルを新たな仲間に迎えた翌日。
セリアたちは、ポポロ村の目抜き通りにある二階建ての空き店舗へとやってきていた。
「どうや、ねーちゃん! ここがポポロ村で一番人通りの多い一等地やで! これなら三日で家賃の元が取れるわ!」
ニャングルが魔導黒檀算盤をカチャカチャと弾きながら、鼻息を荒くしている。
「素晴らしいですわ! ここなら、村の人たちみんなにお薬を届けられますね」
セリアが目を輝かせている背後で、クロードは深いため息をついていた。
「……はぁ。どうして私が、辺境の物件探しなど手伝わされているのでしょうか。人が多い場所は揉め事が起きやすくて嫌いです。ああ、胃がキリキリしてきた……早く安全な宿に戻りたい……」
クロードは片手で胃の辺りを押さえ、本当にしんどそうに眉を寄せている。彼は生来、争いごとや騒がしい場所が嫌いな、小心で平和主義な青年なのだ。
「クロード様、お辛いなら無理しないでくださいね。はい、お白湯です」
「……すみません、セリア嬢。あなたは本当に優しい人だ……」
クロードが震える手でお白湯を受け取った、その時だった。
「おいおいおい。どこの馬の骨か知らねぇが、勝手にうちのシマで商売始めようってのか?」
下品なだみ声とともに、数人のガラの悪い男たちが店に押し入ってきた。
先頭に立つのは、顔に大きな傷のある大柄な男。その背後には、棍棒やナイフを下げたチンピラたちがニヤニヤと笑っている。
「ゲッ、ゴルド商会のライバル、『黒豚商会』の連中やないか」
ニャングルが舌打ちをした。
「なんやワレ。ここはワイらが押さえとる物件やぞ」
「へっ、猫耳の守銭奴が。ここで商売したけりゃ、俺たちに『みかじめ料』として、毎月金貨10枚を払いな。払えねぇなら……その別嬪なネーチャンを裏の娼館にでも売り飛ばすんだな!」
男たちが下卑た笑い声を上げる。
金貨10枚といえば、庶民の年収に匹敵する大金だ。完全な理不尽な恐喝である。
クロードはサッと顔色を青ざめさせ、無意識に一歩後ずさった。
(……暴漢ですか。最悪だ。胃痛がさらに悪化しそうだ……)
しかし、恐怖で震え上がりそうになるクロードの前へ、セリアがスッと進み出た。
彼女は怯えるどころか、真剣な眼差しで、リーダー格の男の顔をじっと見つめていた。
「……あなた、顔色が酷く悪いです。それに、息をするたびに胸の奥からヒューヒューと音が鳴っている。重度の気管支炎と、肝機能障害のサインですわ」
「……あぁん?」
「そのまま放っておけば、命に関わります。みかじめ料のお話の前に、私のお薬を飲んでください。今ならまだ間に合いますから」
セリアは【ドラッグストア工房】のパネルを密かに開き、気管支拡張剤と肝臓の特効薬を取り出そうとした。
たとえ相手が自分を売り飛ばそうとしている悪党であっても、目の前で命の危機に瀕している患者がいれば、手を差し伸べずにはいられない。それが、セリア・フォン・アルバーンという女性の究極のお人好し(信念)だった。
パァンッ!!
「痛っ……!」
「うるせぇんだよ、女ァ!!」
男は、差し出そうとしたセリアの手を思い切り払いのけた。セリアの白い手の甲が赤く腫れ上がる。
「誰がテメェの施しなんざ受けるか! いいか、ここは三か国に見捨てられた緩衝地帯だ! 強い奴が弱い奴から搾取する。力のない奴は、理不尽に泣き寝入りして踏みにじられるのがルールなんだよ!!」
男が太い棍棒を振り上げ、セリアの頭上めがけて振り下ろそうとした。
「セリアのねーちゃん!!」
ニャングルが叫ぶ。
——その瞬間。
クロードの中から、恐怖と迷いが、完全に消え去った。
(……この理不尽な世界で。誰よりも優しく、敵にすら手を差し伸べようとした気高い魂を、暴力で踏みにじるだと?)
