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"Revolution" Scripted by Special ONE

「待って」


 短く天花が制止する声。




 わずかに、瀬戸が肩をゆらすのが優人の目に映った。


 視界の中央で瀬戸はゆったりと振り返り、天花の方へ目を向ける。


 天花へ、じゃない。


 たたずんだまま暴露の瞬間を待ち望む、何人かの猟犬候補生へ。


「いーのか、特待生サマが手持無沙汰」


「瀬戸」


 その特待生サマが、遮る。人形のように微笑んだままで、ただし黒い瞳は笑顔とは程遠い。優人でさえ息を詰めたほどだ。自分に向けられたものではないというのに。


 微笑みと、微笑みとは真逆の目つきが調和した顔のまま天花は続ける。


「手持無沙汰じゃない。思いついただけ」


 そして表情を変えていく。


 人形のような微笑みから、新しいおもちゃに出会った子どものような笑顔へと。


「もっといい方法。黒十字法、変えればいい」




「変える、って……」


 呆然と呟く瀬戸。


 猟犬候補生の面々も戸惑っているらしい。顔を見合せ、ざわつき始めている。


 コトリ、つぐみがスマホを置いた。まだ投稿する一歩手前といったところか。


 優人の目も、今は天花に吸い寄せられていた。


 


 何を言い出した?


 黒十字法を、変える?


 そんなこと。


「――――無謀すぎる」


 もれ出た呟きは、ざわめきの中では特に声高だったのかもしれない。重なり合う声に覆いかぶさり、虚しく広がった。


「黒十字設立からずっと、改正すらされてないんだ。しかも、ぼくらはまだ学生で」


「うん。だから協力してもらう。研究局の局長に」


「は……?」




 研究局。


 黒十字の中でも、殺生病の治療法を探すために研究を続ける機関。研究員はみんな医学・薬学のスペシャリストなのだという。


 


 いち早く我に返ったのは瀬戸だった。


「い……いやいや天さま、そんなビッグネームに会えるわけ」


「連絡先知ってる。はい、名刺」


「マジかよ」




 嘘だろ、とでも言いたげに瀬戸はそれを受け取った。そしてまじまじと眺め、嫌みなほどに眩しい蛍光灯にかざしたり角度を変えて光を当てたり。果てには胸元から小型ライトを取り出し、青白い光で照らし出すしまつだ。




「透かしにホログラムに不可視インク……マジなやつじゃん。なんでこんなの持ってんだ?」


「もらった」


「いや、『もらった』って……」




 瀬戸のうめきが優人の耳になだれ込んでくる。続いてつぐみの、どこかぼやけた声。


「確かに、論文コンテストの主催は黒十字研究局だったし……局長は審査員筆頭だったけど……」




 つまり、どこかのタイミングで名刺をもらっていたとしても。




 それだけじゃない。




 局長を味方につけてしまえば、高校生こどもの戯言なんてレッテルはなくなるだろう。むしろ、殺生病研究の最高峰によるお墨付き。法改正まで待ったなしだ。




「黒十字法、第6條」


 天花が沈黙を破る。


「猟犬および猟犬候補生は、研究施設に立ち入ってはならない。これはサンプルと血液の相互混入を防ぐためである」


 淀みなく、それこそテキストを読み上げるように。噛まずつっかえずに暗唱してみせてから天花は瀬戸を見つめ返した。


「でも、研究関与禁止に関係あるのはこの部分だけ。論文を書くこと、禁止されてない」




 “研究者には、なれない。……けど、論文を書くのは……禁止、されてないから”




 繊細で、それでも芯の通った声が優人の記憶に木霊する。


 今はもう、聞くことのできない声。




 集まっていた猟犬候補生は、デジタル参考資料を漁るので忙しいらしい。


 いち早く黒十字法の第六條にたどり着いた生徒が「一言一句合ってるし……」と声をひきつらせるのが、優人の位置まで聞こえてくる。




 けれど暗唱したことなど、当の本人は歯牙にもかけないらしい。


「研究施設の外からの研究関与を容認する、とか。そういうの、明記してもらえば」


 天花はただ、淡々と筋書きを説明するだけだ。


 そんな彼女に瀬戸は頭を押さえて、


「いちおう聞くけど、天さま」


 恐る恐る、あるいは妙に確信を持った声で疑問を投げた。


「成功する保証あんのか? 局長とつながれたとして、そのあとは」


 


