第一章 婚約破棄とチート覚醒、スローライフ生活
婚約破棄のショックで前世を思い出しました。ついでに謎のスキルも生えたようです。
「セリア・フォン・アルバーン! 君のような悪逆非道な女は我が国には不要だ! 貴様との婚約は破棄し、辺境のポポロ村へ永久追放とする!」
きらびやかなシャンデリアが照らす王宮の大広間に、ルナミス帝国の王太子、アルベルト殿下の冷酷な怒声が響き渡った。
彼の腕の中には、涙ぐんで震える小柄な男爵令嬢、リリアナが縋り付くように抱き抱えられている。
「私が……リリアナ様に毒を盛ったと?」
「しらばっくれるな! リリアナの紅茶から、君の部屋で見つかったものと同じ毒が検出されたのだ! この期に及んで言い逃れができると思うな!」
セリアは、さぁーっと全身から血の気が引くのを感じた。
確かにあの小瓶は、今朝セリアの自室の引き出しから見つかったかもしれない。だが、それは明らかに何者かが仕組んだ罠だ。そもそもセリアは、未来の王妃となるべく厳しい教育に耐え、ただひたすらにアルベルトを支えようと血を吐くような努力をしてきたのだ。
しかし、周囲の貴族たちの目は冷ややかで、誰一人としてセリアを庇おうとする者はいなかった。
その強烈な絶望とショックが、セリアの脳内に眠っていた『何か』を強引にこじ開けた。
『……あ、あれ? 私……』
ズキンッ! と激しい頭痛が走り、膨大な記憶が雪崩れ込んでくる。
(……調剤室。深夜までの残業。鳴り止まない電話。そして、クレーマー対応)
そうだ。私は、日本のブラックな薬局チェーンで働く薬剤師、サキだった。
「患者様第一」を掲げる会社に安い給料でこき使われ、3日連続の夜勤明けに倒れ、そのまま心不全で……。
パチリ、とセリアの中で何かが切り替わった。
同時に、脳内に無機質な、けれどどこか聞き覚えのある機械音が響き渡る。
『条件を満たしました。前世の記憶へのアクセスを許可します』
『ユニークスキル【ドラッグストア工房(処方箋受付機能付き)】を獲得しました』
『初期ポイント、100,000ポイントが付与されました。カタログを開きますか?』
(……なんだこれ!?)
セリアの目の前に、自分にしか見えない半透明のパネルが浮かび上がる。
そこには、前世で見慣れた『風邪薬』や『栄養ドリンク』、『絆創膏』から『高級化粧品』まで、あらゆるドラッグストアの商品がずらりと並び、それぞれに購入用の「消費ポイント」が記されていた。
「ふん、あまりのショックで声も出ないようだな。おい、近衛兵! この罪人を直ちに捕らえ、ポポロ村へ連行しろ!」
「……えっと、はい。分かりました」
「なっ……!?」
あっけらかんと返事をしたセリアに、アルベルトが呆気にとられる。
(前世の記憶を取り戻した今、こんな浮気男にすがりつく理由なんて微塵もない。ブラック企業から退職できたと思えば、追放なんてボーナスステージみたいなものじゃない!)
「辺境のポポロ村ですね。承知いたしました。では、これにて失礼いたします。殿下も、どうぞお元気で」
セリアはドレスの裾をつまみ、完璧なカーテシー(淑女の礼)を決めると、呆然とする貴族たちを置き去りにして、さっさと大広間を後にした。
◇◇◇
ガタゴトと揺れる馬車の中。
王都から、三か国の国境が交わる辺境の地『ポポロ村』までは、馬車で数週間の道のりだ。
セリアは窓の外の景色を眺めながら、改めて自分のスキル【ドラッグストア工房】のパネルを検証していた。
ポイントを使えば、前世の医薬品や日用品をいつでも取り出せる。ポイントは何か価値のあるものをシステムに『納品』すれば増えるらしい。さらに『調剤室』という機能を使えば、このアナステシア世界の素材を組み合わせて新しい薬を錬金することもできるらしい。
(これって、完全にチートじゃない?)
