プレゼント
「? 分かった」
何の用だろう。もう20時はすぎているはずだけれど。
エントランスホールには、非感染者生徒しかいない。
当然だ。
ここは蒼陰寮・蒼陽寮の共有スペースで、感染者は入れない。だから天花もふくめて、みんなのリストバンドは青い。
さすがにこの時間じゃ人はまばらだ。エレベーター前で何人かが固まっているけれど、集団としてはあれが最大人数だろう。
それを尻目に、天花は隣のエレベーター前に立つ。
シンプルな扉だ。ただし、色が若干違う。
普通のが鉄色なら、こちらは白銀。お互い単色ながら、高級感の度合いが違う。しかも、こちらは他より真新しい。例えば、数カ月前に新設されたみたいに。
脇にあるのはカメラ。そのレンズに、天花は顔を合わせる。
扉の奥から音が迫って――――――軽い音とともに、白銀の扉がゆったりと開いた。
最上階直通エレベーター・天ノ浮橋。
4月に開通したばかりの、天花専用エレベーターだ。
乗ること数秒。また軽い音がして扉が開く。
廊下は静まり返って、けれどエレベーターの辺りだけは明るい。
壁は高級感あふれる柄が描き込まれ、歩みに合わせて上から光が降り注ぐ。
ドアはどれも洋風で、こちらも高級な姿かたちで統一されている。ただし、そのすべてにカメラと暗証番号つきだ。
この部屋の番号を打ち終え、天花はようやく部屋に入り込んだ。富裕層が好みそうなホテル、そんな感じの空間を進んで冷蔵庫を開ける。そして、ほとんど空っぽなそこに紙袋の中身を放り込んだ。紺地に白い桔梗紋の大袋。いわゆる銘菓というやつだ。まぁ、無理に今日食べなくてもいいだろう。
食事には遅い時間だ。こんな時のための非常食でも、ではあるが今は約束が入っている。
「行きますか」
すでに優人は来ていた。
というか、優人だけじゃない。
ボイスレコーダーを持って、つぐみがいた。
どう見てもケーキ屋さんの箱を持って、瀬戸がいた。
そして優人は、何か包みを持っている。
「えっと………………?」
分かってない天花の前で、つぐみがスマホを軽くさわった。
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
そのままマイクを瀬戸に向ける。
「Happy birthday to you♪」
絶妙な発音。続くのは優人だ。
「ハッピーバースデー、ディア天花♪」
澄んだ歌声は音高く響いて夜空にとける。それが合図だった。
「「「Happy birthday to you♪♪♪」」」
3人分の歌声が重なった。
伴奏なんてない。
だからこそ、余韻は純粋な声のそれだ。
「「「誕生日おめでとう!」」」
そう締めくくって録音は終わる。
もう、天花の頭は理解していた。
これは誕生日祝いで。
他の誰のためでもない、高嶺天花ただ1人のための――――――!
