満月パニック! 暴走するうさぎ村長と、胃薬をあおる監査官。三か国の軍隊が地獄の健康指導を受けています
満月パニック! 暴走するうさぎ村長と、胃薬をあおる監査官。三か国の軍隊が地獄の健康指導を受けています
その夜、ポポロ村の夜空には、雲一つない見事な『満月』が浮かんでいた。
「わぁ……。まん丸で、とっても綺麗なお月様ですね」
『セリア薬局』の二階リビング。夕食を終えたセリアは、窓から差し込む明るい月光を見上げてうっとりと呟いた。
「ええ、そうですね。月明かりのおかげで、夜間の書類仕事も捗ります」
テーブルでは、クロードが相変わらずしかめっ面で法務省の書類の山と格闘している。
そしてその向かいでは、新しく村長となったキャルルが、セリアの作った人参クッキーをかじりながら、ご機嫌にウサギ耳を揺らしていた。
「ほんとだー、おっきな満月! なんだか体の奥底から、力が湧いてくる気がするよ!」
キャルルが窓辺に歩み寄り、満月の光を全身に浴びて大きく背伸びをした、その時だった。
「……ん? ちょっと待てや」
食後の陽薬茶を飲んでいたニャングルが、ピタッと手を止めた。
「ワイ、昔どっかの行商人から聞いたことあるで。獣人族の中でも最上位種である『月兎族』は、満月の光を直接浴びると、血が騒いでとんでもないことになるって……」
ニャングルが嫌な汗を流しながら呟いた瞬間。
ピクッ、と。
キャルルのピンと立っていたウサギ耳が、異常な速度で痙攣し始めた。
「キャルルさん? どうしたの?」
セリアが首を傾げる。
キャルルがゆっくりと振り返った。その瞳は、普段の愛らしいものから、爛々と輝く凶悪な『捕食者』のそれに変わっていた。
「……力が、溢れる。ドーパミンが、ドバドバ出てる……!」
「キャ、キャルル殿?」
クロードも異変を察知し、ペンを置いた。
「ハァ、ハァ……。みんな、疲れてる! 世界中のみんなが、不健康で疲れてる! 私が、私が全員を元気にしてあげなきゃァァァァッ!!」
ドンッ!!
凄まじい爆発音が響いたかと思うと、キャルルの姿がリビングから掻き消えた。
いや、消えたのではない。
彼女が履いていたタローマン製の特注安全靴が床を蹴り砕き、窓から飛び出していったのだ。
その速度、なんと『マッハ1』。
音速を超えた突進によって生じた衝撃波で、薬局の窓ガラスがビリビリと激しく震えた。
「な、なんや今の音速のウサギは!?」
ニャングルが目をひん剥いて叫ぶ。
「キャ、キャルルさんが飛んでいっちゃいました! クロード様、どうしましょう!?」
「落ち着きなさい、セリア嬢。すぐに警備隊に連絡を……っ!」
クロードが慌てて魔導通信石を起動しようとした、まさにその時。
通信石が、狂ったように点滅し、大音量で着信音を鳴らし始めた。
クロードが応答ボタンを押すと、通信石の向こうから、ルナミス帝国軍・国境警備隊の悲痛な叫び声が飛び出してきた。
『た、助けてくれぇぇぇっ! 謎のウサギ耳の魔人が、マッハの速度で駐屯地にカチコミをかけてきたァッ!!』
「なっ……なんだと!? 状況を報告しなさい!」
『「たるんでるぞお前らァ!」とか叫びながら、安全靴で俺たちを空高く蹴り飛ばして……そ、その直後に、神々しい光で【完全回復】させてくるんだ! 顎を粉砕されたのに一瞬で治って、また蹴り飛ばされて……っ! 痛いのに最高に体が軽くて、もう訳が分からないよぉぉぉっ!!』
「……………………は?」
クロードが絶句していると、今度は別の回線が割り込んできた。レオンハート獣人王国の駐屯地からだ。
『こちら第7部隊! 雷を纏ったウサギが突っ込んできた! 「月影流・乱れ鐘打ち」とかいうヤバい回し蹴りで部隊が全滅……いや、なんか骨折もヘルニアも全部治ってる!? なんだこれ、すげぇ健康だ! ありがとうございます大姉御ォォォッ!!』
さらに、アバロン魔皇国の駐屯地からも。
『ひぃぃっ! 魔族の分厚い装甲ごと、トンファーで内臓を粉砕された……はずなのに、肩こりも消えてお肌がツルツルに!? 痛い! けど嬉しい! 痛い! 嬉しい! 地獄と天国の無限ループだぁぁぁっ!』
通信石から次々と響いてくる、三か国の屈強な兵士たちの阿鼻叫喚と、謎の感謝の叫び。
ポポロ村の周囲を取り囲む三つの軍隊が、たった一人の「ハイテンションになったウサギ耳の村長」によって、文字通り蹂躙(健康指導)されていた。
「………………」
クロードは、無言で通信石の電源をプチッと切った。