 瀬戸の言うとおりだ。


 天花の作戦をまとめると、




目標 : 黒十字の法務局に、黒十字法の改正をさせる


手段 : 研究局の局長に、口添えを依頼する




といったところだろう。


 けど問題がひとつ。




 研究局によって揉み消されたら。




 だが、天花は笑う。


 強敵に王手をかける挑戦者の顔だ。


「大丈夫」


 そう言ってつぐみを、正確には彼女のスマホを指差した。


「証拠ならある。つぐみ、それ複製しといて。ぜんぶ」


「全……っ!?」


 口元など、嗅覚制御装置で隠れてしまっている。だからつぐみの表情は目とその周辺から読み取るしかない、のだが。




 それでも、金の瞳が小刻みにふるえるのが。


 茶色い前髪の下で、こめかみがピクピク動くのが。


 優人の目にも明らかだ。




「…………っ、分かったわ。データは10回でも20回でもコピーしておくから」


 そう言ってさっそくスマホをいじり始める。




 天花の真上で、蛍光灯が少しずつ暗くなっていく。


 理解と、妙な納得が優人の頭に染み込んでいく。


 依頼ではなく脅迫。


 およそ平和な発想じゃない。


 けれど相手は、決して許されないことをした。なのに権力と規模と功績が大きいから、誰も逆らえない。


 そんな相手を糾弾したいなら。


 まともな手段など時間の無駄だ。




 さすがの瀬戸も、この計画には驚いているらしい。


「脅しかよ……クレイジーすぎだろ。けどのった。ユウ、ツグ。お前らもそれでいーか?」


「ぼくは構わない」


 即答する優人とは対照的に、つぐみは少し考え込んでいるらしい。


「私も異論ないわ。けど」


 覚悟を決めた金の瞳が、静かに微笑む天花を鋭く射抜いた。




「局長との交渉なんて、天花にできるの?」




 断じて煽っているわけではない。皮肉でも嫌みでもない。


 そんなつぐみの言葉に、天花は人形のように微笑んでいるだけだった。


 つまり、反応なし。


 そのことに、つぐみの目が歪む。


「……あなたの論文、読んだわ。電子顕微鏡よりさらに詳細に見れる顕微鏡の提案。……理論も設計図も完璧だった。大賞に選ばれたのも局長に目をかけられるのも、ぜんぶ納得よ。だからそこに嫉妬もやっかみもないわ。けど」


 


 長い呟きのあと、彼女は立ち上がる。そして優人の横をすり抜け、天花を正面から見据えた。


「あなたは執闘科にくるべきじゃなかった。内務科で、研究者をめざすべきだったのよ。そうすれば、あなたなら、きっと……っ!」


 だんだんと声は大きく、切羽詰まって、それでも激昂する寸前でなんとか言葉を区切って。


 そうやって、つぐみはゆるく息を吐き出した。


 ため息。


 諦め。


 やり場のない怒り。


 そのすべてを全身から吐き出すように。


「私でも裏切られた気持ちになった。……局長があなたの学科を知ったら、どう思うでしょうね」




 虚勢だ。


 声の震えを隠しきれてない。それにひどい表情だ。なんとか平静を保とうとしている。


 


 感情など、捨ててしまえば楽になれるのに。




 天花は何も言わない。人形のような微笑みを口に浮かべたまま、静かに目を閉じた。


 


そうやって


六秒間が


経過


した





「薬を完成させるの、私じゃない」


 目は閉じたままの笑顔。


「病原体を見つけそうな人なら、心当たりある。その人がいれば何とかなる。局長とのコンタクトも、その人を通じてやればいい」


 そう言って踵を返す。黒いスカートがふわりとふくらんだ。


「待ちなさい! まだ話は……っ。それに心当たりって」


「無理。話は終わり。心当たりは………………見れば分かる」




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