先輩方の実力
「「黒十字だ!」」
声高に口上を述べる猟犬候補生2人に、黒い服の2人が身構えた。
奥にはうずくまっている、別の黒服。
未登録感染者のうち、被害者役1の現行犯役2といったところか。
現行犯役が顔を見合せた。
その隙を、天花は見逃さない。
訓練より短い射程で、訓練より大きい的に照準を合わせ、引き金を
「待て!」
引けなかった。
いや、物理的には引けたはずだ。
けれど、弾道予測を塞ぐ背中。
「っ先輩!? なにを」
「人質に当たる!」
射線に割り込んだ露払先輩が、信号刀の切っ先でうずくまる人影をさす。
「んな…………っ、私が外すわけ」
「狙撃訓練の授業は1年2学期からだろっ。それに」
現場を注視したまま、先輩は射線から外れていく。ただし刀身で、銃口の延長線上を塞ぎながら。しかも移動についてくる始末だ。背中に目でもついているのか、と天花が思ったときだった。
犯罪感染者役B(便宜上)の服が白く染まった。
知っている。
白くなる瞬間も、唖然とした表情も、天花はすべて見たことがある。それも、つい数カ月前に。
「戦闘不能だと…………どっから」
「遅い」
露払先輩は、すでに肉迫していた。
うなる刀身。
けれど犯罪感染者には当たらない。急所をえぐろうとも避けるのだ。
そして隙あらば、絶死の速さで拳をふるう。
それを先輩は避け、弾き、受け流す。
剣対拳。互角、なのだろう。
だが――――――その判断に天花は自信を持てない。
目で、追えないのだ。
烈しく入れ替わり角度を変える立ち位置、はまだいい。
けれど、この1呼吸の間に先輩は何度攻撃を試みた?
犯罪感染者はいくつの拳を繰り出した?
それらを、先輩はどう対処した?
そもそも、本当にふたりとも空ぶってばかりなのか?
それが、残酷なまでに目で追えない。
こうしている間にも、最初の位置からだいぶ離れてしまっている。
露払先輩の背中に疲れなど見えないし、相手だって先輩の肩ごしに天花を警戒しているほどだ。
せめて、雑魚と思われていれば。
天花が唇をかみしめたとき――――――人影が揺らいだ。
戦っている2人の、さらに向こうだ。
十把先輩が地面を蹴った、のだろう。
駆け寄る、というには大きすぎるジャイアントステップ。
もはや新手の立ち幅跳びかとすら思えてしまう跳躍のついでに、意外と細い腕がうずくまる人を回収した。
そのタイミングで露払先輩が立ち回る。
終始、十把先輩の動きが相手の背後になるように。
靴裏がアスファルトを削る音が、けたたましく響く。
人質を連れて引っ込んだ先は曲がり角。
犯人・被害者、互いに死角。
斬り結んでいた露払先輩が、犯人役に足払いをかける。
単純な動きだ。きっと善良なる一般市民の方々でも避けられる。
でも、数秒前まで剣対拳の戦いに興じていた相手なら?
犯人役の体がアスファルトにめり込む。
攻撃は剣だけ、すべてはその油断ゆえ。
駄目押しに、十把先輩の指を鳴らす音。
露払先輩の信号刀が左右のすねに突き当たる。
これが本物の剣、あるいは刀なら貫通くらいしていただろう。
そして腱を焼き切っていた。
行動不能――――――判定が下る。
刀身を払い、露払先輩が信号刀を鞘におさめた。
「執闘終了――――もう降りていいぞ」
「はーい」
ふわふわした声が降ってきた。
近くの民家、その屋根から千篇先輩が顔を出す。それはもう、ひょっこりと。
「いやー、当たってよかったですー。動く的なんて100回に1回は外すんで、動く前にいけてホッとしましたよ。クソ雑魚エイムですみません」
言っている間に、もう地上に降りている。
「いや、充分すごいさ。俺たちも、それで連携できたんだから。なぁイヅナ」
「そうだね。千篇が隙を作って、露払が時間を稼いで、アタシが人質を助けて、特待生が」
目が合った。
十把先輩の唇が吊り上がる。
あ、と天花の中で警鐘が鳴る。
これは、嫌な嗤いだ。
「なぁーんも、してなかったね」
聞えよがしな指摘。
ここが住宅街だなんてことは、本当にお構いなしだ。
「猟犬から装備を奪ったほどの犯罪感染者を沈めた…………っハハ、そうか、そういうカラクリかい」
心底おかしそうに、十把先輩はただ嗤う。
「知らないみたいだから教えてやるよ。アンタに実力なんてなかった。沈められたのは事実でも、それは相手が油断していたからさ。特待生ってことは分かっても、マジの執闘医にくらべりゃどうってことない…………そう思われたんだろうねぇ」
嘲る声は刺す響きを持ち、やがてねっとりと質感を変えていく。
「……………………ご教示、痛み入ります」
さすがの天花でも、そう答えて一礼するのが精一杯だ。
屈辱に歪む顔など、晒せるものか。
しかも、この屈辱は。
あの実績に実力などなかった、それを1秒でも認めてしまったからだ。
投げ飛ばしたときの感覚も衝撃も、体の動きにいたるまで。すべて覚えている。
間違いなく、あの時点での実力の証明。
――――――本当に?
あの日から今日までも、訓練を欠かさない日はなかった。
なのに、現に犯罪感染者との戦いについていけなかった。
そんな弱者に、猟犬を下せるほどの猛者がどうして負けることができようか。
その解に、天花は気づきたくない。
そんな天花の顔を、十把先輩は両手で包んで見上げさせてくる。
「アンタは強いわけじゃない――――――運がいいだけのメスガキだ」




