彼女の勝利
最終日は晴れていた。
とはいえ、午前中のプログラムは室内だ。
もとは大学だったんだろう。巨大な視聴覚室で、生徒全員が座ってもまだ席は余っている。
教壇だったであろう場所に立つのは学長だ。スクリーンに、ずいぶんと凝ったスライドが映される。
「ここからは講評の時間だ。同時に、臨戦学校プログラム表彰式を執り行う」
ざわめき。どよめき。広がる声を、学長は止めようともしない。ただ自然におさまるのを待つだけだ。
それに、みんないつまでも騒いでいるほど子どもじゃない。動揺していたのは三〇秒もなかった。
まさか評価対象で、表彰もあるなんて。
そんな面々を学長は満足げに見渡す。
「今回の評価対象は『執闘バトルロイヤル』・『臨床フィールドワーク』・『PDCAプレゼンテーション』の三プログラムだ」
スライドが切り替わる。
「『執闘バトルロイヤル』の各会場にはカメラをしかけてあり、各々の行動をチェックしていた。評価対象は成果や行動、評価基準はスライドのとおりだ」
貢献度。
協調性。
臨機応変さ。
対応力。
作戦熟練度。
大項目の下に、細かな基準が明文化されているのが読める。
眺める時間、読む時間はたっぷりと。またスライドは切り替わる。
「『臨床フィールドワーク』と『PDCAプレゼンテーション』は連動している。他チームの戦略意図を正しく分析できているか、みずからの言葉で説明し、作戦への深掘り質問へも矛盾なく対応できていたか、などだ。こちらも、評価基準はスライドのとおり」
こちらも読みこむのに不便はない。
理解した声が、ちらほら。
満足げにうなずいて、学長は高らかに宣言する。
「『執闘バトルロイヤル』優勝チーム」
声を張り上げているわけでもないのに、さっきまでの解説よりずっと強く響く。それはきっと、成熟した大人だからこそ。
照明が落ちる。
ドラムロールの音。鼓膜や頭というより、腹に響くような音だ。制御装置を外したばかりのつぐみが平気そうなのも、きっとそのおかげだろう。
それにしても、この演出。だれが仕込んだのやら。
ひときわ大きな音。
また、スライドが切り替わる。
「チーム・A組!」
眩しい。
ここのエリアだけ、スポットライトよろしく蛍光灯が照らしているんだ。
クラスのみんなが沸く声。こんなにもすぐ近くに聞こえるのに、どこか遠い。瀬戸を登壇させようとする人たちから視線を外す。
ふと、天花の後ろ姿が見えた。
いちばん前の席だ。特別班チームはそこで固められていた。
とても遠い席で、なのに肩のふるえが分かる。そのすぐ前のステージに、瀬戸は上がっているんだろう。彼は、決して埋もれる姿じゃない。
なのに、天花の背中にばかり目がいってしまう。
「非脱落率・七十五%および、拠点制圧数・二。中盤から最後にかけての拠点制圧には、非常に統率がとれていた」
優勝はA組のチーム。
でもその中に、同じくA組の天花はいない。
これは。
彼女の中で、学園生活における初めての敗北になるんだろうか。
なぜか、そんな彼女を学長が見やった。
また、教室内が暗くなる。
「続いて『臨床フィールドワーク』最優秀賞、白道優人」
「同じく優秀賞、星垂つぐみ」
――なんで。
別に、大したことは書いてないのに。
となりで、つぐみも目を丸くしている。
けど学長は、そんなのお構いなしだ。
「白道は考察が、星垂は観察がそれぞれ抜きんでていた。甲乙つけがたい出来だったが、より現場で優先されるのは少ない手がかりから情報を読み解く考察力。だからこの順位とした。……どうした、早くこっちに来なさい」
そんなこと言われても、現実感なんてない。かろうじて体を動かすだけだ。つぐみも似たようなものらしく、足取りはどこかふわふわとしている。
ふたりそろって登壇するのを待って、表彰は続いていく。
何人か追加で登壇して、けれどその中に天花の姿はない。
ゆるく、学長が息をついた。
「…………疑問に思っている者もいるだろう。これだけの部門で表彰しておきながら、今回だれよりも活躍したはずの生徒がまだ呼ばれてないことを」
そのひと声で、視線が集まっていくのが分かる。
呼ばれた生徒に、じゃない。
学長に、でもない。
散々ほかのチームを苦しめて、それでもまだ表彰を受けていない生徒に。
特待生・高嶺天花に注目する。
天花はあいかわらず微笑んで――人形のような微笑みを浮かべるだけだ。
そんな彼女を学長は見つめる。
「その生徒には、まだ課題も多い。だがすべての不利をねじ伏せ、多くの分野で他を圧倒するほどの実力を持っている。まさに至高の高み、それゆえこの賞を授けることとした」
静かな緊張。
けれど、きっと誰もが確信を持っていた。
厳かな空気の中で学長は彼女に視線を向ける。
「臨戦学校MVP賞。高嶺天花、前へ」
脚本のように精密な戦術。
机上の空論を、あらかじめ自分で実験する胆力。
存在そのものに悟らせない隠密能力。
そして単純な戦闘力。
すべてを褒められて、でも天花の表情は変わらない。あいかわらず、人形のような微笑みだ。
人形。
作り物。
作られた、笑顔。
脳裏に道での記憶がよぎる。
彼女は言った。「あんなの、特待生の勝利じゃない」と。
特待生チームの戦績は、非脱落率・二十五%。特別班は天花ふくめて四人だから、天花以外はみんな脱落したことになる。その天花も、あと一秒あれば脱落していた。
絶対王者にみえるけど、実は綱渡りだったということだ。
……天花の言う「特待生の勝利」が「他のだれも届かないような偉業」で、それを「呼吸するようにやってのける」のが「特待生」だっていうなら。
チームメイトをだれひとり脱落させることなく、たった四人で他チームすべてを落とすのが絶対条件だったり、したのだろうか。