クロードは争いが嫌いだ。暴力も、痛みも嫌いだ。
——だが、何の罪もない弱者が強者に理不尽に虐げられることだけは、己の命に代えても絶対に許せなかった。
「……ッ!」
スッ、と。
棍棒が振り下ろされる直前、クロードの姿がブレた。
彼はセリアの前に滑り込むと、分厚い『六法全書』の硬い背表紙を使って、男の棍棒の軌道をギリギリで逸らした。
ドゴォッ! と棍棒が床を砕く。
「な、なんだテメェは! ひ弱そうなお役人が、引っ込んでろ!」
男が凄むが、立ち上がったクロードの瞳からは、先ほどまでの怯えが消え失せていた。
そこにあるのは、絶対零度のように冷たく、静かな怒りだけだ。
「……セリア嬢、下がっていてください」
クロードはセリアを背中で庇いながら、男たちを見据えた。
「帝国法第118条『恐喝未遂』。ならびに、明白な暴行罪です。……さて、黒豚商会の皆さん。一つ確認させてください」
クロードは懐から、一つの魔導石をわざとらしく取り出して見せた。
「皆さんはたった今、『緩衝地帯のルールだから、お前たちから理不尽に金を奪い、女を売り飛ばす』と明言しましたね? つまり、帝国の法を無視して独立宣言をした『反逆者』であると、自ら認めたということでよろしいですね?」
「はぁ!? 何言ってやがる!」
「ニャングル」
クロードが視線も向けずに名前を呼ぶと、猫耳の商人は一瞬でその意図(悪知恵)を察した。
「おうよ! お役人サマ、こいつら反逆者や! しかもこいつら、昨日ルナミスの補給部隊から食料をかすめ取っとったのもワイの算盤(情報網)にバッチリ記録されとるで!」
「なるほど。帝国軍への横領と、国家反逆罪。……これだけ役満が揃えば、軍も動かざるを得ませんね」
クロードは魔導石を口元に寄せた。
「こちら地方監察官ランカスター。外で待機しているポポロ村駐屯の帝国警備隊、聞こえますね? 黒豚商会の反逆行為、および軍事物資横領の現行犯です。……ただちに突入し、全員の身柄を確保しなさい!」
クロードが堂々と指示を出すと、店の外から「突入ゥゥッ!!」という警備兵たちの怒声と、無数の足音が響き渡った。
「なっ……!? き、警備隊だと!? 罠か、テメェら!!」
「言い訳は法廷でどうぞ。もっとも、反逆罪のあなたたちに弁護士はつきませんが」
クロードの機転と、ニャングルとの即席のチームワーク(ハッタリと情報戦)により、男たちは為す術もなく警備兵に取り囲まれ、あっという間に制圧されてしまった。
暴力ではなく、知恵と悪知恵、そして法という武器を使った鮮やかな勝利だった。
「……ふぅ」
男たちが引きずり出されたのを確認した瞬間。
「ああっ……痛い、胃が痛い……っ! あんな大男相手に、殺されるかと思いました……。セ、セリア嬢、すみません、胃薬を……」
クロードはガクンとその場にへたり込み、冷や汗をかきながら情けない声で呻いた。
いつもの気弱でヘタレな青年に、すっかり元通りだ。
セリアは急いでお白湯と薬を彼に手渡しながら、その横顔をじっと見つめていた。
(クロード様……本当は、すごく怖かったのに)
彼は、強いから立ち向かったのではない。
怖くて、争いが嫌いなのに、あの男たちの『理不尽』からセリアを守るためだけに、命を懸けて前に出てくれたのだ。
『力のない奴は、理不尽に踏みにじられるのがルールなんだよ!』
男の暴言を、クロードは知恵と勇気で真っ向から打ち砕いてみせた。
「……クロード様。助けていただいて、本当にありがとうございました。すごく……すごく、かっこよかったです」
セリアが心からの尊敬と、微かな熱を込めて微笑むと、クロードはビクッと肩を揺らした。
「か、勘違いしないでください。私は、あのような理不尽な暴行を目の当たりにして、法務省の人間として見過ごせなかっただけです。それに……あなたの薬がなくなったら、私の胃がもたないだけですから」
そっぽを向いて理屈を並べる彼の耳が、ほんのりと赤く染まっている。
(あんなに怖がりで不器用なのに、誰よりも心が強くて、優しい人)
セリアの胸の奥で、トクンと小さな音が鳴った。
それは、チートな魔法でも権力でもない、クロード・ランカスターという一人の青年の『気高い信念』に、セリアの心が確実に惹きつけられた瞬間だった。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回はクロードの見せ場、「痛快リーガル(法律)ざまぁ」でした!
剣を使わなくても、口と法律と権力だけでチンピラ(と商会)を秒で社会抹殺する監査官。胃痛持ちのくせに、セリアに危険が迫ると容赦ゼロになるギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!
「かっこいい」と褒められて耳まで赤くするクロード、すでにセリアに絆され始めていますね(笑)
いよいよ次回、セリアのチートスキルをフル活用した【セリア薬局】がオープンします!
あのお疲れ気味な自警団リーダー・マンミア(ケンタウロス)もお客様としてご来店!?
「クロードの容赦ない法律ざまぁ、スカッとした!」「耳が赤いヒーロー可愛い!」「次のお薬チートが楽しみ!」
と思っていただけましたら……!
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引き続き、第4話もよろしくお願いいたします!




