莫大な賠償金と過去への決別。法と経済の完全包囲網で、傲慢な獣たちに引導を渡します
莫大な賠償金と過去への決別。法と経済の完全包囲網で、傲慢な獣たちに引導を渡します
ポポロ村の郊外、なぎ倒された森の木々の中心。
キャルルの放った『超電光流星脚』の直撃を受け、文字通り星となったレオンハート獣人王国・近衛騎士団の面々は、太い魔導縄とクロードの氷魔法によって、一人残らず簀巻き(すまき)状態にされていた。
「う、ぐぅ……。ば、馬鹿な……我らレオンハートの精鋭が……たった二人の人間に、手も足も出ず……」
全身の骨がきしむ痛みに顔を歪めながら、騎士団長ガルドがようやく意識を取り戻した。
彼の自慢だった白銀の重鎧はひしゃげ、もはや見る影もない。
「お目覚めですか、ガルド団長。いや、今は『三か国協定違反および広域テロの実行犯』と呼ぶべきですね」
見下ろす視線。
そこには、分厚い書類の束を片手に持ったクロードが、絶対零度のように冷ややかな目を向けて立っていた。
「き、貴様ぁ……! 帝国の役人風情が、他国の騎士団長をこのように拘束して、ただで済むと思っているのか! 我が国が黙ってはいないぞ!」
「ええ、黙っていないでしょうね。ただし、それは私に対してではなく、あなたに対してです」
クロードはバインダーをめくり、淡々と宣告を開始した。
「先ほど、我がルナミス帝国の法務省を通じ、レオンハート獣人王国の王室へ『正式な抗議文』と『損害賠償請求書』を魔導通信にて送付いたしました」
「そ、損害賠償だと?」
「ええ。ポポロ村への不法侵入、市民への殺人未遂、そして違法魔導兵器の持ち込みによる協定違反。……これらに対する違約金と慰謝料、ならびに村の修繕費を合わせた総額は、金貨10万枚になります」
「じゅっ、十万枚だと!? ふざけるな! そんな国家予算レベルの金、払えるわけがないだろう!」
ガルドが目をひん剥いて絶叫する。
「払えまっせ。というか、払わなアカン状況になっとるんやわ」
クロードの横から、カチャカチャと小気味良い音を立てて、ニャングルが極悪な笑みを浮かべて顔を出した。
「ワイらゴルド商会はな、お前らがこの村に牙を剥いた瞬間から、獣人王国への『特効薬』と『お弁当』の輸出を全面ストップさせとる。その影響で、今頃お前らの国の前線部隊は、薬切れと空腹で大パニック(暴動寸前)や」
「なっ……!?」
ニャングルは愛用の魔導黒檀算盤をガルドの鼻先に突きつけた。
「お前らの王室には、さっきワイのルートから『ガルド団長の独断専行により、ポポロ村との取引が停止された。賠償金を払えば再開を検討する』って通達しといたで。……今頃、王様はお前の首を差し出してでも、ワイらとの取引を再開したがっとるはずやなぁ」
ガルドの顔から、完全に血の気が引いた。
武力で敗北しただけでなく、国家間の【法】と【経済】の包囲網によって、彼は祖国からも完全に見捨てられる(トカゲの尻尾切りにされる)状況を作り出されていたのだ。
「あ、ありえん……。こんな辺境の村に、そこまでの力があるはずが……!」
「ありますとも。ここには、私の守るべき『理不尽を許さない法』があり……そして」
クロードが視線を送った先。
「……ガルド団長。もう、諦めて」
セリアと手を繋ぎながら、ウサギ耳の村長――キャルルが静かに歩み寄ってきた。
彼女の瞳には、かつて国にいた頃のような怯えや、王族としての虚勢はない。ただ、己の大切なものを守り抜いた強さと、過去への決別だけが宿っていた。
「で、殿下……。目を覚ましてください。貴女の居場所は、こんな下民の村ではない! 王室に戻り、国のための『剣(道具)』として生きることこそが、貴女の使命……!」
「違うよ」
キャルルは、はっきりと首を横に振った。
「私の居場所は、ここにある。私を『便利な道具』としてしか見ないお父様やあなたたちとは、もう二度と会うつもりはないの」
キャルルは隣に立つセリアの手を、ギュッと強く握りしめた。
「セリアさんはね、私が血を吐いて魔法を使った時、本気で怒って、泣いてくれたんだよ。私の力なんてどうでもよくて、ただ『私自身』が傷つくことを悲しんでくれたの。……あなたたちには、そんな優しさは一生理解できないでしょ」
「セリア嬢に手を出そうとしたこと、それがあなた方の最大の過ちでしたね」
クロードが冷たく言い放つ。
「彼女の優しさを理不尽に踏みにじる輩は、私が。そして、この村長が絶対に許さない。……さぁ、お迎えが来ましたよ」
