Setheater Stage and ……?
微笑んだまま、天花は厳かに言い渡す。
「名前さえ覚えてない、あるいは知らない。覚えていても、確かめようとせず疑う。猟犬候補生の絆なんて、しょせんその程度」
学園の顔ともいえる特待生の言葉に。
猟犬候補生、つまりお揃いのチョーカーをつけた生徒たちの肩が大なり小なり揺れ動く。
鋭く息を飲む音がする。
額やこめかみに血管が浮き出る。
歯を、砕けそうなほどに食いしばる。
爪が食い込むほどに拳を握る。
目に敵意と殺意と怒りが浮かび、ほんのわずかに悲しみが滲む。
天花の胸ぐらをひとりが掴んだ。袖口がずり上がり、赤いリストバンドがむき出しになっている。だが、そんなもの眼中にないのだろう。
「しょせん? その程度ォ? おれたちの絆がァ!?」
特待生・高嶺天花のためだけにデザインされた制服が悲鳴を上げる。
誰よりも早く彼女の名を叫んだのは、瞳を震わせる優人だった。
制服から聞こえてはいけない音に、彼の冷たい眼差しは掴みかかったほうの生徒を串刺しにする。
「放しなよ。死にたいの?」
殺す――というわけではない。
ただ、そういうルールが敷かれているというだけだ。彼ら猟犬候補生、すなわち殺生病感染者である生徒には。
殺生病。
病原体不明の感染症であり、感染率・発症率はともに一〇〇%。
感染者は五感・筋力・自然治癒力の大幅な向上・異物無効化がみられるが、一日につき一人の人間を道具なしに殺さなければ死に至る。なお、感染者からは独特な香りがするが、それは非感染者には分からない。
こんな感染症が流行って、それでもこの国は治安を保っている――のではない。崩壊した治安を、なんとか取り戻しつつあるだけだ。
黒十字――殺生病の対策機関によって。
お抱えの研究員が、病原体の解明と治療法の確立に全力を尽くす。
その間、執闘医と呼ばれる戦闘員が街から感染者を見つけ出す。
執闘医。犯罪感染者と戦い、ときに殺すことで彼らを病から解放する存在が。
その執闘医のうち、殺生病感染者である者を総じて猟犬、猟犬になるため訓練を続ける感染者を猟犬候補生という。
不文律はひとつ。
廃人となった者、あるいは他者にわざと実害を与えた者は即日殺処分。
その者を、当時いちばん大切にしていた猟犬か猟犬候補生によって殺される。
舌打ちの音。放り投げられるように解放された天花は、それでも優雅に両足で着地する。ちなみにここまで、人形を思わせる微笑みは一切くずれてない。
豊かな胸元を、きれいな色の手でそっと押さえて彼女はひとり呟く。
「リボン、糸切れてる。実害発生」
それが意味することは。
優人の脳内で、蛍が血を流す。
今回は違う、頭では理解している。なのに、こびりついた記憶は掘り起こされ止まない。
腹部、そして心臓への直線距離。しまいには心臓が眠る場所。傷口は塞がって、けれど決して起き上がることのない姿。
彼女の姿は脳内でぼやけ、男子の姿へと変わっていく。傷の痕跡は同じままに。
かつてのルームメイト。聖夜に殺した、たった一人へと。
張り詰めた空気の中で、手を叩く音が高く響いた。
「……とりま、ツグは悪くなかったってことで。」
仕切り直したのは瀬戸だった。瞳孔を糸ほどに引き絞ったまま、彼は猟犬候補生の面々を見渡していく。軽い仕草で、そのくせ一人一人に視線を合わせて。
「ツグを悪く言ったやつら、後で謝っとけよー。なんたって」
言葉が一瞬とぎれた理由は、おそらく怒りだろう。
「悪いのはコンテストの運営……つまり、黒十字なんだから」
地の底を這うかのごとき声が。
その表情が。
こんなにも物語っているのだから。
険しい、そんな形容詞が生ぬるく感じるほどの目つきで彼はつぐみに再び視線を向ける。しぼんだ様子の猟犬候補生たちなど、まるで眼中にない。
「星垂つぐみ、ありったけの証拠をネットにアップしてやれ。公開処刑の時間だ」
逆に感情のない声だ。差し出された己のスマホに、つぐみはためらいなく手を伸ばす。
「WritterとIn Star、どっち?」
「両方いっとけ」
「分かったわ」
躊躇など、つぐみの指にはもう存在しなかった。
ロック解除。アプリ選択。少しの間。打ち込む音とスクロール。
証拠なら、彼女のスマホに腐るほど保存されている。そのすべてを、今ここで。
打ち込んで、打ち込んで、打ち込んで――――
あとは投稿ボタンを押せば
「待ちなよ」
白い手が、その指をふわりと包む。
「ちょ……っ、放しなさいよ」
すっかり気の強さを取り戻したような金の瞳が、手を押さえ続ける優人を鋭く射抜く。
「白道くんだって……っ、あなた何とも」
「思わないわけない」
返事は早口だった。
眉間に深くしわを刻み、目元を歪ませ、喉をひくつかせ、それでも優人はゆるゆると息を吐く。
「こういうのは、ちゃんとしたところに掛け合うべきだ。証拠だってある、裁判を起こせばいい。――――きみが火種をまくこと、ないと思うけど」
優人でさえ分かったのだ。
ずっと渦中にいたつぐみが、理解できないはずがない。
投稿ボタンを押したときが、黒十字の終わりがはじまるときなのだと。
炎上。
もしそうなれば、社会秩序は。
はぁ、とため息の音。
「白道優人、お前もっと頭使えって」
「それはぼくのセリフだ。瀬戸、きみこそもっとこう」
反論しながら振り返った優人を、瀬戸は半ば睨み返すように見つめていた。瞳孔は糸よりもさらに細く、鋭い。
「黒十字はこの国を立て直した、偉大な組織なんだろ。ようは国にでかすぎる恩を売りまくったんだよ。そんな組織、国で裁けると思うのか。どうせ免罪符だっての」
「それは――――」
いつしか、手はつぐみの指を離れていた。
顔から険しさの抜けた優人に、瀬戸は肩をおろしてひとつ頷く。怒りは抜けきっていない表情だが、それでも力はほぐれたようだ。
そして今度はつぐみへと。
「っつーわけで、執行猶予は終わりだ。さっさと火炙りに処しちまえ」「待って」
短く天花が制止する声。
わずかに、瀬戸が肩をゆらすのが優人の目に映った。
視界の中央で瀬戸はゆったりと振り返り、天花の方へ目を向ける。
天花へ、じゃない。
たたずんだまま暴露の瞬間を待ち望む、何人かの猟犬候補生へ。
「いーのか、特待生サマが手持無沙汰」
「瀬戸」
その特待生サマが、遮る。人形のように微笑んだままで、ただし黒い瞳は笑顔とは程遠い。優人でさえ息を詰めたほどだ。自分に向けられたものではないというのに。
微笑みと、微笑みとは真逆の目つきが調和した顔のまま天花は続ける。
「手持無沙汰じゃない。思いついただけ」
そして表情を変えていく。
人形のような微笑みから、新しいおもちゃに出会った子どものような笑顔へと。
「もっといい方法。黒十字法、変えればいい」




