自己犠牲のヒーラーと、元・社畜の説教。あなたを泣かせる人は、あなた自身でも許しません!
自己犠牲のヒーラーと、元・社畜の説教。あなたを泣かせる人は、あなた自身でも許しません!
ポポロ村の郊外に広がる、豊かな緑に囲まれた静かな森。
その日、セリアは薬局の在庫を補充するため、一人で森の入り口付近を散策し、薬草の採取を行っていた。
「わぁ、今日の陽薬草はとっても元気! これなら、クロード様のための特製胃薬が最高品質で作れそう……ふふっ」
籠の中に薬草を摘み入れながら、セリアは自然と笑みをこぼした。
頭に浮かぶのは、いつも理屈ばかり並べながらも、いざという時は誰よりも頼りになる、少し胃弱でプラチナブロンドの青年の顔だ。
(あんなにかっこいいのに、どうしてご本人は無自覚なのかしら。……でも、そういう不器用なところも、素敵なんだけど)
セリアが一人で頬を染めていた、その時だった。
「ゲホッ……コホッ、はぁっ、はぁっ……」
森の奥から、ひどく苦しそうな、血を吐くような咳き込み声が聞こえてきた。
「えっ……? 今の音、もしかして誰か倒れているの!?」
セリアは慌てて籠を置き、声がした茂みの奥へと駆け出した。
そして、信じられない光景を目の当たりにした。
「大丈夫……大丈夫だよ。私が、全部治してあげるからね……」
そこには、新しく村長になったばかりのウサギ耳の少女、キャルルの姿があった。
彼女の足元には、森の浅い階層に迷い込んだ魔物に襲われたのか、ひどい裂傷を負って意識を失っている若い旅人の男が倒れている。
キャルルは男の傷口に両手をかざし、その手から神々しい白銀の光——月兎族特有の治癒魔法『月光の加護』を放っていた。
旅人の傷は、光を浴びるごとにみるみると塞がり、顔色も良くなっていく。
しかし、その代償はあまりにも残酷なものだった。
「ゲホッ……っ!」
キャルルが咳き込むたび、彼女の口から鮮血がこぼれ落ち、地面を赤く染めていく。
彼女の顔色は死人のように蒼白で、ラフなパーカーも自身の吐血で真っ赤に汚れていた。
月兎族の治癒能力は極めて強力だが、それは自身の生命力を削って対象に注ぎ込む、文字通りの『自己犠牲』の魔法だったのだ。
「キャルルさんっ!!」
セリアは悲鳴を上げ、キャルルの元へと駆け寄った。
「あ……セリアさん。ちょうど良かった、この旅人さん、もうすぐ治るから……」
「何を言っているんですか! やめて、今すぐ魔法を止めてください!」
セリアはキャルルの両手を強く掴み、強制的に魔法を中断させた。
旅人はすでに完全に治癒し、安らかな寝息を立てているが、キャルルはその場にガクンと膝をついてしまった。
「なんで止めるの……。私は月兎族で頑丈だから、これくらい平気だよ? それに、私は村長なんだから……村のみんなや、困っている人を助けるのが仕事でしょ? 私の痛みなんて、どうでも……」
キャルルが自嘲気味に笑った、その瞬間。
「どうでもいいなんて、絶対に言わないでください!!」
セリアの痛切な叫びが、森に響き渡った。
キャルルは驚いて目を丸くした。いつもふわふわと優しく、怒ったところなど一度も見たことがなかったセリアが、ポロポロと涙を流しながら、本気で怒り、キャルルの肩を強く揺さぶっていたのだ。
「自分の命を削って、自分が血を吐いて……それで誰かを助けて、何が残るんですか! あなたが倒れてしまったら、誰があなたを助けてくれるんですか!!」
セリアの脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックしていた。
ブラックな薬局で、患者のため、会社のためだと自分に言い聞かせ、身を粉にして働き続けた日々。睡眠を削り、食事を抜き、最後は誰にも看取られることなく、一人孤独に過労死した。
自分を大切にしない優しさは、結局は自分自身を壊し、周囲に悲しみしか残さないのだと、セリアは痛いほど知っていた。
「あなたは村長である前に、一人の女の子です! 自分の体を傷つけてまで得られる平和なんて、私は絶対に認めません! ……キャルルさんを泣かせる人は、たとえキャルルさん自身であっても、私が許しません!!」
セリアは泣き崩れながら、血で汚れるのも構わず、キャルルの体をギュッと強く抱きしめた。
「生きて……自分を大切にしてください……。私、キャルルさんに死んでほしくない……っ」
「セリア、さん……」
キャルルは、呆然としたまま、セリアの胸の中でその『心音』に耳を澄ませた。
トクン、トクン、トクン。
激しく波打つ心音からは、ただ純粋な『怒り』と、身を裂くような『悲しみ』。そして何より、キャルルという一人の人間の命を、世界の何よりも大切に想う、深い慈愛の鼓動だけが響いていた。
(……ああ、そっか)
キャルルは理解した。
祖国の王族たちは、キャルルの力を「便利な道具」としてもてはやした。
けれど、目の前でボロボロと泣いているこの人は違う。
キャルルの力や肩書きなんてどうでもよくて、ただ「私が傷つくこと」を本気で怒って、泣いてくれているのだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁん!! ごめんなさい、セリアさぁぁんっ!!」
キャルルは子供のように声を上げて泣きじゃくり、セリアの背中にしがみついた。
今まで誰にも頼らず、一人で立たなければと『自助論』を心に刻んで生きてきた彼女の孤独な鎧が、セリアの打算なき優しさと本気の説教によって、完全に溶かされた瞬間だった。
(セリアさん……大好き。私、この人のためなら、なんだってする。絶対に、誰にも渡さない……!)
