つまらないんたびゅー
第2章の幕開けです。
それから、勝手ながらジャンルを変更させていただきました。
旧 ローファンタジー
新 パニック
この改変が改良か、それとも改悪か。
コメントいただけますと幸いです。
それでは、引き続き『殺シ生キル病』をお楽しみください。
自分の記憶こそ、世界でいちばん信用できる。
それが彼女の持論だ。
タクシーの中、天花はひとつ息を吐いた。もちろん、微笑みは絶やさずに。
東京の街並みは消えて、もう景色には必ず山が映りこんでいた。いつからこんなことに、など考えるだけ時間の無駄。ただ、この地形が記憶に焼きついている――――天花が閉口するには充分すぎた。
本当なら古典の授業を受けていたのに。
眠気を知らないふりして海馬を動かす、その苦行が今は恋しい。
どうしてこんなことに。
1973回目の回想映画が、天花の脳内で上映される。
6月になってすぐのことだった。
学長室に呼ばれて、1人で出向いた。
中にいたのは才子学長。
「待っていたよ、高嶺」
妙に固い響き、なんて思う暇もなかった。
差し出された書類に、「山梨校 インタビュー企画 (生放送ニュース内)」と書かれているのを見つけてしまった。
「……あの、これは」
「ああ……両科に特待生がそろった記念のインタビューだ。執闘科特待生・高嶺天花。内務科特待生・高嶺空花。2人にゆかりのある山梨校でってことらしい」
「……ずいぶんと素敵な時間なんですね」
皮肉は止まらなかった。
「6時間目が終わって少し経ったころ、ですか。放課後、授業のついでのように受けられるなんて…………ここからじゃ2時間はかかると思いますけど」
書類ごしに、電話機をいじる音が聞こえた。
「なら、断りの電話を」
「待ってください」
思い出されるのは時刻表。
思いつくのはひとつのアイデア。
「考えがあります」
山梨校に電話する、それは変わらない。
最初は断って、話が流れたらそれはそれでよし。
流れなくても、
「ふたつ、条件があります」
「ひとつは、交通費は山梨校の経費にすること。これは山梨校の提案で、私は特待生。特権の範囲内のはず」
「ひとつは、その際の手段とルートを私が決めること。もちろん、山梨校側はすべて受け入れるものとする」
「このインタビューに間に合わせるなら、午後の授業に出られない。私にそれを強いるのなら、依頼者もこれくらいするのが筋ってものでしょう」
結局、こちらの条件はすべて通った。
だから天花は、タクシーに乗っている。
ちょうど高速を降りたところだ。ひさしぶりのこの街並みは、ほとんど何も変わっていない。
旧家。
田んぼ。
畑。
草木。
公園。
新しめな家。
そして、すべての背後に山、山、山。
ほとんど変わり映えしなくて――――――変わらないまま、山梨校についた。見たこともない教師が、血相を変えて走ってくる。
そういえば、と今さら天花は思い出す。渋滞がない場合ですら、5分前につくスケジュールだったことを。
「領収書ください、あて名は『黒十字学園 山梨校』」
「天花さん到着でーす」
案内されたのは内務科の教室だった。それでも机は片づけられて、椅子も3人分だけになっている。
スタンバイ済みなのはアナウンサーと、
「ちょっと、遅いんだけど」
ねっとりとヤジを飛ばす、ひとりの生徒だ。
制服は白く、履いているのはパツパツのスラックス。深海魚みたいな顔で、ボサボサの黒髪はひとつに縛られている。丸いメガネの奥で、ぎょろついた黒目が天花を睨んでいた。
「昨日のリハにも来なかったし、どーゆーつもり?」
「企画書、読んだ」
だからすべて覚えているし、あの程度しかないならリハーサルなど不要。むしろ座って質問に答えるだけのことに、なぜ予行演習までしなければならないのか。
短く答えて座る、その間にカメラは回ったらしい。
「それでは、インタビューさせていただきます。山梨テレビの音史調です。よろしくお願いいたします」
座ったまま、アナウンサーが頭を下げた。つられて会釈する天花の横で、もう1人の生徒がカメラ目線で薄い胸を張る。
「内務科初の特待生、高嶺空花です。山梨校高等部1年で、中学は普通のとこに行ってました」
張っているのは胸なのに、ボタンが飛びそうなのはお腹のほう。低いだみ声も相まって、正面から見るだけじゃ中年男性かと見紛えてしまう。
早々に、天花を映すカメラマンが手を向けてきた。この合図はカメラが回った証拠、企画書7ページに書いてあった。
だからこそ、天花は表情など変えない。
「ごきげんよう」
ただ澄んだ声で告げるだけだ。
「東京校の高嶺天花と申します。執闘科1年、特待生です」
自分がどこの誰で、どんな存在なのかを。
そこから先はただの作業だ。
企画書に書いてあった質問を、さもアドリブのようにアナウンサーが暗唱する。
長々と空花が答える。
天花に話がふられる。
195786通りの回答シュミレーションから、いちばん合いそうなのを選んで口にする。
「やっぱり特待生になるのって、大変でしたか?」
「いや簡単ですよ? だって正解を塗りゃ満点なんですから。実技がないぶん、不確定要素もないし。まぁそのぶん内容は執闘科のよりムズいと思うんですけど、そこはうまいこと。ってかむしろ、執闘科の方が運要素強いと思いますよ」
「運要素……その点どうなんでしょう、天花さん」
「……正直、あると思います。だから1日2時間は実技に当てています」
勉強しなくていいなら、その5倍は訓練に当てられる。
でも、ぜんぶの教科のぜんぶの問題を解く時間を考えると。
これが限界になってしまう。
「2時間!? すごいですね」
「ランニングと筋トレと狙撃訓練、あと木刀で素振り。それだけやっていればそのくらい経ちます」
「お二人は双子なんですよね。仲はいいんですか?」
「そりゃもちろん! ……と言いたいとこなんですけど、妹からなぜか嫌われてて。内務科に入れなかったからって、八つ当たりしないでほしいんですけどね。昨日もリハがあったのに、来なかったんですよ。前乗りして泊まればいいじゃんって、何度もメッセージ送ったのに」
「そ、そんなにお姉さんのことがお嫌いなんですか?」
「いえ、嫌いとかそういうのではなくて。……姉も『天カス』なんてあだ名をつけてくれたりとか、色々ありますし。ただ、今日は水曜日でしょう? リハ不参加はそれが理由ですよ。あと、私は自分で選んで執闘科なので。中等部のときから決めていました」
すべて本当のことだ。
だから、長くなりすぎた。
答えて、天花はほほえみを保つ。嫌なモノさえ見なければ、あるいは世界の模様として認識しておけば。
そうすれば、どんなに穢らわしく映るモノだとしても。
「あぁ、そうなんですね。ちなみにお二人はそれぞれ、なぜその学科を?」
「それはほら、まだ殺生病の薬ってないでしょう? だから作ってみようと思って。そりゃ異物無効化のせいで薬も効かないってのは有名ですけど、だったら血清とか作れないかなとか。それに、献血の血は半分以上が薬づくりに回されるって話もあったりして」
「そうなんですか、なんだか素敵ですね。天花さんは?」
「可能性のありそうな人ならいたので。ならその人を信頼すべきかと」
というか、このアナウンサーは情弱なのだろうか。
血清のアイデアは、蛍さんのものだ。
それを高嶺空花は、自分のオリジナルみたいに話して。
それをコロッと信じるなんて。
……まぁ、これだけ山に囲まれてたら仕方ないのかも、だけど。
………………山火事って、とっても燃えるとか。