空からバサバサと羽音を立てて、ルナミス帝国の法務省が派遣した『移送用の飛竜部隊』が降り立ってきた。
ガルドたち近衛騎士団は、抵抗する気力すら完全に打ち砕かれたまま、飛竜の檻へと押し込まれ、莫大な賠償金という借金を背負って本国へと強制送還されていった。
◇◇◇
「ふぅ……。これでようやく、報告書がまとめられます」
『セリア薬局』のカウンターで、クロードが山積みの書類を前に深いため息をついた。
「お疲れ様です、クロード様! キャルルさんも、ニャングルさんも!」
セリアが、とびきりの笑顔とともに、テーブルに湯気を立てる大皿を運んできた。
「今日は皆さんが村を守ってくれたお祝いに、特別メニューの『月見大根の煮込みハンバーグ』と、ハニーかぼちゃの冷製スープです! デザートには、人参のパウンドケーキも焼きましたよ!」
「わぁぁっ! セリアさんの手料理だぁー!」
キャルルがウサギ耳をピンと立て、目をキラキラと輝かせた。
「私、セリアさんのご飯毎日食べたい! もう一生、セリアさんのお世話になっちゃおっかなー!」
キャルルは隙あらばセリアの腕に抱きつき、スリスリと頬を擦り寄せる。彼女のセリアへの『ヤンデレ親愛度』は、先の戦いを経て限界を突破していた。
「あはは、キャルルさんったら。ご飯ならいつでも作ってあげますよ」
セリアが優しく頭を撫でると、向かいの席で書類整理をしていたクロードが、ピタッとペンの動きを止めた。
「……セリア嬢。帝国労働基準法において、特定の人物に対する過剰な食事提供は、あなた自身の労働負荷(負担)を高めることになります。それは村長であっても推奨されません」
クロードが、どこか不機嫌そうな、ムスッとした声で口を挟んだ。
「あ、クロード様。もしかして、胃の調子がまた悪くなりましたか?」
「いえ……胃は大丈夫ですが。なんとなく、胸のあたりがモヤモヤすると言いますか……」
クロード自身、この『モヤモヤ』の正体が何なのか分かっていない。
ただ、自分が命懸けで守ったセリアが、キャルルばかりを甘やかしている光景を見ると、どうしても理屈をつけて間に割って入りたくなってしまうのだ。
「ふんっ。監査官さん、ヤキモチ焼いてるんでしょ? 心音が『俺のセリア嬢が……』ってドックンドックン言ってるよ!」
キャルルがニシシと悪戯っぽく笑いながら、クロードを指差した。
「なっ……!? や、ヤキモチなどという非合理的な感情、私が抱くはずがありません! 私はただ、法務省として適切な労働環境を……っ!」
図星を突かれたクロードが、耳の先まで真っ赤にして早口で弁明を始める。
そんな純情で不器用なクロードを見て、セリアの胸の奥がきゅんと甘く締め付けられた。
(クロード様……本当は少し、寂しかったのかな。ふふっ、可愛いところもあるのね)
セリアはクスッと笑うと、クロードの前に、特別に大きく切ったパウンドケーキと、彼専用のハニーかぼちゃの紅茶をそっと置いた。
「クロード様。今日、私のために剣を抜いて立ち向かってくれたこと……本当に、嬉しかったです。クロード様の気高い背中、すごく頼もしくて……私、ますます……その」
セリアは両手で頬を押さえ、恋する乙女の顔で上目遣いにクロードを見つめた。
「……ずっと、私のお側にいてくださいね?」
「~~~~~~っ!!」
クロードの顔が、今度こそ爆発したように真っ赤に染まった。
彼は両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏した。
「い、胃が……! なぜか急激に、心臓と胃が同時に痛くなってきました……っ! 薬、セリア嬢、胃薬を……」
「あっ、ごめんなさい! 今お水持ってきますね!」
「ちょっとー! セリアさんは私の親友なんだから、抜け駆けは禁止だよ、監査官さん!」
慌てるセリアと、本気で照れて胃痛を起こすクロード、そしてクロードを牽制するヤンデレウサギのキャルル。
「ほんま、この店は動物園より賑やかやで……。ま、ワイはしっかり儲けさせてもらうけどな」
一人でハンバーグを頬張りながら、ニャングルが呆れたように笑う。
過去の因縁を断ち切り、新たな『家族』を迎えたポポロ村。
三か国の緩衝地帯という理不尽な世界にあって、この『セリア薬局』だけは、今日も甘くて、騒がしくて、最高に幸せな時間が流れていた。
読んでいただきありがとうございます。
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