涙を流しながらも、キャルルの背後には、以前にも増してドス黒く、そして極めて純度の高い『ヤンデレ親友オーラ』がメラメラと立ち昇り、完全にカンストしていた。
「——全く。少し目を離した隙に、村のトップが労働基準法違反の極みである『自己犠牲労働』を行っているとは。私の胃に穴を開ける気ですか」
背後から、氷のように冷たく、けれどどこか呆れたような声が降ってきた。
振り返ると、法務省の分厚いファイルを手にしたクロードが立っていた。
「クロード様!」
「村長が失踪したという報告を受けて、血相を変えて探しに来てみれば……やれやれですね。セリア嬢、離れなさい。あなたの服まで血まみれになりますよ」
クロードはスタスタと歩み寄ると、倒れている旅人を一瞥し、背後に控えていたマンミアたち自警団に指示を出した。
「この旅人は村の診療所へ。……そしてキャルル村長。あなたは直ちに職務から離脱し、強制休養に入りなさい。次に自分の命を削るようなマネをしたら、帝国法における『自傷行為および行政機能妨害』で逮捕しますからね」
冷徹な言葉を並べながらも、クロードはキャルルの血まみれの口元を、綺麗なハンカチで乱暴に、だが確実に拭ってやった。
「……はい。ごめんなさい、監査官さん」
キャルルが素直に頷くと、クロードは「はぁ」と深いため息をつき、今度はセリアの方を向いた。
「あなたもです、セリア嬢。こんな森の奥まで護衛もつけずに一人で来るなんて、危険すぎます。もしあなたに万が一のことがあったら、村の税収が……いえ、法務省の報告書が……っ、ああ、胃が痛い……!」
クロードは片手で胃を押さえ、いつものようにブツブツと理屈を並べてそっぽを向いた。
しかし、セリアには分かっていた。
彼が本当に心配していたのは、税収でも報告書でもなく、セリア自身のことなのだと。
「ごめんなさい、クロード様。でも、駆けつけてくれて、本当にありがとうございました」
セリアが上目遣いで、心からの尊敬と恋心を込めて微笑むと、クロードはビクッと肩を揺らし、耳を真っ赤に染めてさらにそっぽを向いた。
(ああ……クロード様、やっぱり素敵。怒っていても、最後は必ずみんなを助けてくれるんだもの)
セリアの分厚い『恋する乙女フィルター』は、今日も絶賛稼働中である。
しかし、セリアに抱きついたままのキャルルだけは、クロードの様子をジト目で観察し、彼の心音を正確に読み取っていた。
(この監査官……口では理屈ばっかり言ってるけど、心臓の音、セリアさんの前だとドックンドックンうるさいじゃん。……完全にセリアさんのこと好きでしょ。でも、セリアさんは『私の』親友だからね! 簡単に渡したりしないんだから!)
鈍感で不器用な氷魔法剣士と、激重ヤンデレのウサギ耳村長。
セリアを巡る、胃が痛くも微笑ましい(?)牽制の火花が、静かに散り始めていた。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、キャルルの『自己犠牲のヒーラー』というヤバい秘密が発覚しました。
自分が血を吐いても人を助けようとするキャルルに、前世で過労死したセリアが本気のお説教!
「あなたを泣かせる人は、あなた自身でも許さない!」
この言葉と、打算のない心音を聞いたキャルルは、セリアへのヤンデレ親愛度が完全にカンストしました! これで一生モノの『大親友』確定です。
そして、美味しいところでやってきて的確に事後処理をするクロード。相変わらず理屈と胃痛を言い訳にしていますが、セリアへの想いはキャルル(心音探知機)にはバレバレのようです(笑)。
セリアを巡る、クロードとキャルルの静かなバチバチ感も、第二章の隠れた見所になりそうです!
次回、いよいよ月に一度の【満月】が訪れます。
月兎族の血が騒ぎ、キャルルの抑えきれないハイテンションがポポロ村と三か国の軍隊に大パニックを引き起こす!? ギャグ回全開の第4話をお楽しみに!
「セリアのお説教に泣いた!」「キャルルのヤンデレ化最高!」「クロード、心音でバレバレ(笑)」
と思っていただけましたら……!
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皆様の星(評価)が、キャルルの失われた血液(体力)を補う最高のポーションになります!
引き続き、大波乱の第4話もご期待ください!




