辺境の村で倒れていた猫耳商人を無償で助けたら、凄腕のコンサルタントになってくれました
辺境の村で倒れていた猫耳商人を無償で助けたら、凄腕のコンサルタントになってくれました
王都を出発してから数週間。
ガタゴトと揺れていた馬車が、ゆっくりと速度を落として停止した。
「到着しましたよ、セリア嬢。ここがあなたの追放先……ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三か国の領土が接する緩衝地帯、『ポポロ村』です」
馬車の扉を開け、クロードが大きなため息とともに告げる。
セリアは差し出された彼の手(文句を言いつつも必ずエスコートしてくれるのだ)を取って地面に降り立ち、目の前の光景に目を丸くした。
「……辺境の地と聞いていたので、荒れ果てた荒野を想像していたのですが……すごく、賑やかですね」
そこには、セリアの想像とは全く違う世界が広がっていた。
広大な農地には、満月のように丸々とした『月見大根』や、青々とした『陽薬草』が栽培されている。街道沿いには『タローソン』という謎の看板を掲げた商店や、『ルナキン』という名の大きな飲食店が建ち並び、人間、獣耳を持った獣人、そして角の生えた魔族までもが、ごく普通に行き交っていた。
「ここは三か国の勢力が均衡しているせいで、逆に独自の経済圏が発達した特異な村です。……まぁ、法務省の人間から見れば、法律の網目をすり抜けるグレーゾーンだらけの頭が痛い場所ですがね」
クロードは片手で眉間を揉みながら、セリアの荷物を馬車から下ろす。
「さぁ、ひとまず村長に挨拶を……」
「待ってください、クロード様! あそこ!」
村の中心部へと向かおうとしたセリアは、路地裏の入り口付近で『何か』が倒れているのを見つけた。
慌てて駆け寄ると、それは一人の青年だった。
頭にはピンと尖った猫の耳が生えており、背中からはしなやかな尻尾が力なく垂れている。身なりの良い着物を着ているが、あちこちが泥と血で汚れ、ひどく殴られたような痕があった。
手には、なぜか重厚な黒檀で作られた算盤を死に物狂いで抱きしめている。
「ひどい怪我……っ!」
「おい、勝手に近づくなと言っているでしょう。この村で倒れている人間なんて、どんな厄介事の火種か分かったものでは……」
クロードの静止の声を無視し、セリアは青年のそばに膝をついた。
(呼吸は浅い。打撲と裂傷、それに極度の栄養失調と過労のサイン……!)
前世、ブラック薬局で培った薬剤師としての医療スイッチが、完全にオンになる。
目の前で血を流している患者を見捨てるなんて、絶対にできない。
セリアはすぐさま、脳内でユニークスキル【ドラッグストア工房】のパネルを開いた。
『現在の所持ポイント:100,000pt』
(とりあえず、応急処置のセットと、即効性のある栄養剤を!)
セリアは空中に浮かぶメニューを素早く操作し、アイテムを購入していく。
『【医療用・消毒液と絆創膏セット】を購入しました。-300pt』
『【最高級・滋養強壮栄養ドリンク(皇帝液ロイヤル・ゴールド)】を購入しました。-2,500pt』
ポンッ、という軽い音とともに、セリアの手に前世で見慣れたプラスチックのボトルと、神々しい金色のラベルが貼られた小瓶が出現する。
「クロード様、少し彼を押さえていてください!」
「は? いや、ですから関わるなと……」
「いいから!!」
「……っ、はい」
セリアの有無を言わさぬ気迫に、クロードはなぜか素直に従い、青年の体を支えた。
セリアは手早く消毒液で傷口を洗い流し、医療用の特殊な絆創膏(前世の最新技術で作られた、傷を綺麗に治すハイドロコロイド素材)を貼り付けていく。
そして、意識が朦朧としている青年の口元に、金色の小瓶の口を当てた。
「ゆっくりでいいので、これを飲んでください」
「……ぅ……ん……」
青年がゴクリ、とその液体を飲み込む。
その瞬間だった。
「――ッ!? カッ!?」
青年の猫耳がピンッ!と跳ね上がり、全身を覆っていた青白い顔色が一瞬にして血色の良い肌色へと変わった。
浅かった呼吸は力強くなり、目を見開いて勢いよく跳ね起きる。
「……な、なんや!? ワイ、死にかけとったはずやのに、体の底から謎のパワーが湧き上がってくるで!? 目ぇギンギンや!!」
「よかった、無事に効いたみたいですね」
セリアがホッと胸を撫で下ろしていると、青年——猫耳の青年は、バッとセリアの方を振り返った。
コテコテの関西弁を喋る彼は、セリアの顔と、周囲に散らばった治療の痕跡を素早く目で追う。