「……はぁ。どうして私が、こんな貧乏くじを引かされなければならないのでしょうか。ああ、胃が痛い」
不意に、向かいの席から深い深いため息が聞こえてきた。
ハッとして視線を向けると、そこには一人の青年が座っていた。
プラチナブロンドの美しい髪に、冷たい氷のような青い瞳。整った顔立ちは間違いなく超一級品のイケメンなのだが、その眉間には深い皺が刻まれ、片手で胃の辺りを押さえている。
彼こそが、今回の追放に同行させられているセリアの監視役だった。
「あの……お加減が悪いのですか? クロード様」
「誰のせいだと思っているんですか。元はと言えば、あなたが王太子の逆鱗に触れたからです。おかげで法務省の地方監察官であるこの私が、辺境への護送任務などという面倒事を押し付けられたのですよ」
彼——クロード・ランカスターは、深い恨みがましさを込めてセリアを睨みつけた。
彼は若くしてルナミス帝国法務省の地方監察官というエリートコースに乗っていたはずなのだが、聞くところによると、先日の帝国剣術大会で優勝した際、対戦相手だった傲慢な大貴族の息子を徹底的に叩きのめしてしまい、恨みを買って左遷されたらしい。
「それは……申し訳ありません」
「謝って胃痛が治るなら、六法全書など必要ありませんよ」
クロードは冷たく言い放ち、再びため息をついた。
(なんだか、すごく気難しそうな人ね。でも、胃が痛いなら……)
セリアはこっそりと【ドラッグストア工房】を開き、ポイントを使って前世で愛用していた『よく効く胃薬(粉末タイプ)』を取り出した。
手のひらにポンッと現れた小さな包みを握りしめる。
「あの、クロード様。もしよろしければ、これをお飲みください。胃痛にすぐ効く薬ですわ」
「……薬? なぜあなたがそんなものを?」
クロードは胡散臭そうに目を細める。
「えっと、出発前に王宮の侍医に少しだけ処方していただいたのです(嘘だけど)。水筒のお水で一気に流し込んでください」
「……怪しいですね。王太子を毒殺しようとした女が差し出す薬など、正気の沙汰ではありません」
「毒なんて盛っていません! いいから、騙されたと思って飲んでみてください」
半ば強引に胃薬を押し付けると、クロードは渋々といった様子でそれを受け取り、水筒の水と一緒に一気に流し込んだ。
「……苦い」
「良薬口に苦し、ですわ」
数分後。
「……あれ?」
クロードが目をパチクリとさせた。
「嘘でしょう……。あんなにキリキリ痛んでいた胃が、すっかり軽くなっている……? 一体、どんな魔法薬を使ったんですか?」
「ふふっ、企業秘密です」
セリアが微笑むと、クロードは気まずそうに視線を逸らした。
「……まぁ、礼だけは言っておきましょう」
◇◇◇
夕刻。馬車が街道沿いの野営地に停まった。
「少しここで休憩しましょう。馬を休ませる必要がありますから」
クロードが馬車を降り、セリアもそれに続こうとした。
長旅に備えて、セリアは王都を出る前に必要最低限の荷物を詰め込んだトランクを持っていた。
「よいしょっと……」
重いトランクを馬車のステップから引きずり下ろそうとした、その時。
「……何をしているんですか」
横からスッと手が伸びてきて、セリアのトランクを軽々と持ち上げた。
「えっ? あ、クロード様……」
「あなたのようなか弱い令嬢に、こんな重い荷物を持たせるわけにはいきません。万が一怪我でもされて、進行が遅れたら困るのは私なんですよ。これ以上、私の胃痛の種を増やさないで頂きたい」
口では憎まれ口を叩きながらも、クロードはセリアの荷物を全て馬車から下ろし、休憩用のベンチまで運んでくれた。
さらに、彼の手にはいつの間にか厚手のブランケットが握られていた。
「夜は冷えます。これを羽織っておきなさい」
「……ありがとうございます」
「勘違いしないでください。あなたが風邪を引いて、私が看病する羽目になるのは御免だと言っているだけですから」
(……もしかしてこの人、口が悪いだけで、根はすごく過保護で優しいのでは?)
前世のブラック企業での記憶を取り戻し、チートスキルを手に入れたセリア。
向かう追放先は、辺境のカオスな緩衝地帯、ポポロ村。
そして、監視役として同行するのは、胃弱で口が悪いけれど、なんだかんだと過保護に世話を焼いてくれるイケメン監察官。
(案外、悪くない人生になるかもしれないわね)
セリアは、ふわりと香るブランケットの温もりに包まれながら、これから始まる新しい生活に密かな期待を膨らませていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
冤罪で婚約破棄されたセリアですが、前世の社畜薬剤師の記憶を取り戻したことで、すっかり吹っ切れたようです(笑)
そして、監視役のヘタレ法務監察官・クロード。口では文句ばかり言っていますが、すでに過保護の片鱗が見え隠れしていますね!
次回はついにポポロ村に到着!
そして、あの「コテコテの関西弁を喋る、金の亡者なツンデレ猫耳商人」が登場します! セリアのチートスキルが火を噴き、村の経済が動き出しますのでお楽しみに!
「セリアを応援したい!」「クロードの過保護っぷりがもっと見たい!」「ざまぁ展開が楽しみ!」と思っていただけましたら……
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(※皆様の応援ポイントが、本当に、本当に作者の胃薬になります……!)
引き続き、セリアたちの痛快なスローライフ&リーガルざまぁをお楽しみください!




