嘘を見抜く心音探知機と、甘い飴玉。ウサギ耳の新村長は、私に激重な友情を抱いたようです
嘘を見抜く心音探知機と、甘い飴玉。ウサギ耳の新村長は、私に激重な友情を抱いたようです
「——ちょっと待った。お前、今すっごい嘘ついたでしょ!」
ポポロ村の中央広場に、キャルルの元気でよく通る声が響き渡った。
「な、なんのことだ!? 俺はただ、この『万能の霊薬』を村の皆さんに特別価格の金貨1枚で譲ってやろうと……!」
「嘘だね! あんたが『万能の霊薬』って言った瞬間、心臓の鼓動がドクンッて跳ね上がったよ! 月兎族の耳を舐めないでよね!」
キャルルは自身の頭に生えた大きなウサギ耳をピンと立て、胡散臭い行商人の男をビシッと指差した。
月兎族は、獣人族の中でも極めて鋭い聴覚と嗅覚を持つ。特にキャルルは、人間の微細な『心音』の乱れを正確に聞き取り、相手が嘘をついているかどうかを100%の精度で見抜くことができる、まさに『歩く心音探知機』だった。
「ひっ……! け、獣人のガキが適当なことを……!」
「適当じゃない証拠を見せてあげるよ。ほら!」
キャルルは履いていた特注の安全靴(ポポロ村のタローマンで購入したスチールトゥ仕様)で、ドンッ! と地面を強く踏み鳴らした。
それだけで、地面にピキピキとヒビが入り、行商人の荷車がガタッと揺れた。その衝撃で、荷車に隠されていた『ただの色水』の空き瓶がガラガラと転がり落ちる。
「ああっ!? し、しまった……!」
「はい、詐欺未遂の現行犯! 村の自警団さん、この人連れてってー!」
キャルルが明るく指示を出すと、マンミア率いる自警団がササッと行商人を連行していった。
周囲で見ていた村人たちからは、「おおーっ!」「新しい村長さん、すごいぞ!」「一瞬で悪徳商人を見抜いた!」と割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「えへへ、これくらい余裕だよ! みんな、困ったことがあったら何でも私に言ってね!」
キャルルはラフなパーカーの袖をまくり上げ、照れくさそうに笑いながら手を振った。
その様子を、『セリア薬局』の窓から眺めていたセリアは、感嘆の吐息を漏らした。
「すごいです……。キャルルさん、村長になってまだ数日なのに、村の揉め事や外部からの怪しいスパイを、あんな風に次々と解決しちゃうなんて」
「……ええ。私の見立て通り、極めて優秀な人材でしたね」
セリアの隣で、クロードが温かい陽薬茶をすすりながら同意した。
「彼女の心音感知能力は、村の治安維持において法務省の尋問以上の効率を叩き出しています。おかげで、私の書類仕事(主に始末書)も劇的に減りました。やはり、あの場で彼女を村長に任命したのは、我ながら合理的かつ完璧な采配でしたね」
クロードが真顔で自画自賛するのを聞いて、セリアはパァッと顔を輝かせた。
(クロード様、やっぱりすごい! パッと見ただけでキャルルさんの才能を見抜いて、村のために完璧な配置をするなんて……! 厳しいお顔でお仕事するクロード様、本当に素敵……!)
セリアの瞳には、またしても分厚い『恋する乙女フィルター』がかかっていた。
クロードが単に「自分の胃痛と残業を減らすため」にキャルルを村長に仕立て上げただけだという事実に、彼女は全く気付いていない。むしろ、その冷徹なまでの決断力にすらトキメキを感じてしまっているのだ。
カランコロン!
