才ある子らのため万を理わる
かくして、臨戦学校終了――
東京校の学長室に修羅道独歩が乗りこんできたのは、それから数日後のことだった。
「臨戦学校があったらしいな。今年は粒ぞろいだと聞くが、どうだった」
「ひかえめに申し上げて最高ですよ。特待生と一般生徒、両者が高めあっています」
大理石のテーブルをはさみ、アンティーク調のソファーで二人は向かい合う。紅茶の味に修羅道の口元がゆるんだ。
「ダージリンか。いい味だ」
「えぇ、シルバーニードルズですから。最高位のお客様には、最高級の茶葉をというわけです」
学長もまた紅茶をひとくち。そして手を止め、修羅道を見た。
「ですが茶飲み話をしにきたわけでもないでしょう。ご用件をうかがいますよ、修羅道独歩執闘医長どの」
探るような目つきだ。修羅道もまた、紅茶を置く。
「なに、そう警戒するな。ひとつ聞きたいことがあっただけだ」
それだけで、空気が変わる。「学長室」と銘打たれたこの空間は今、修羅道独歩が支配していた。
「白道優人を殺処分としたそうだな——なぜだ」
言葉。
表情。
声音。
視線。
彼を構成する要素の一つ一つが、言い訳を許さない覇気を纏っていた。
すさまじい空気に、学長は。
「闇落ちしたのですよ。彼は教師陣を皆殺しにしようとしたようで。まぁデッドラインが迫る中、生存本能に飲まれただけだったようでしたが」
迎え撃つように事実を並べた。
しかし修羅道の瞳から、険は消えない。
「『死刑囚』が一名脱走したようだが?」
「運の悪いことに、ロッカーが故障していたようで。その後も不幸な偶然が重なり、白道が懇意にしていた生徒に避難指示が届かなかったのですよ。で、彼はその生徒を独断・単独で探しに出たのです。その途中でデッドラインが近づいた、というわけです。なぜか正気を取り戻して事なきを得ましたが」
並べているのは事実だ。ただし、「運の悪いことに」「不幸な偶然が重なり」「なぜか」という語彙のせいで胡散臭い話になってはいるが。
修羅道が小さく鼻を鳴らす。
「あのまま闇落ちしたら『白い悪魔』——学園の、ひいては黒十字の異分子を正当な理由で処分できた、と?」
「まさか。そもそも、待機するよう伝えさせました。ですが指示を無視したようで。——実際は逃げ遅れた生徒をを保護しようと動いただけのようでしたが」
「彼の殺処分担当に選ばれた生徒は、『猟犬候補生を闇落ちさせた』存在と言われていたらしいな」
「あれは誤解ですよ。この前、研究局の局長が公式謝罪と声明を出していたでしょう」
修羅道が詰めれば学長が躱す。学長が躱せば修羅道が詰める。言葉の応酬は平行線だ。きりがない——どちらからともなく、言葉が途切れる。
張り詰めた沈黙。ひとつ、学長が息をついた。
「まぁ白道の闇落ちも、殺処分担当が彼を放置したのも、元はといえば逃げ遅れた生徒を守るため。行動目的に免じて殺処分は取り消しましたよ。同学年の、すべての猟犬候補生の前で。それに」
その目が、照明を反射して鋭く光る。
「白道を恐れる声も、殺処分担当に選ばれた生徒への迫害も、すっかり息を潜めました。偶然とはいえ、まさに『雨降って地固まる』でしたよ」
「………………それが狙いか」
学長は口元だけに笑いを浮かべる。
「不慮の事故ですよ。それに、あなたも潔白とは言えないでしょう」
修羅道の表情はゆらがない。
ただ、問いかける。
「どういう意味だ」
だが、その質問は意味を問う以上のことを意味していた。
学長はうすく笑う。
「入学式の日、ある猟犬候補生がある生徒の制服を壊しました。といっても糸を一本ちぎれさせただけでしたがね。……それでも実害とみなし、その猟犬候補生は即日殺処分、と。ですが」
こんな空気なのに、学長は言葉の合間で悠々と紅茶をたしなむ。しかも最高級の茶葉を、だ。
そうやって、底知れないものを感じさせる目で修羅道を見据える。
「白道が帚木慶として目覚めたとき、布団を破壊しましたね。ですが、あなたはその場にいながら彼を執闘しなかった……東京校の敷地内でのことです、把握してないとお思いで?」
攻守逆転。今度は修羅道が答える番だ。
「あのとき、彼は混乱状態にあった。それと人命に影響のないことを鑑みて、執闘の必要なしと判断した。執闘医の裁量というやつだ」
「権力乱用がすぎるのでは? それとも、なにか特別な思い入れがおありで?」
