試験道中
優等生らしからぬことを思いながら、天花は他のメンバーの後を追う。
校門から一歩外に出れば、そこはもう一般の世界だ。教師に守られるなんて、そんな甘い考えは通用しない。
そんなことは、この試験を受ける全員が承知のことだ。現に井上グループの先輩方は、気を緩めてなどいない。
右を十把先輩が、左を露払先輩がそれぞれ警戒している。猟犬候補生の鼻が探すのは、感染者がもつという香り…………らしいが、天花はどんな香りかなど知らない。優人やつぐみなら分かるのだろうけれど。
千篇先輩はのんびり歩いてる…………ように見えて、指が引き金にかかっている。おまけに真顔だ。
それだけの緊張感。
いくら天花でも気を抜けば、すぐ微笑みなど消え去ってしまうだろう。
いや、こと今回は笑顔など逆効果か。ヘラヘラするな、まじめにやれ的な。
井上執闘医の顔を盗み見ても、表情など読み取れない。無表情でこそないものの、さっきから表情筋が仕事放棄しているようにしか見えないのだ。
なんというか、
「ふぁーあ…………」
瀬戸なんてあくびしている始末だ。
「って、どーしたんですか十把先輩。そんな怖い顔して」
「十把だ!」
噛みつくように叫んで、先輩はすぐ右の警戒に切り替える。
「それより、試験中にあくびだなんていい度胸だな」
嫌味だって視線を合わせようともしない。
そんな先輩を、瀬戸は逆に眺めているくらいだ。
「いやこれ、回診の試験でしょ。なら別によくないすか、ちょっとだらけても」
――――――正気?
さすがの先輩三人も、これにはぎょっとしたらしい。三者三様に、異口同音の責め文句を投げつけている。
当然だ。
そんな怠惰で、不適切きわまりない発言。
天花も、実弾銃を撃ちかけてしまうところだった。
完全アウェイの空気の中、瀬戸は軽く肩をすくめて言ってのけるだけだ。
「だって、執闘医のみなさんもガチガチに警戒なんてしてないでしょ」
――――――それは。
天花の脳裏に、いつもすれ違う執闘医のみなさんが浮かんでは消えていく。
いかにも警戒している感のあるときは、あった。
けれど、それは「行方不明の猟犬がいる」とかそういうレベルだ。
そうでなければ、たしかに談笑しながらの回診道中だった。下校中、天花もなんど話しかけられたことか。
だから、天花は批難の言葉を思いつけない。
けれど先輩方、特に十把先輩は違ったらしい。
「だから何だい、これは試験だよ。ひとりの油断が全員の不合格につながるんだ」
その目が、右の曲がり角の先を鋭く見据えた。
歩みが止まる。
代わりに、赤いリストバンドの右手が目まぐるしくサインを刻む。
――――――未登録感染者3、10時の方向、距離800、流血なし。
「挟み撃つよ。聖はアタシと、特待生は露払に続きな。二年は潜伏狙撃」
異論など、あるはずもない。
露払が走る道は、ランニングでも通ったことがない。
細い道だ。車一台分の道が、東京にもあるということに天花は少しだけ目を見開く。こんな狭い道路、田舎の象徴でしかないと思っていたのに。
いや、だからこそここまで栄えたのか。
道に戦車の跡はない。
流れていく景色、そこに植わる家々はどれも無事だ。どこぞの高層ビルよろしく崩れている、なんてことはないだろう。
しいて言うなら錆びた薬莢が転がっているくらいだろうか。それでも、もう元の色が分からないくらいだ。
だいたいの形で銃の種類なら分かるけれど、それ以上をたどれるほど天花の視力も動体視力も強くない。つぐみなら分かっただろうか。髪色だけで、天花の変装を見破ったあの瞳なら。
走って、
走って、
曲がって、
走
っ
て、
曲がって、
走って――――――
露払先輩の足が止まる。
曲がり角の、かなり手前だ。ブロック塀が切れているのは分かるが、カーブミラー含めて目視じゃ誰もいない。
たしかに右のほうは何やら声が、と目を向けかける天花に先輩はハンドサインを刻む。
発見。
配置完了。
カウントダウン。
5
4
先輩が信号刀を抜く。
天花も、いつでも撃てる。
3
もうハンドサインはない。
それでも脳内で
2
秒針は
1
0を示した。
突入――――――!