「ク、クロード様? 外がすごい爆発音と悲鳴でいっぱいですけど、キャルルさんを止めに行かなくていいんですか!?」
セリアがオロオロとしながらクロードの袖を引く。
「……帝国法第142条『傷害罪』、および同第58条『医師免許を持たない者による医療行為』。さらに、三か国協定違反に、軍事施設への不法侵入……」
クロードは虚ろな瞳でブツブツと法律の条文を暗唱し始めた。
「あの監査官、現実逃避しとるで」
ニャングルが呆れ顔でツッコミを入れる。
「止めに行く? マッハ1で移動しながら、軍隊を物理で粉砕し、即座に完全回復させる無限の永久機関を、一体誰がどうやって物理的に制圧しろと言うんですか。……無理です。私の胃壁の耐久度が、限界を超えました」
クロードはゆっくりと椅子に座り直すと、懐からセリア特製の『超強力・胃腸薬』を取り出し、水も飲まずにボリボリと噛み砕いて飲み込んだ。
そして、窓の外でピカッと紫電の雷光(超電光流星脚のエフェクト)が瞬き、兵士たちの「ありがとうございます大姉御ォォッ!」という絶叫が響くのを、完全に悟りを開いたような遠い目で眺め始めた。
「クロード様……!」
そんな完全に制止を諦め、職務を放棄(現実逃避)しているヘタレ監査官の姿を見て、セリアはパァァッと顔を輝かせ、両手を胸の前で組んだ。
(すごいわ……! 普通ならパニックになって飛び出していくところを、クロード様は『今こちらから介入しても、事態をより混乱させるだけだ』と冷静に分析して、あえて静観するという完璧な指揮官としての判断を下したのね! なんて冷静で、頼もしいお方なのかしら……!)
セリアの分厚い『恋する乙女フィルター』は、満月の夜も絶好調だった。
クロードが単に「あんなバケモノウサギに関わったら死ぬ(胃が)」と完全にサジを投げただけだという事実に、彼女は微塵も気付いていない。
「……まぁ、セリアのねーちゃんが無事なら、ワイはええけどな」
ニャングルは算盤を弾きながら、窓の外の惨状を見てニヤリと笑った。
「それにしても、あのアホ村長……暴れ回りながらも、絶対にポポロ村の中や、セリアのねーちゃんには被害が及ばんように、器用に村の外(軍隊の駐屯地)だけでヤキ入れとるわ。どんだけねーちゃんのこと好きやねん」
ニャングルの言う通りだった。
キャルルは満月ハイで理性を飛ばしながらも、「私の大切なセリアさん(と、セリアさんの村)に近づく不健康な輩は、私が全員シメて健康にしてやる!」という、ヤンデレ気質と防衛本能をフル稼働させて暴れ回っているのだ。
「ふふっ。キャルルさん、村の周囲のパトロールをしてくれているんですね。とっても働き者の村長さんですね」
セリアがニコニコと微笑む。
「……セリア嬢。あなたのその、底抜けの善意とポジティブな解釈が、一番のチートかもしれませんね」
クロードが胃を押さえながら、力なく呟いた。
こうして。
三か国の軍隊にとって、死ぬほど痛くて最高に健康になれる『恐怖の満月(ヤキ入れ日)』の夜は、ひたすらに更けていくのだった。
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに来ました、キャルルの『満月ハイ』発動!
マッハ1の速度で三か国の駐屯地にカチコミをかけ、「たるんでるぞ!」と物理で粉砕しながら即座に完全回復させる地獄と天国の無限ループ。
兵士たちから「大姉御!」と叫ばれるカオスな地獄絵図が完成しました(笑)。
そして、そんな化け物を前に「法律」も「武力」も通じないと悟り、早々に胃薬をあおって現実逃避するクロード。
さらに、それを見て「冷静な判断力! 素敵!」と解釈してしまうセリアの分厚すぎる恋心フィルター。この三人の噛み合っていないコント、作者も書いていて最高に楽しいです!
次回、暴走の翌朝。
正気に戻ったキャルルを待っていたのは、ヤキを入れられて完全にドM覚醒した兵士たちからの「大量の貢物」でした!
そして、ギャグの裏で静かに忍び寄る、レオンハート獣人王国(祖国)からの不穏な影……。
「キャルルのカチコミ面白すぎ!」「クロードの現実逃避ワロタ」「セリアのフィルター、もう誰も止められない(笑)」
と思っていただけましたら……!
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皆様の星(評価)が、クロードの荒れ果てた胃壁を癒す最高の薬になります!✨
引き続き、大波乱の第5話もお楽しみに!