「俺は誓って公平だ」
まるで平行線だ。
学長がひとつ、息をついた。埒が明かない、そんなぼやきが聞こえるようだ。
「……いいでしょう。私はこれ以上、器物損壊の件を指摘しません。ですから」
「…………殺処分未遂の件を見逃せ、と?」
「さすがのご明察ですね。それと、この部屋は完全防音仕様だとことわっておきましょう」
完全防音。
この学園、というか黒十字の施設におけるその意味は、殺生病感染者でも聞き耳を立てられないほどのレベルということ。
黒十字の技術がつまった、密談専用空間といっても過言ではない。
ドアが閉まるのを見届け、学長は深くソファーに沈む。
が、それもつかの間。
上品なノックの音と、
「天花です」
あくまで苗字を言わない名乗り。
学長はゆるゆると身を起こし、
「入りなさい」
と言ったときにはいつもの表情に戻っていた。
そのわずか数分後、苦い息をつくことになるとは知らずに。
「………………これ、全部経費で落とせと?」
並べられているのは、おびただしい量のレシートだった。
キャンプファイヤーの衣装製作費として、布・糸・型紙・その他装飾パーツ。
キャンドルサービスの衣装代として、コスプレ屋のレシート。
さらに、生徒と引率教師全員に配布したキャンドルの数々。
一枚や二枚では終わらないレシートは、少しのずれもなく均等に並んでいる。それこそ、悪意すら感じるレベルに。それを提出した張本人——高嶺天花は桜の微笑を浮かべていた。
「学園行事のための購入品です。結局、『教師陣が責任をもって管理していたはずの』囚人に自作衣装はめちゃくちゃになりました。予備を用意しておいてよかったです」
「いや、しかしだね」
「学長。キャンドルサービス、楽しかったですよね?」
学長。実行委員長。両者の間で火花が散る。
勝ったのは、正論を述べた方だった。
「………………分かった、経費で落とそう」
「ええ、清廉潔白な黒十字の人材育成機関・黒十字学園の東京校学長であらせられる才子万理学長なら、この聡明なご判断をしてくださると信じておりました」
天花が退出した瞬間、学長の体が背もたれに沈んだ。
一体、何だというのか。正論のオンパレードだ。しかも、こちらの落ち度まで会話にさらりと混ぜ込んで。口が達者というか何というか。いったい、どんな環境で育てばああなるというのか。
ふと、紅陽寮の方角へ視線が向く。
「白道優人は殺し方を改めた、か。もうトラウマはいいのかね」
あの生徒がここに来たのは十カ月ほど前のことか。隣に当時のルームメイトを連れて。
しかし、あの死にたがりの子どもが。
口元がほころぶ。
「誰かに同じ思いをしてほしくない、か。まさに理念の体現、まさに黒十字の申し子じゃあないか」
満足。
その笑みを、電話のベルがわずかに濁らせる。
「――はい、黒十字学園東京校――」
「これはこれは、山梨校の学長殿。いったい何の用事で――――いえいえ、わきまえていますよ。我々は等しい地位ってことも、お互い世間話できるほど暇じゃないってこともね。それで、本題は何です?」
「そうですか、高嶺を貸してほしいと――――」
「――――――ところで、山梨校の学長」
「その日は平日だ」
こんばんは。
もしかしたら「おはよう」「こんにちは」の方もいらっしゃるかもですが、書いているのが夜中なので。
まずは、ここまで読んでくださり
本当にありがとうございます。
増えていくPVが「あなたはここにいる」と証明してくれているみたいで、生きる糧になりました。
なろう系でもテンプレでもなく、
代わりにグロくて残酷な本作。
定番の海に溺れてしまうかとも思いましたが、
海底も明るいものですね。
さて、なぜ今回はあとがきを書いたのかと言いますと……
想定1巻分を出しきったからです!
これからの波乱万丈や結末も想定済みですが、
ちゃんとした区切りとして。
ですが、ここまでで内容重くしすぎたかなと。
作者の好みと独断による暴走です。
「いいぞもっとやれ」と思ってくださった方。
「今の感じが最高!」と感じてくださった方。
「やりすぎだよ……」と優人たちを憐れんでくださった方。
ご感想などの形でお教えいただけますと、
これからの執筆に活かせるかと存じます。
というわけで、ご感想や評価などをお待ちしています!
それでは、第2章の幕開けまで。




