予定調和をつくるには
「執闘医皆伝試験」
不敵につぶやき、天花は右手を天へと掲げた。腕をぬらす湯を、夜風は水へと変えていく。けれど、その変化に天花のほほえみが崩れることはない。
むしろ力強く拳を握るのだった。雫が星の光を閉じ込めて、湯船に波紋を刻み溶けていく。
「これさえ、受かれば………………!」
下の階ではまだ話し声が絶えないのだろう。けれど天花にとってはもう就寝時間だ。
寝室のカレンダー、その8月1日を目に焼き付けてから天花はベッドにもぐりこむ。
そして目を閉じ、今日も静かに想像する。
執闘銃の引き金を引く己の姿を。
銃口から伸びるのは光線。細胞すら焦がし、焼き尽くさんばかりの灼熱。少なくとも殺生病感染者の脳は、それを傷口とは認識しない。ただの炭など、治しようがないのだろう。
どのみち卒業さえできれば手に入る未来だ。ただ、試験に受かれば少し早まるというだけで。もっとも学業優先で、在学中は緊急対応のみに限られるのだけれど。
少し離れた机でスマホが鳴る。アラート系じゃない。
なら緊急性はない————なら明日の朝にでも——————
「——って感じで、今朝読んで」
梅雨明けの朝は、半袖で歩くには少し肌寒い。
アスファルトに伸びる4つの影は、いつもより薄くぼんやりしている。それはあの灰色の空のせいだろう。うすら寒くて、そのくせ空気はじっとりと重い。
カバン越しにスマホを撫でる天花に、隣でつぐみが眉をひそめたまま口を開いた。
「誰よ、天花に睡眠妨害しかけたの」
「姉」
「って、空花さん?」
水たまりをまたぎながら、天花を見やり言葉を紡ぐ。
「直訴作戦の要の人で」
「天さまにとって理不尽の権化」
あっけらかんと言ってのける瀬戸を、それまで穏やかだった優人が冷たく流し見た。
「天花はそんなこと言ってないと思うけど。それとも、僕の記憶違いかな」
「お前が言うとシャレになんねーよ………………確かに言ってはないけどさ。実際そんな感じだろ、入学式らへんとか特に。それと」
無骨な手がおもむろにスマホを取り出す。まだまだ新品な部類のそれを、危なげなく軽く振って肩をすくめた。
「インタビューとかさ。配信見たけどさ、なんかすっげえ目立ってたぜ。それも悪い意味で。なんつーか、crazyって感じだよな」
芯のある声はよくとおる。だからもちろん天花の耳にも届くのだ。
配信されていたなんて。
長いまつげが軽く揺れた。
東京校でも、見ていた人はいるのだろうか。
いや、それより大事なことがある。
「瀬戸。陰口、よくない」
「っと、悪い天さま。……で、何の話だっけ」
明らかに疑問形だ。けれど天花の方が首をかしげたい。つい数秒前の話題を忘れるなんて、そんなことあり得るのか。
「陰口、よくないって話」
「直前すぎだっての! そっちじゃなくて、もっと前! なんか言ってたろ」
もっと前………………どこまで前だろうか。わずかに考えて、
「睡眠妨害が姉で通知だったこと?」
順番にざっくりいくことにした。
「それそれ。結局なんだったんだ? 話したってことは、もしかして俺らに関係ある?」
「うん。えっと、直訴計画あるでしょ? そのことで、その」
届いたメッセージは、嫌でもくっきり思い出せる。なんなら改行にいたるまで、すべて再現可能だ。
瀬戸から視線を外し、天花はもう一度つぐみを見た。
「アポ取れたって。研究局の局長に、姉が」
報告につぐみの足が止まる。
「それ、私にもメッセージ来たわ。前回の顔合わせで連絡先交換して。けど」
「なんで天さまにもってとこだよな」
考え込んだのは瀬戸も同じだった。目はめずらしく伏せられて、瞳孔の細さなんて確認できそうにない。
「ツグは論文の件での抗議だろ。空はまぁ、パイプみたいなもんだ。俺は二人をくっつけただけだから出番なしとして………………なんで天さまにまでメッセージ来てんだ?」
「そうだね。局長がご指名とか?」
優人も首をひねっている。白い髪がさらりとチョーカーにかかった。天花の耳には聞こえないが、きっと今の動きでチャームは鳴った。つぐみのそれと同じ音で。
2人だけのおそろいというわけでは、もちろんないのだけれど。
なんなら天花も、その程度なら常識レベルで分かっているけれど。
隣でつぐみが「それはないわね」と一蹴していた。
「天花が言わなかったってことは、指名があったと書かれてたわけじゃないんでしょ。もっとも空花さんのほうが伝えそびれた可能性もあるけれど」
なんとなく首元にふれて、天花はふと瀬戸を見た。
彼ならどう読み解くだろうか。だって、聖瀬戸は。
「あー、天さまにも出てほしかったとか? こじらせ系シスコンとみた」
聖瀬戸は、なぜか人の心が「分かる」のだから。