「ふぅーっ、疲れたぁー!」
噂の主であるキャルルが、薬局の扉を開けて入ってきた。
村人たちの前では元気に振る舞っていたが、さすがに慣れない村長業務と、外部からの胡散臭い連中の対応で疲労困憊のようだ。
「キャルルさん、お疲れ様です! 今日も村のために頑張ってくれて、本当にありがとうございます」
セリアはすぐにカウンターから出て、キャルルを労うように微笑みかけた。
「あ、セリアさん……。ううん、私なんてまだまだだよ。元々、国ではお城の奥で退屈してただけだし……」
キャルルは少し自嘲気味に笑った。
レオンハート獣人王国の第三姫君。
その希少な月兎族の能力と愛らしい容姿から、彼女は常に「国の宝」「政略結婚の道具」として扱われてきた。近づいてくる人間は皆、彼女の身分や能力を利用しようとする者ばかり。キャルルが『心音』で嘘を見抜けるようになったのも、そうした周囲の欲望渦巻く環境で生き抜くための防衛本能だった。
だからこそ、キャルルは国を捨て、自由を求めて冒険者になったのだ。
(この村の人たちは温かいけど……でも、やっぱり『村長』っていう肩書きがあるから、みんな私を頼ってくるんだよね)
ふと、心の奥に小さな孤独を感じたキャルルの前に。
「はい、これどうぞ」
セリアが、そっと手のひらを差し出した。
そこに乗っていたのは、キラキラと宝石のように輝く、小さなオレンジ色の飴玉だった。
「えっ……これ、飴?」
「はい! 私のお手製です。ハニーかぼちゃと、甘く煮詰めた人参の果汁をたっぷり使ったキャンディなんですよ。脳が疲れた時は、甘いものを舐めるのが一番ですから!」
セリアは【ドラッグストア工房】の技術を応用して作った特製の飴玉を、キャルルのパーカーのポケットにコロンといくつか押し込んだ。
「セリア、さん……」
キャルルは目を丸くして、目の前で微笑むセリアを見つめた。
そして、無意識に彼女の『心音』に耳を澄ませる。
トクン、トクン、トクン。
(……え?)
キャルルは息を呑んだ。
セリアの心音からは、打算も、計算も、姫君に対する阿諛追従も、村長に対する過度な期待も、一切聞こえてこなかった。
ただただ純粋に、「目の前で疲れている女の子を癒やしてあげたい」という、ぽかぽかと温かい、お日様のような優しい鼓動だけが響いていたのだ。
「あの、お口に合いませんでしたか? ウサギさんだから、人参味なら喜んでくれるかなって思ったんですけど……」
セリアが少し心配そうに首を傾げる。
「ううんっ! 違うの!」
キャルルは慌てて飴玉を一つ口に放り込んだ。
ハニーかぼちゃの優しい甘さと、人参の豊かな風味が、口いっぱいに、そして疲れた心にじんわりと染み渡っていく。
「……美味しい。すっごく、美味しい」
キャルルの大きな瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ!? キャ、キャルルさん、どうして泣いているの!?」
「わ、わかんないけど……セリアさんが、あんまりにも優しくて……ズルいもんだから……っ」
これまで、どれだけ頑張っても「姫君だから当然」としか言われなかった。
けれど目の前のこの人は、キャルルを「一人の女の子」として労い、打算のない心で甘やかしてくれたのだ。
キャルルは涙を拭うのも忘れ、セリアにガバッと抱きついた。
「セリアさん……! 私、決めたよ! セリアさんは、今日から私の『大親友』だかんね!」
「わわっ、キャルルさん? ええと、私もお友達になれて嬉しいですけど……」
「ううん、ただの友達じゃない! 私が一生かけて守り抜く、運命の親友だよ! もしセリアさんを泣かせるような奴がいたら、私のこの安全靴で、顎の骨から粉砕してあげるからね!!」
キャルルはセリアを力強く抱きしめながら、背後にドス黒い(しかしセリアへの愛に満ちた)ヤンデレ気質のオーラを立ち昇らせた。
「あ、あはは……顎の骨は粉砕しなくていいからね?」
セリアはキャルルの激重な愛情表現に少し戸惑いながらも、その背中を優しくポンポンと撫でてあげた。
「……セリア嬢。帝国労働基準法においては、就業時間中の過度なスキンシップは業務の妨げになります。……まぁ、村のトップの精神安定に寄与するなら、今回は目を瞑りますが」
クロードが書類から目を離さずにチクリと小言を言うが、その声色もどこか呆れと安堵が混じっていた。
こうして、ポポロ村にやってきた訳ありのウサギ耳村長は、セリアの打算なき優しさに完全に心を撃ち抜かれ、彼女に『激重な親愛』を誓うことになった。
それは同時に、のちに村を襲う様々な理不尽に対し、最強の用心棒(ヤンデレ親友)が誕生した瞬間でもあった。




