超経済特区と、甘すぎる日常の始まり。今はまだ、この心地よい距離感を楽しませてください
超経済特区と、甘すぎる日常の始まり。今はまだ、この心地よい距離感を楽しませてください
王太子アルベルトの失脚と、悪徳商会の壊滅から数週間が経過した。
辺境の地であったポポロ村は今、かつてないほどの熱気と活気に包まれていた。
「へっへっへ! 毎度あり! ルナミス帝国軍第4大隊さん、特製マシマシ弁当100食と胃腸薬のセット、一括納品やで!」
「レオンハート獣人王国の方々! こちらの【極楽・冷感湿布】、ただいままとめ買いで10%オフですわよ!」
「アバロンの魔族騎士様、ご予約の高級スキンケアセットはこちらに!」
村の中央広場では、ニャングルの指揮のもと、ポポロ村のおばちゃんたちが威勢のいい声を響かせている。
あの一連の事件の後、ポポロ村はルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三か国間における『特別協定』により、いかなる軍事介入も許されない【超経済特区】に認定されたのだ。
最前線で対峙していたはずの三か国の兵士たちは、今や武器を休め、「セリア特製の薬」と「ポポロ村の弁当」を求めて長蛇の列を作っている。
ニャングルが考案した、胃袋とチート薬による完全防衛網——『反脆弱性ビジネス』は、村に莫大な富をもたらすとともに、皮肉にも三か国間の無益な小競り合いを激減させるという平和的貢献まで果たしていた。
「セリア殿! 今日も良い天気だな!」
『セリア薬局』の前に、ピカピカに磨き上げられた銀色の鎧を纏った自警団リーダー・マンミアがやってきた。
彼女の顔からは以前のような深い疲労やコンプレックスの影は消え、引き締まった美しい表情を取り戻している。
「マンミアさん、おはようございます。肩こりの具合はどうですか?」
セリアが笑顔で尋ねると、マンミアは自慢の馬体をパカパカと鳴らしながら胸を張った。
「セリア殿の湿布のおかげで絶好調だ! それに……実は最近、レオンハート王国の狼耳族の将校殿から、『今度、休みの日に背中に乗せてくれないか』とデートに誘われてな……!」
「まぁっ! おめでとうございます、マンミアさん!」
ポッ、と頬を赤らめてはにかむケンタウロス娘の手を取り、セリアも自分のことのように喜んだ。
前世で培った知識と【ドラッグストア工房】の力が、この異世界で生きる人たちの心と体を、確かに癒やし、前へと進む力を与えている。
その事実が、セリアにとって何よりの報酬だった。
「——コホン」
和やかな空気を切り裂くように、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「セリア嬢。患者とのコミュニケーションも大切ですが、帝国労働基準法第34条に基づく『定期的な休息』の時間がやってまいりました。直ちに店を閉め、ティータイムに移行しなさい」
振り返ると、そこにはパリッとした法務監察官の制服——の上に、可愛らしいフリル付きのエプロンを着たクロードの姿があった。
彼の片手には分厚い『六法全書』、もう片手にはおぼんが乗せられており、淹れたてのカモミールティーと、村で採れたリンゴを使った焼き立てのアップルパイから、甘くいい香りが漂っている。
「ふふっ。はい、ただいま戻ります、クロード様。マンミアさんも、パトロール頑張ってくださいね」
「うむ! クロード殿も、セリア殿の警護(と束縛)、ご苦労様だ!」
マンミアがからかうように笑って去っていくと、クロードは「誰が束縛ですか……」と小さくぼやきながら、薬局の看板を『準備中』に裏返した。
◇◇◇
薬局の二階、居住スペースのリビング。
窓からポポロ村の賑やかな景色を見下ろすテーブルで、二人は向かい合って座っていた。
「美味しい……! クロード様の焼くアップルパイ、外はサクサクで中はとろとろで、本当に絶品ですね」
セリアが両頬を押さえてうっとりすると、クロードは少しだけ得意げに鼻を鳴らした。
「当然です。あなたの健康と労働意欲を維持するため、分量と焼き時間を法務省の書類作成並みの精度で計算しましたからね」
「もう、すぐにお仕事のせいにするんですから」
セリアはクスッと笑いながら、カモミールティーを口に運んだ。
先の事件で、クロードは『生涯をかけて護り抜きます』と、熱に浮かされたような言葉を口にした。
セリア自身も、魔獣の凶刃から身を挺して守ってくれた彼の背中を見て、確かな恋心を自覚している。
