執闘医皆伝試験
高等部の玄関には、おろしたてのポスターが堂々と貼ってある。
一瞬だけ視線を流し、優人があごに指先を当てた。
「今年も8月1日なんだね、執闘医皆伝試験」
「天さまも受けるんだよな。これで受かったら最年少記録更新だっけか」
便乗する瀬戸にうなずいて、天花はまたメッセージを思い返す。
日時やら場所やらを記した文面だった。
そして、指定された日こそ
「直訴作戦と被ってるのよ」
つぐみの顔は険しかった。
「日を決めた研究局も研究局だけど、わざわざ天花に伝わる空花も空花ね。本当、喧嘩売ってんのかしら」
大々的に飾られたポスターは、風が音高く吹き抜けてもびくともしない。
落書きされることもなく、ただ無言でそこにある。
それだけで、なんと存在感のあることか。
たしかにインタビューされに行ったとき、あれは向こうにもなかった。
ただし東京校だって、おととい貼り出しただけなのだ。山梨校は違う、なんて言いきれるものか。
なにしろ、足並みを揃えることにかけては天下一品の学園なのだから。
なら、指し示される答えは絞られてくる。
天花はほほえみを崩さない。
ただ、こめかみがヒクつくだけで。
Q : このときの天花の心情を、10文字以内で答えよ。
A : 舐めやがって――!
結局、空花からの連絡はそれ以降なかった。
もっとも、どうでもいい話と写真とスタンプを「連絡」と呼ばない場合に限るが。
そんな状態で迎えた8月1日。
天花は高等部の教室にいた。
天花のクラスの、隣の隣。教室のつくりなどほとんど変わらないが、机が彼女の座高に合ってない。
もっとも、試験を受けるぶんには問題などなさそうだから構わない。
静かな満席の中、モニターごしに執刀医長の言葉だけが反響する。
「――学園の生徒なら、卒業によって執刀医にスライド。つまり、将来は約束されたも同然だ」
トップ層が未来を保証した――だが動じるような楽天家など、この場にいるはずもない。
見えているはずもないが、執闘医長が教室を見わたした。
「だが、だからこそ我々は待ち望んでいる」
強さを増した声には芯があった。
「与えられる立場のみに甘んじない者、主体的に成長する者を」
成長せんとする者、じゃない。
その意味に、天花は机の下で両手を握りしめた。
結果だけがすべて――この世界の真理は、これほどまでに重い。
「『与えられる立場のみに甘んじない者』たちよ、君たちが『主体的に成長する者』であることを期待する」
言葉はそう結ばれた。
ここに集うのは覚悟のある者――それでも、執闘医長の姿が消えると空気がゆるむ。ほとんどの背中から力が抜けたり、表情がやわらいだり。
うらやましい、などと天花が焦がれるわけにはいかない。
決めたことを貫かずして、何が「特待生」だ。
試験の内容と流れなら頭に入っている。
筆記が午前中、午後に実技、翌日に反省レポート提出。すべてを合わせて、1週間以内に結果は送られる。
法科試験は司法試験より、
医科試験は救急科専門医試験より難しい。
そうなるように作っているとのことだが――
3教科め、組織試験。
非感染者の耳でも分かるほど、教室中の筆音は弱々しくなっていた。天花の視界に入るだけでも、誰もが背中を丸めている。
きっと2教科ぶんの疲れのせいだろう。なにしろ、どちらも時間に対して設問が多いのだ。天花でさえ、終了合図の直前に最後のマークを塗り終えたほどなのだから。おかげで手が疲れて仕方がない。
とはいえ、組織試験なんてボーナスステージもいいところである。計算の手間があるぬり絵なんかよりよっぽどいい。
問題用紙を読む。
己の記憶に検索をかける。
間違ってない選択肢に丸をつけて次に進む。
推敲してから次に進む。
その繰り返しでしかない。
ページをめくって、わずかに天花の目が見開かれた。
階級と、昇格基準についての問題。
“下位三位のうち、最上位の階級は何か(問46)。また、昇格条件は何か(問47)。”
下には4択が2つ。
『権天使……はないか。いくら生け捕りにしたからって、第7位は小隊長だもんね』
解46は3、解47は4。
丸をつける。見直すまでもない。
最後の選択肢まで丸をつけたら、あとは解答用紙を出せばいい。ここから先はぬり絵の時間だ。
設問と解答欄を行ったり来たり、なんて真似はしない。今までも、そしてこの科目もそれで充分なのだから。