「ねーちゃんがワイを助けてくれたんか? ……アホな。このレベルの即効性のある回復薬なんて、最低でも金貨数枚は下らんはずやぞ! しかもこの傷口に貼られとる謎の布、痛みが全くない! これも超高級な魔法具やろ!?」
青年は自らの相棒である魔導黒檀算盤を弾く仕草を見せながら、凄まじい勢いで捲し立てた。
「おいねーちゃん! ワイはゴルド商会所属、ポポロ村の財務担当のニャングルっちゅうもんや! 助けてもらった恩は返すが……今のワイは身ぐるみ剥がされてスッカラカンや! 治療費の請求は、ちょっと待ってくれへんか!?」
ひったくりにでも遭ったのだろうか。ニャングルと名乗った青年は、警戒心をむき出しにしてセリアを睨む。
しかし、セリアはきょとんとした顔で首を傾げた。
「治療費? そんなもの、要りませんよ」
「…………は?」
ニャングルの動きが、ピタリと止まった。
「目の前で人が倒れていたら、助けるのは当然です。それに、使ったお薬も私が勝手に出したものなので、お金なんて受け取れません。怪我が治ったのなら、それで十分です」
セリアは屈託のない、心からの笑顔を向けた。
前世でも今世でも、「打算なき優しさ」こそが彼女の行動原理なのだ。
だが、その言葉を聞いたニャングルの猫耳が、ありえない角度にひん曲がった。
「……タダ……? 無償……?」
「はい」
「アホかァァァァァァァァァッ!!!」
突如、ニャングルが路地裏に響き渡る大声を上げた。
びくっと肩を揺らすセリアに、ニャングルはズンズンと詰め寄ってくる。
「見返りもなしに他人に金貨クラスの薬を使う奴がおるか!! そんなもん、商売の世界じゃ3秒で骨の髄までしゃぶり尽くされて破滅や!! 算盤が狂うわ!!」
「ええっ!? なんで怒られているんですか私!?」
「当たり前や! ワイはな、損得勘定抜きの『無償の愛』とか『打算なき親切』っちゅうのが一番苦手なんや! 借りを作ったままじゃ、夜も眠れんやろが!」
ニャングルは頭を掻きむしりながら、セリアをジロジロと観察する。
上等だが泥に汚れたドレス。そして後ろで深いため息をついている、いかにもお役人といった風情の男。
「……ねーちゃん、ワケアリやな。こんな辺境で、これからどうやって生きていく気や?」
「えっと……私、薬剤師の知識があるので、この村で薬局……ドラッグストアを開こうかと思っていまして」
その言葉を聞いた瞬間、ニャングルの瞳の奥で、カチャッ、と巨大な算盤が弾かれる音がした。
(このねーちゃんが使った薬……既存のポーションとは比べ物にならん効き目やった。それが量産できるなら、三か国の軍隊相手にボロ儲けできる……!)
ニャングルはニヤリと、商人の顔で笑う。
「決まりや。ねーちゃん、ワイがお前の店の『財務コンサルタント』になったる」
「コンサルタント……?」
「せや。ねーちゃんみたいな絶望的に商売の才能がないお人好しは、ワイが裏でキッチリ管理したる。ねーちゃんの狂った人生(算盤)、ワイが責任持って『黒字』にしたるわ!」
打算と強欲。しかしその奥に、受けた恩は絶対に何倍にもして返すという、彼なりの不器用な誠意が隠れていた。
セリアは少し驚いた後、ふわりと微笑んだ。
「ふふっ。なんだかよく分かりませんが……頼もしいですね。私はセリアです。よろしくお願いします、ニャングルさん」
「おう! 大船に乗ったつもりで任せとき!」
胸を張る猫耳商人。
その様子を後ろで見ていたクロードは、再び重いため息をつきながら、そっと水筒を取り出して胃薬を流し込んだ。
「……お人好しな令嬢に、金にがめつい商人。……はぁ、私の胃痛の種が、また一つ増えましたね」
こうして、追放されたお人好し令嬢と、ヘタレな法務監察官、そしてツンデレ猫耳商人という、異色のトリオがポポロ村に誕生したのだった。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついにポポロ村に到着し、セリアの最強のビジネスパートナーとなる猫耳商人の【ニャングル】が登場しました!
「無償の優しさ」に一番弱いツンデレ商人(コテコテの関西弁)。彼がセリアのチート薬をどうやって売り捌いていくのか、今後のコンビネーションにご期待ください!
そして後ろでずっと胃薬を飲んでいるクロードですが、彼が六法全書(と剣)を抜く日も近いです……!
「ニャングルいいキャラしてる!」「セリアの薬局経営が楽しみ!」「クロードの胃が心配!(笑)」
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次回、いよいよ『セリア薬局』開店に向けた動きが始まります。お楽しみに!