——けれど。
二人の関係は、そこから劇的に『恋人』へと進展したわけではなかった。
「……セリア嬢。口元にパイの屑がついていますよ」
「えっ? あ、本当だ」
クロードが身を乗り出し、長い指先でセリアの唇の端に触れる。
スッと屑を拭い取られた瞬間、セリアの心臓がドクンと大きく跳ね、顔がカッと熱くなった。
クロードの方も、自分の無意識の行動にハッとしたように手を引っ込め、プラチナブロンドの髪の隙間から見える耳を真っ赤に染めている。
「……あ、あの、これは、その。雇用者の身だしなみを整えるのも、監察官の、ええ、重要な職務の一環であって……」
「わ、分かっています。ありがとうございます、クロード様」
視線を泳がせながら法律と職務を言い訳にする不器用な青年と、照れ隠しにカップを見つめるお人好しな令嬢。
それは、明らかに『ただの仕事仲間』や『友人』の境界線を越えている。けれど、『恋人』と呼ぶにはまだ少しだけ距離がある。
甘くて、むず痒くて、触れそうで触れられない——【友達以上恋人未満】の、もどかしい距離感。
(でも、私は今、この距離感がすごく心地いいわ)
前世では仕事に殺され、今世では愛していたはずの婚約者に裏切られた。
急いで答えを出す必要なんてないのだ。
この平和な辺境の村で、彼の淹れてくれたお茶を飲みながら、少しずつ、丁寧に、この温かい関係を育てていけばいい。
「……クロード様」
セリアが顔を上げ、まっすぐに青い瞳を見つめる。
「私、この村に来て、クロード様やニャングルさんに出会えて、本当に良かったです。……これからも、ずっと私の側で、その……『労働時間の管理』を、お願いしてもいいですか?」
セリアなりの、精一杯の好意を込めた遠回しな言葉。
クロードは一瞬目を丸くした後、フッと口元を緩め、この上なく優しく、けれど頼もしい微笑みを浮かべた。
「……ええ、もちろんです。私は法務省の監察官として、この村とあなたの健康を管理する義務がありますからね」
クロードはティーカップを置き、セリアの目を真っ直ぐに見返した。
「だから……あなたも、ずっと私の目の届くところにいてください。あなたが無理をして倒れたりしたら……私の胃に穴が開いてしまいますから」
「ふふっ、はい! 私の特製胃薬、これからも毎日作りますね」
「それは……助かります」
二人の間に流れる、甘くて穏やかな時間。
窓の外からは、ニャングルの「ねーちゃん! 午後の部の営業始めるでー!」という威勢のいい関西弁の声が聞こえてきた。
「さぁ、そろそろ休憩時間終了ですね。労働基準法違反にならないよう、午後の仕事も適度に頑張りましょうか」
「はい、クロード監察官様!」
前世で過労死した社畜薬剤師は、理不尽な理由で辺境へと追放された。
けれどそこには、強欲だけど頼もしい猫耳商人と、胃弱でヘタレだけど『最強』の過保護な騎士が待っていた。
三か国が入り乱れるカオスな経済特区・ポポロ村。
『セリア薬局』の看板娘と、仲間たちのドタバタで痛快な、そして甘すぎるスローライフは、まだ始まったばかりである。
【第一章 完】
第一章、これにて完結となります!
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
最終話はバチバチのざまぁから一転、超経済特区として大繁盛するポポロ村の平和な日常と、クロード&セリアの【友達以上恋人未満】な甘いティータイムをお届けしました。
「生涯護る」と言いながらも、いざとなると「法務省の職務だから」「胃が痛いから」と言い訳をして、なかなか決定的なプロポーズに踏み切れない不器用なクロード。
そして、前世と今世での辛い経験から、焦らずにゆっくりとこの心地よい関係を育てていきたいと願うセリア。
両片思いのむず痒い距離感が、作者としても書いていて一番ニヤニヤしてしまうポイントでした(笑)。
ニャングルの商魂も、マンミアさんの恋路も順調そうで、辺境ポポロ村の未来は明るいですね!
これにて第一章は完結となりますが、セリアたちの辺境スローライフはまだまだ続きます!
次章では新たなチート薬の開発や、三か国のワケありVIPたちのご来店など、さらにドタバタな展開を予定しております。
「二人のむず痒い距離感、最高!」「クロードの言い訳が可愛い!」「第一章完結お疲れ様! 次章も楽しみ!」
と思っていただけましたら……!
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