休息、そして
筆記試験が終わったあとの教室は、静かながらも穏やかだ。
あちこちで隣と、お互い労いあう声が聞こえて天花は少しだけ肩を落とす。
別にうらやましくなどない。
今さら誰かと話したところで、試験の結果など変わるはずもないのだから。
そもそもこの教室には、クラスメイトどころか1年生すら見当たらない。上級生が、めいめいの同期と語らっているだけなのだ。つかの間の休息に水を差すほど、天花も無神経ではない。誰もが自分の世界を守りたくて、天花だってそれを尊重する派なのだから。
だからうらやましくなどない。
ほほえみを保って荷物をまとめ、
にぎやかな廊下をひとり姿勢よく歩み、
大繁盛の学食で顔パスできるくらいには余裕なのだ。
定食のお盆を受け取って辺りを見わたし————
他より頭ひとつぶん高いところで、見覚えのある赤い瞳と目が合った。手元のトレーには冷やし中華とアイスコーヒー。
「瀬戸」
名前を呼ぶ天花に、瀬戸は「よっ」と片手を上げた。片手でトレーを持ったまま、人混みをすり抜けてくる。そのくせ曲芸のごとく、こぼれることはない。
「って、あんま驚いてないな」
「瀬戸、意外と律儀だから」
「それ、褒められてんのか?」
軽口を叩きながらも席を陣取るあたり、瀬戸もなかなかに抜け目ない。しかも壁側の二人席だ。中央側のざわめきも、ここまでは言葉として届いてこない。
瀬戸も思うところがあるのか、右の方に顔を向けた。
「こっからなら席の争奪戦、見放題だな」
「あいかわらず悪趣味な————いただきます」
呆れながらも、天花は手を合わせて一礼する。
いくら瀬戸が修羅場観戦大好き人間でも、天花にとって栄養補給は別問題だ。それに食べるなら早いほうがいい。この後に控えるのは実技試験なのだから。
「そう言う天さまは、今日も食に無頓着なようで」
「————ケーキ、おいしかった。ああいうの、別腹」
手を止めて反論する天花に、瀬戸は「知ってる」と相槌を返してお椀に目を向けた。
「ところで、今日の味噌汁の具材は?」
「————たんぱく源とカリウム。あと食物繊維とか、ナスニンとかも」
摂れる栄養素なら家庭科の資料集に載っていた。それぞれ148ページと152ページだ。
少し離れたテーブルから、「今日の味噌汁、豆腐とナスなんだー」などという会話が漏れ聞こえてくる。
なるほどな、と瀬戸が肩をすくめた。
「にしても、ほんとよく知ってるよな…………ってか、ナスニンって?」
「ナスの色素。アントシアニン色素のひとつで」
解説しようとする天花に、瀬戸は「ストップストップ」と半眼になった。
「とにかく栄養豊富ってことは分かったからさ」
ずいぶんと雑にまとめて、まだ手つかずのメインディッシュ——ハンバーグ——を軽く見やる。
「天さまはもっと、食事を食事として楽しむべきだって。ただの栄養補給じゃなくてさ。そのハンバーグも、わりと人気みたいだし」
言われて天花も左を見る。
たしかに、ハンバーグ定食率は高そうだ。頬張る人の笑顔もさることながら、思い返せば席に着くまでも多くがこれだった。
おかげで、食堂は焼けた肉と特性ソースの香りに満ちている。感染の有無で食堂が分けられるわけだ。
箸先がふるえた。
「じゃ」
左端を小さく取り、口に運————べなかった。
肉片が、箸からこぼれ落ちたのだ。
「——————っ」
とっさに引き寄せた茶碗にぼとりと落ちる。
白いご飯の一部が染まる。赤みを帯びた茶色——形もあいまって、〇〇〇まじりの血痕みたいに。
「大丈夫か、天さま」
「——————————制服、無事」
けれど、力が入らない。
右手に、いつもの力が入らないのだ。
なぜ? …………そんなの、決まってる。
「温存、しそこねた」
誰も、こんなヘマしてないじゃないか。
瀬戸にいたっては、冷やし中華の汁すらこぼしていない。
天花だけが、こんな凡ミスを。
あの三科目、学園のテストより設問が多かった。
きっと駄目だったんだ。
いくらまとめて塗れる感じでも、休み休みやらないといけなかったのだ。