誰より早く言葉を紡いだのは優人だった。
「今日が誕生日なんだよね。瀬戸から聞いた」
「ま、これを計画したのはユウだけどな。で」
瀬戸の赤い瞳が、こんどはつぐみを映す。
「ボイスメッセージを提案したのはツグ。本当、よく思いついたな」
「あら、当然でしょう? 私たちは蒼陰寮に入れないもの。それに、パーティーって時間じゃないし」
言い切って、つぐみはスマホを操作した。直後、天花のスマホが通知音を立てる。
「というわけで、はい。送っておいたから」
今のバースデーソングを。
天花だけに向けられた、誕生日を祝う心。
「ありがとう」
きっと、天花は今ほほえんではいない。
ほほえみじゃ、足りない。
それに、自覚できるかぎりじゃ「ほほえみ」よりずっと。
そんな天花に、優人は歩み寄って声をかける。
「それと、これはプレゼント。3人で選んだんだ。ささやかだけど、気に入ってもらえるといいな」
白い手が、本当にゆっくりと包みを運ぶ。
それは人を殺す手。
けれど彼の手はとても優しいのだと、天花は知っている。
「ありがとう」
さっきから月並みな返事しかできない。こんなとき、なんて言うのが正解? 誰も、教えてはくれなかった。
けれど、そんなこと。
ここにいる誰も咎めない。
白銀の月が、優人の白い髪に光をそそぐ。
夜の闇も、星のまたたきも、月のきらめきも。
すべて彼によく似合う。
つぐみは自信満々そうで、それでもわずかに揺らいでいた。
大丈夫。
あのバースデーソング、とても嬉しかったのだから。
そして、いつもの調子で瀬戸が近づいてきた。
「で、これがケーキな。つっても荷物になるし、部屋まで運ぼうか? たしか同伴ありなら入れるよな」
あぁ、と合点がいく。
だからケーキは瀬戸なんだ。
非感染者生徒の寮に、感染者は入れない。万が一のための措置だ。
それと、基本的に異性の寮には入れない。
けれど感染の有無が同じなら、同伴がある場合に限り異性でも入れるのだ。ただし1時間が経てば、即追い出されるが。
少し考えて、
「ありがとう。でも自分で運べるから」
だって、包みが豪華なだけでプレゼント自体は大きくない。片手で運べないこともないのだから、空いた手で箱を持てばいい。取っ手ありなのだからできるだろう。
「そうか? でもドアとか鍵とか」
「………………あ」
やっぱり特待生の階下は珍しいのだろう。
「うわー、さすが特待生っつーか……話には聞いてたけど、いかにもペントハウスって感じだな」
「ぺんとはうす?」
耳なじみのない言葉に、天花は首をかしげる。いくら記憶力があるといっても、それは忘れないというだけ。知らない知識など、言われても出てこない。
そんな天花に、瀬戸は「あー」と返事を返す。
「マンションとかの最上階にある、特別なとこだよ。なんとフロアまるまる独占で、間取りとかも好きにしていいってやつ」
「そうなんだ」
たしかに、最上階貸し切り間取り自由とは聞いていたけれど。
あれ元ネタがあったんだ、と想いを巡らせ――
「着いた」
冷蔵庫のある部屋にたどり着いた。そのまま暗証番号を打って、打って、打って、打って
「天さま……長くね? いくつあんだよ、それ。ってか間違えねーの?」
「30桁。あと、間違えたことない」
仕様さえ許せば100でも1000でも設定できるのに。後ろで瀬戸が、「ってことは………………いち、じゅう、ひゃく、せん、まん………………あれ、億の次ってなんだ………………?」とブツブツ言っているが気にしない。どうせ調べればわかるのだから。
開いたのは10秒くらい後。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
相変わらず辺りを見渡している瀬戸に、天花は「こっち」と手招きする。
「とりあえず冷蔵庫に」
移動自体は簡単だ。いくら冷蔵庫が小さいとはいえ、ケーキの箱くらい入る。
特別なことなど何もない。あとは瀬戸を送るだけだ。
「建物内だぜ? 1人で帰れるっての」
「エレベーター、私がいないと動かない」
「それは……まぁ」
エレベーターでの会話など、ほんの一瞬だ。直通なぶん、とても速い。
だから、すぐに独りになってしまう。
さっきの部屋に帰って、天花はひとつ息をついた。
最上階。
フロア貸し切り。
ここに誰かを通したのは初めてだ。掃除ですら全自動掃除機で、今だって向こうで廊下を動いているのが見える。
水回りだって、洗浄機能つきのやつなのだ。ガスコンロも、引っ越してから一度も使ったことはない。
この初めてが、瀬戸になるなんて。
そっと目を伏せて、静かに天花は
暗証番号を変えた。
30桁から29桁。
うちダミーの番号、25桁。
用心に越したことはない。
天花は黒十字学園の特待生で、ここはその居住のひとつなのだから。
それに――置時計の角度が1°だけずれている。
とりあえず、この部屋では大事なことを言わないでおかなければ。




